自由社会に順応できない“脱北者”の過酷な現状 無垢なる季節との決別『ムサン日記 白い犬』
#映画 #パンドラ映画館
見かねたギョンチョルがショッピングセンターでナイキブランドのダウンジャケットを買い与えるが、スンチョルはもらった早々に街のゴロツキに「目障りだ」とジャケットを切り刻まれてしまう。破れたジャケットを見つけ、案の定、ギョンチョルは怒鳴り散らす。いつまで経っても韓国社会に溶け込むことのできないスンチョルは、白い犬を拾ってきて「ペック(白)」と名付けてかわいがる。スンチョルにとって、言葉を話さないペックだけが心を開ける相手だった。要領のいいギョンチョルがスンチョルのことをバカにしながらも一緒に暮らし続けているように、スンチョルも犬のペックが手放せない存在となる。
ペックと名付けて飼い始める。小学生レベル
の愚行を重ねてしまうスンチョル。
脱北には非常に危険が伴うことは、キム・テギョン監督の『クロッシング』(08)でも描かれていたが、命からがら韓国にまで辿り着いても、夢のようなハッピーライフが待っているわけではない。住民登録番号には、脱北者であることを示す「125」という番号が記録され、就職はままならない。脱北者には韓国政府から定着金が支払われるが、現在では脱北者は2万人を越えて定着金の額は以前に比べてずいぶんと少なくなった。その上、脱北者の定着金を狙ったサギが横行している。社会主義国で従順に暮らしていた彼らは、詐欺師にとって絶好のカモなのだ。脱北者の3人に1人は「罰されないのなら、北朝鮮に帰りたい」と考えているそうだ。
脱北者のリアルな生活を描いてみせたパク・ジョンボム監督。大木凡人ばりのオカッパヘアが強烈な主人公スンチョルは、パク監督の3歳年下の友人チョン・スンチョルがモデルとなっている。チョン・スンチョルは実際に脱北者だったが、ソウルで自主映画づくりに情熱を注いでいたパク監督と意気投合。生活を共にし、演出を手伝っていた。パク監督は彼をモデルに、脱北者の1日を描いた短編『125チョン・スンチョル』(08)を撮り上げる。この作品が評判となり、韓国映画界の名匠イ・チャンドン監督が『ポエトリー アグネスの詩』(10)の助監督にパク監督を抜擢。『ポエトリー』の製作の合間を縫って、パク監督は『ムサン日記』を完成させた。そして、世界中の映画祭で絶賛されることになる。だが、肝心の映画のモデルとなった友人チョン・スンチョルと、パク監督はその喜びを分かち合うことはできなかった。自由を求めて韓国にやって来た彼は『125チョン・スンチョル』の製作中に胃ガンであることが発覚し、30歳の若さで他界していたからだ。
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