豚はどうやって「肉」になる? 前人未踏の体験ルポ『飼い喰い 三匹の豚とわたし』
#本
自分で豚を飼って、つぶして、食べてみたい――。
この湧き上がってしまった欲望を抑えきれず、自宅の軒下で約半年をかけて三匹の豚を飼い、育て、屠畜し、食べる会を開くまでに至る、驚愕の体験ルポ『飼い喰い 三匹の豚とわたし』(岩波書店)。
著者は、およそ10年間にわたり、国内外の屠畜現場を取材した『世界屠畜紀行』(解放出版社)が話題を呼んだ、イラストルポライターの内澤旬子氏。これまで、死んで肉となっていく家畜たち、牛、豚、山羊、馬、羊、ときにはラクダなどを、合計1万頭近くは眺めてきた。
だが、屠畜場に送られてくる前の段階はどうなのだろうか?
つまり、どうやって生まれ、どんな餌をどれだけ食べてきたか。出荷体重まで育てるのに、農家は毎日何をしているのか。
このことを知らずに屠畜場を見るということに疑問を抱き、自分の目で見て体験してみたいと、自宅の軒先で豚を飼い、イラストを入れながら、つぶさに記録した1冊である。
とはいえ、みなさんお察しの通り、豚なんてそう簡単には飼えるもんじゃない。臭いし、ブヒブヒうるさいし、餌やりだって大変だ。
しかも、自分の好奇心の赴くまま豚を育てるわけで、当然ながらどこかからお金をもらえるわけもなく、本業の仕事もしないといけない。並の人間ならば、このあたりで「やっぱムリ……」、萎えてしまうかと思うのだが、内澤氏はこの大きな大きなハードルを着々と乗り越えていく。
まずは、豚と暮らせる家探し。内澤氏が住む都内のマンションでは当然ながら豚は飼えず、知り合いのツテをたどって、千葉県旭市の150坪、敷金礼金なし、家賃5万の豚と住める廃屋を借りることに成功。
だが、かなりガタがきている物件のため、雨漏りする屋根を直し、なぜか残されていた大量のゴミを捨てるところからスタート。これが終われば、次は豚たちの寝床作り。物置小屋に糞尿対策のためおがくずをまき、給水器と餌やりの器具を設置し、さらに、豚を外で遊ばせるための運動場用に柵を張ったりと、やるべきことは次から次へと出てくる。
肝心の豚はいうと、こちらも知り合いのツテで、譲ってくれる農家の人が現れた。受精の瞬間から立ち会わせてもらい、ついに我が家へお出迎え。伸(オス)、夢(オス)、秀(メス)と、命名し、三匹の豚との生活がスタートする。
豚とはいえ、みんなそれぞれ性格が違い、伸は運動場でぐうぐうと寝ていることが多く、あまりなつかない。夢は人の好き嫌いがとても激しい。秀は、そばにいる人間をほとんど気にすることなく、黙々と餌を食べ、ひたすら眠る、豚らしい豚。
彼らとの暮らしぶりは、「面白すぎて寝られない」というぐらい、あれこれ何かが起こる。初日から、ドドドドッという音とともに、ギョーーーーーーーッキイイイイイイイッという悲鳴が上がり、ボス決定戦のタイトルマッチが行われたり、ある日の夜には、夢と伸が小屋から脱走。屠畜日の話をした翌日は、「食べられる!」ということを鋭く察知したかのように、運動場の端でうずくまり、伏し目がちに何か痛みをこらえているような表情を見せた夢など、読んでいると、豚たちにどんどん愛着が湧いてくる。
けれど、やはり彼らはペットではなく、家畜。最後は、大好物のバナナで誘導しながら、屠畜場へ連れて行き、100キロほどに太った彼らを、フレンチ、タイ、韓国料理の3種類に調理し、「食べる会」で、いただく。
手頃な価格で、ヘルシーで、いちばん身近ともいえる豚肉。豚という生き物が、どんな性格で、どんな風に暮らし、どうやって生きてきたのか。今まで、なんとなく食べていた豚肉が、深~く理解できるようになる。豚さん、ありがたや。
(文=上浦未来)
●うちざわ・じゅんこ
イラストルポライター。1967年生まれ。國學院大學卒業。日本各地、海外諸国へ出かけ、製本、印刷、建築、屠畜など、さまざまなジャンルを取材し、精密な画力を生かしたイラストルポに定評がある。著書に『世界屠畜紀行』(解放出版社)、『センセイの書斎』(幻戯書房)、『おやじがき』、(にんげん出版)、『身体のいいなり』(朝日新聞出版)など。
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