東西17人の作家が描いた3.11の短編集『それでも三月は、また』
#本 #東日本大震災 #原発事故
芽が吹き、風が花粉を運び、三寒四温で春が訪れる。昨年の今ごろは、計画停電により都市が暗闇に包まれ、スーパーでは欠品が相次ぎ、みな福島第一原発の行く末を注視していた。われわれは3月が来るたび、津波の惨劇とあの騒然とした日々を思い出すのだろう。
日本を代表する作家たちは3.11後の世界をどう見たのだろうか。『それでも三月は、また』(講談社)は、国内外の作家や詩人が“あの日”について書いたアンソロジーだ。谷川俊太郎、多和田葉子、重松清、小川洋子、川上弘美、川上未映子、いしいしんじ、J.D.マクラッチー、池澤夏樹、角田光代、古川日出男、明川哲也、バリー・ユアグロー、佐伯一麦、阿部和重、村上龍、デイヴィッド・ピースが名を連ねる豪華な一冊となっている。掲載された作品の多くが書き下ろしで、日本・アメリカ・イギリス同時刊行と、非常に力の入った企画であることがうかがえる。
同じ主題を扱っているが、内容は書き手により大きく異なっている。それぞれの作家の技巧を読み比べられることが、この本の魅力のひとつだといえる。3月からの雑感をエッセー風に仕立てた村上龍の『ユーカリの小さな葉』や、デビュー作『神様』を震災後の世界に移してリライトした川上弘美の『神様2011』、各家庭に支給されるという配給用の箱をファンタジー調に描いた、ドリアン助川こと明川哲也の『箱のはなし』など、年齢も立ち場も異なった作家が違ったアプローチで震災以後をとらえており、それぞれに味わい深い。
中でも、日本在住のイギリス人作家・デイヴィッド・ピースの『惨事のあと、惨事のまえ』が白眉だ。関東大震災のさなかの芥川龍之介を主人公に描いた掌編で、下町の火災による焼死体、軍隊・警官・自警団が警戒する物々しい雰囲気、在日朝鮮人の虐殺に対する憤りなど、当時の混乱を克明に描写している。
「惨事のあと、公の記録は関東大震災はリヒター・スケールでマグニチュード七・九、(中略)龍之介は公の記録を信じなかった。龍之介はこの地震が収まることなどないと信じていた。惨事はこれからやってくるのだと信じていた。」(本文より)
此度の東日本大震災でも、惨事はいまだ続いている。3.11にまつわる物語もまた、いまだ終わっていないのだ。それでも、来年も再来年も3月はまたやってきて、記憶もだんだんと遠ざかっていくだろう。そんなとき『それでも三月は、また』のページを繰れば、いつだって“あの3月”が思い出されるのだ。
(文=平野遼)
それでも……。
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