森田芳光監督の最終列車『僕達急行』人生は出会いと旅立ちのリフレイン!
#映画 #パンドラ映画館
トンネルを抜けると、そこは“森田芳光ワールド”だった。鉄道オタクな2人の青年を主人公にした森田芳光監督作『僕達急行 A列車で行こう』は、軽快な仕上がりのコメディーだ。ビジネス・サクセスストーリーらしき筋書きは一応あるが、デビュー作『の・ようなもの』(81)やヒット作『間宮兄弟』(06)を思わせる、ノホホンとした主人公たちのあくせくしない生き方を肯定的に描いたもの。『椿三十郎』(07)、『サウスバウンド』(07)に続く出演となった松山ケンイチには東北新幹線の“こまち君”、『アヒルと鴨のコインロッカー』(07)の瑛太にはスマートなデザインでロングラン人気を誇る“こだま君”と登場キャラクターそれぞれに列車の名前を冠するといった遊び心も森田監督らしい。2011年12月に急逝した森田監督の遺作となったが、作品には湿っぽさはまったくなく、また巨匠めいた説教臭さも微塵もない。どこまでも軽やかでユーモラスさに溢れた“森田芳光ワールド”が広がる。
眺めるのが好き。こだま君は列車のディテー
ルが好き。同じ鉄道オタクでも、楽しみ方
が異なる。
登場キャラクターの名前だけではなく、本編には「わたらせ渓谷鐵道」をはじめ関東周辺、九州各地の合計20路線80モデルの電車が登場する。走っている路線が違い、年代や製作者が異なれば、当然ながら列車のデザインはまるで変わってくる。最新鋭の特急電車もあれば、のんびりした各駅列車もある。それぞれの列車がそれぞれの風景の中を、毎日きちんとダイヤに合わせて走っていく。きかんしゃトーマスさながら、それぞれの列車には顔があり、漂う風格も異なる。街と街を繋ぐ、それらの列車が走る様子は、人間社会の営みそのもの。主人公のこまち君とこだま君は、どの列車も同じように愛おしそうに見つめ、耳をそばだてる。主人公たちの列車に注ぐ暖かい眼差しは、森田監督が現代社会を生きる人々に向けたものでもあるようだ。
『メイン・テーマ』(84)では携帯電話が普及する前夜のパーソナル無線をツールとして登場させ、『(ハル)』(96)ではパソコン通信で繋がる男女の新しい関係を、『わたし出すわ』(09)では経済至上主義となった現代社会で、お金では買えない友情を探し求めるヒロインの姿を描いた森田監督。時代の流れの中で、変容していく人間関係をずっと見つめてきた。時代を先取りしていたため、ヒット作に恵まれ続けたわけではなかったが、その時代その時代を生きる若者たちを肯定的に捉えてきた。少なくともオリジナル作品に関してはその視線は一貫していたように思う。本作でも、同じ趣味で繋がるこまち君とこだま君の“絆”とか“友情”とはちょっとテイストの異なる、損得勘定のないゆるやかな関係が心地よい。
人によって生活における快適条件はまるで違う
ことが分かる。
森田監督には『わたし出すわ』の公開前に、日刊サイゾーのインタビューでお目にかかった。大監督然とせず、にこやかな表情で「何でも言ってください、聞いてください。ボクで答えられることなら、何でも話します」という、ふんわりとした懐の持ち主だった。本作と同じくサラリーマンものである『そろばんずく』(86)がコケたことに話題が及ぶと「あはは。自分では失敗作だとは思ってないけど、ファンは付いて来れないよね」と笑い飛ばした。『それから』(85)のような評論家たちが絶賛する作品を撮ると、その後は逆に人を喰ったようなオリジナル作品が作りたくなるのだと語った。また、シネコンが主流となった映画界があまりに最大公約数的なものばかり追い求めていくと、こぼれ落ちていくものも多くなるんじゃないかと危惧した。今はまだ自分の技術が追いつかないけど、予算があればスタンリー・キューブリックみたいな大作にも取り組んでみたいと将来のことを聞かせてくれた。人気監督らしく服装には気を付けてきたつもり、本当はビンボーなのにね……とも笑って打ち明けてくれた。日本映画=古くさいもの、というイメージを打ち壊したかったそうだ。もっともっとインタビューしたかったし、もっともっと作品を撮り続けてほしい監督だった。利害関係から離れた人間関係をとても大切にする人だった。
こまち君もこだま君も、仕事に対してはマジメで、他人を気遣う思いやりもある。でも、それ以上に趣味のこととなると目がランランと輝き、初対面の人とも趣味を通じて瞬く間に打ち解けてしまう。その一方、なかなか異性との恋愛にまでは巧く手が回らない。『僕達急行』は万事OK、大成功とはならない展開がほどよい塩加減だ。主人公は2人とも人当たりのよい好青年だが、何でも解決できるほど器用ではないし、恋愛なんてどうでもいいよと割り切れるほどクールでもない。また、2人が所属するそれぞれの業界も、新しいニーズを切り開いていかないと生き残れないシビアさがある。それでも、発車ベルが鳴り、列車が動き始めると、こまち君もこだま君もこれからどんな風景が待っているのか胸が高鳴る自分がいることに気づく。希望と不安は仲の良い一卵性双生児だ。ドキドキとワクワクを一緒に乗せて『僕達急行』が発車する。発車オーライという森田監督の明るい声がどこからか聞こえてきそうだ。
(文=長野辰次)
『僕達急行 A列車で行こう』
脚本・監督/森田芳光 主題歌/RIP SLYME 音楽/大島ミチル 出演/松山ケンイチ、瑛太、貫地谷しほり、ピエール滝、村川絵梨、伊東ゆかり、伊武雅刀、星野知子、笹野高史、西岡徳馬、松坂慶子 配給/東映 3月24日(土)より丸の内TOEIほか全国ロードショー公開 <http://boku9.jp/>
森田映画とは――。
●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
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[第159回]これはホラー? それともコメディ? 勘違い女が爆走『ヤング≒アダルト』
[第158回] ピラミッドは古代からのメッセージ!? 歴史ミステリー『ピラミッドの謎』
[第157回] 韓国映画の名匠が明かす”創作の極意”イ・チャンドン監督『ポエトリー』
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[第155回] 米国に半世紀も君臨した”影の大統領” FBI初代長官『J・エドガー』
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[第61回]スコセッシ監督の犯罪アトラクション『シャッターアイランド』へようこそ!
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[第53回]社会の”生け贄”に選ばれた男の逃亡劇 堺雅人主演『ゴールデンスランバー』
[第52回]『男はつらいよ』の別エンディング? ”寅さん”の最期を描く『おとうと』
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[第38回]海より深い”ドメスティック・ラブ”ポン・ジュノ監督『母なる証明』
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[第33回]“女神降臨”ペ・ドゥナの裸体が神々しい 空っぽな心に響く都市の寓話『空気人形』
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[第27回]究極料理を超えた”極地料理”に舌鼓! 納涼&グルメ映画『南極料理人』
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[第22回]“最強のライブバンド”の底力発揮! ストーンズ『シャイン・ア・ライト』
[第21回]身長15mの”巨大娘”に抱かれたい! 3Dアニメ『モンスターvsエイリアン』
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[第19回]ケイト姐さんが”DTハンター”に! オスカー受賞の官能作『愛を読むひと』
[第18回]1万枚の段ボールで建てた”夢の砦”男のロマンここにあり『築城せよ!』
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[第15回]“裁判員制度”が始まる今こそ注目 死刑執行を克明に再現した『休暇』
[第14回]生傷美少女の危険な足技に痺れたい! タイ発『チョコレート・ファイター』
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[第12回]お姫様のハートを盗んだ男の悲哀 紀里谷監督の歴史奇談『GOEMON』
[第11回]美人女優は”下ネタ”でこそ輝く! ファレリー兄弟『ライラにお手あげ』
[第10回]ジャッキー・チェンの”暗黒面”? 中国で上映禁止『新宿インシデント』
[第9回]胸の谷間に”桃源郷”を見た! 綾瀬はるか『おっぱいバレー』
[第8回]“都市伝説”は映画と結びつく 白石晃士監督『オカルト』『テケテケ』
[第7回]少女たちの壮絶サバイバル!楳図かずおワールド『赤んぼ少女』
[第6回]派遣の”叫び”がこだまする現代版蟹工船『遭難フリーター』
[第5回]三池崇史監督『ヤッターマン』で深田恭子が”倒錯美”の世界へ
[第4回]フランス、中国、日本……世界各国のタブーを暴いた劇映画続々
[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
[第2回]『チェンジリング』そしてイーストウッドは”映画の神様”となった
[第1回]堤幸彦版『20世紀少年』に漂うフェイクならではの哀愁と美学
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