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【"話題の賢人"が選ぶヤバい本15冊】【1】

批評家・佐々木敦が選ぶ3冊 エイズで亡くなった”幻のアーティスト”伝記

──批評家による禁断のアーティスト本、大宅賞作家が選んだ禁忌な一冊、さらには、ネット発のカリスマバンドメンバーから人気グラビアアイドルまで、今年の賢人たちが選んだヤバい本を一気にレビュー![10年11月臨時増刊号所収]

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佐々木 敦(ささき・あつし)
64年、愛知県生まれ。批評家、HEADZ主宰。雑誌「エクス・ポ」、「ヒアホン」編集人。新聞、雑誌で文芸批評を行うほか、早稲田大学、武蔵野美術大学の非常勤講師を務める。近著に『ニッポンの思想』(講談社現代新書)、『文学拡張マニュアル ゼロ年代を超えるためのブックガイド』(青土社)など。


■モンドマンガ的遅咲きの異才、音楽の鬼才、哲学の異端が面白い

 今回選んだ3冊は、それぞれに違った意味でヤバい本です。

 1冊目は『洞窟ゲーム』【1】というマンガで、作者は「月刊漫画ガロ」の後継である「アックス」(共に青林工藝舎)で活躍中のまどの一哉。マンガはよく読むほうではないのですが、書店でたまたま見つけて、編集者・マンガ原作者の竹熊健太郎さんとSF作家の北野勇作さんが帯で褒めていたことから手に取りました。

 ポイントは、まず作者が76年にデビューしており、34年目にして初の単行本であること。それゆえ、絵柄がまったく今風ではなく、劇画とマンガが区別できていなかった当時を偲ばせます。また内容的には、良い意味で精緻に構築されたSFとは異なり、どこか投げやりなところにヤバさがあります。

 ガロ系作家の特徴はシュールさですが、これは適当さに換言することができるでしょう。マンガ家では蛭子能収、小説家では中原昌也にいえることだと思いますが、作者がいろんな理由で適当に書いたものが、なぜか不条理に見えてくる。「アックス」に掲載されたインタビューを読むと、まどの氏が至って真面目な人物であることがわかります。しかし、なぜかストーリーが途中からアサッテの方向に駆け出してしまう(笑)。最初から適当な作家とは違い、本人が真剣であることが巧まざる笑いを生み、いい具合のシュールさにつながっているのだと思います。

 90年代、作者は真剣だけれどアンバランスな作風であるモンドマンガがブームになりましたが、そこですくい上げられることがなかった人がまだいて、この201 0年になって突然、特に話題になることもなく世に出てきたことも面白い。内容も、全体的に70年代──筒井康隆さんなどが元気だった頃の雰囲気を彷彿とさせます。

 続いて、『アーサー・ラッセル ニューヨーク、音楽、その大いなる冒険』【2】。これは、92年にエイズで他界した、作曲家・チェロ奏者のアーサー・ラッセルの伝記です。彼はニューヨークのクラブシーンの最前線にいながら、フィリップ・グラスらと交流する現代音楽の作曲家でもあり、シンガーソングライターとしても良作を発表していましたが、どの活動もマニアックな評価を得ながらも、最後までほとんど売れませんでした。当時からアメリカ音楽界のキーパーソンとして知られていたものの、リリースがあまりなかったこともあり、なかなか音源が手に入らない幻のアーティストでした。しかしゼロ年代に入り、彼の音源を専門に復刻するレーベルが登場。リリースが相次ぎ、亡くなってから評価が追いついてきた人だといえます。

 今では日本でもほとんどの作品を聴くことができますが、オムニバスでさまざまな作品が楽しめる『ザ・ワールド・オブ・アーサー・ラッセル』、エコーを最大限に上げた状態でチェロの弾き語りをした異色作『ワールド・オブ・エコー』などがオススメです。

 この本にはさまざまなヤバさがあるのですが、そもそもこの音楽書が売れない時代に、わざわざ幻のアーティストの本を翻訳して出したのがスゴい(笑)。音楽書を専門に手掛ける「P-Vi ne」ならではの蛮勇です。

 本の内容も刺激的です。アーサーは音楽に関して雑食で、広い分野の知識を持って時代の最先端を走っていましたが、それは「快楽」に関しても同じでした。不特定多数の同性とセックスをしているうちにエイズに感染し、病状が進んだ晩年には、がんと認知症を併発。そんな中で、彼がヘッドフォンで自分の曲を聴きながら、ニューヨークの街を徘徊していたことなどが生々しく描かれています。彼の葬儀には、各界の大物が集まり、初めて彼自身の偉大さが明らかになったそうです。

 この本を読んで、あらためてアーサーの楽曲を聴いてみると、刺激的でカッコよく、先進的なものが多い。アカデミックな現代音楽とクラブミュージックは別物だと思われがちですが、その両方でしっかり立っている彼は、まさに偉大な音楽家。彼の評価はまだ始まったばかりで、その音楽的なヤバさは汲み尽くされていません。この本によって注目が集まってほしいと思います。

 余談ですが、この本のヤバさとしては、近年まれに見るウルトラ直訳も挙げられます。というか、部分的にはほとんど日本語になっていない(笑)。読むことにスゴく抵抗感がある訳文なのに、それを補うに余りある内容だったので、なおさらおすすめしたいですね。

 最後は、『ポストモダンの共産主義』【3】。スロベニア出身の精神分析家、思想家のスラヴォイ・ジジェクが09年出版(原著)したばかりの本です。本書で彼は、「今こそコミュニズムの時代だ」と主張しています。まずは、それがスゴいと思う。

 東西対立の構造もなくなり、右翼/左翼という区別がナンセンスになって久しい時代ですが、一方で、ワーキングプア問題やロスジェネの議論があり、雇用問題でデモが起こるようにもなった。湯浅誠さんや雨宮処凛さんらが注目を集め、左翼的な感覚がリアルなものになっている。また他方で、「資本主義が過剰に進んだ結果、リーマンショックが起きたけれど、結局は資本主義でいくしかない」という意見もある。でも僕には、それらは資本主義をめぐる議論の裏表にしか思えないんです。ジジェクは、ちゃんと問題を相対化した上で、それでも「マルクスをやってやろう」と言ってる(笑)。

 完全に平等で理想的な共産主義が確立されたらいいだろうけれど、それは現実的に考えて不可能ですよね。だからジジェクの主張は強引なんですが、同時に貴重さを感じます。彼の非現実的な主張は決して無意味ではなく、アリなんじゃないかと思わされるのです。

 かつては「大きな物語」があって、それが崩壊したのがポストモダン。そして現在は、「大きな物語」が「小さな物語」になり、それが「より小さな物語」に……と、細分化が進んだ挙げ句、最終的に「自分の得になるように行動すればいいや」という状況です。日本でも「功利主義的な発想が蔓延する中で、皆がエゴイスティックに振る舞ってもうまく回るような社会を作らなければならない」という議論がありますが、そのための方向性として示されている道は、おそらく2つ。ひとつは東浩紀さん以降のアーキテクチャの発想で、人々が好き勝手に動いても、全体としてうまくいく調整機能を持った不可視のシステムを作る。もうひとつは、宮台真司さんなどが主張しているエリート官僚主義で、まずは衆愚を認めて、優れた人たちが市民の行動を調整するやり方です。

 そんな中でジジェクは、「いやいや、共産主義でしょ」と言う。最初は「このオッサン、何を言ってるんだ?」と思うのだけど、読み進めると「本気だな」ということがわかる。柄谷行人も10年に刊行した『世界史の構造』(岩波書店)の中で、「暴力なしの世界同時革命」を謳っていますが、一見して実現不可能なことを理論的にしっかり補強しながら、強弁することのヤバさを感じます。

 ジジェクの本は、「暗号の解読書が暗号化されている」ような、煙に巻かれるような内容のものが多いのですが、この本に限ってはかなりわかりやすい。こうしたアクチュアルな哲学書を、学生でも買える新書で出したことも評価したいですね。

(構成/神谷弘一 blueprint、G.B.)

【1】『洞窟ゲーム』
まどの一哉/青林工藝舎(10年)/1365円
不条理な世界観でコアなファンを抱える、まどの一哉の処女短編集。雑誌「アックス」に発表した短編の中から、「洞窟ゲーム」「プロペラ」など、よりすぐりの作品を収録。


【2】『アーサー・ラッセル ニューヨーク、音楽、その大いなる冒険』
ティム・ローレンス著、野田努監修、山根夏実訳/
P‐Vine BOOks(10年)/3465円
70~80年代のニューヨーク、アンダーグラウンドの音楽シーンを代表する”伝説的アーティスト”、アーサー・ラッセルの伝記。


【3】『ポストモダンの共産主義 はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』
スラヴォイ・ジジェク著、栗原百代訳/ちくま新書(10年)/945円
闘う思想家=ジジェクが、混迷の2000年代を分析。資本主義イデオロギーの限界と、世界を変革に導く「まったく新しいコミュニズム」。


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最終更新:2012/03/19 13:44
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