秋葉原事件が題材の『RIVER』で、新境地に挑んだ蓮佛美沙子の素顔
#インタビュー #邦画 #蓮佛美沙子
16歳で大林宣彦監督の『転校生 さよなら あなた』(07)の主演に選ばれ、透明感あふれる佇まいと確かな演技力で鮮烈な印象を放った蓮佛美沙子。その後も超能力少女に扮したNHKドラマ『七瀬ふたたび』(08)、清水崇監督のサイコホラー『戦慄迷宮3D』(09)で物語の鍵を握るヒロイン、友達想いのちょいヤンを演じた『君に届け』(10)……といろんな役に染まってきた。だが、最新主演作『RIVER』で演じたひかり役はこれまでにない難役だった。廣木隆一監督のオリジナルストーリーによる本作は、2008年6月に起きた「秋葉原無差別殺傷事件」を題材にした作品。突発的な事件によって恋人を失ってしまった女性が、秋葉原という街をさまよい、さまざまな人々に出会っていく姿を描いたものだ。大人の女優へと着実にステップを刻みつつある蓮佛美沙子が、今ここにいる。
――これまで主演・助演を問わず、さまざまな役を演じてきたけど、今回の役は難儀だったでしょ?
蓮佛 はい。挑戦でもあったし、ある意味で初心に帰らせてもらったように思います。廣木監督からは「本当にまっさらな気持ちでやってくれ。台詞も言いたくなかったら言わなくてもいいし、覚えてこなくていいから」と言われたんです。ドキュメンタリータッチで撮りたいということでした。それで私も、このシーンはこんな風に演じればいいな、この場面の台詞はこのくらい間を置いて……みたいな計算はいっさいしませんでした。その瞬間その瞬間で、自分が感じるままに動いたんです。お芝居をするようになってから無意識のうちに癖みたいなものが付いていたので、そういうのを取っ払うことができたように思いますね。
――でも、役者が役づくりできないまま現場に入るのって、逆に不安では?
蓮佛 そうですね。それに今回は実際に起きた事件に基づいたものですし、撮影の初日が2011年3月27日、東日本大震災の直後だったんです。まだ3年しか経っていない事件を題材にして映画をつくることもそうですし、震災の直後に映画を撮っていて良いのかという気持ちがありました。ですから、役づくりというよりも、自分が映画にどう向き合うかということで悩みました。
――蓮佛さん自身も、事件について調べたりしたんですか?
蓮佛 あのニュースをリアルタイムで見たときに自分が感じた心情を、もう一度思い起こすという作業はしましたね。事件のことを知って、まったく関係ない人たちが犠牲となり、残された遺族の方たちのことを想うと「何てことをしてくれたんだ……!」という感情が込み上がってきました。私自身はまだ近しい人を亡くした体験はないので、本当の意味では残された人たちの気持ちは分からないと思います。演じる人間が「分からない」なんて言葉を口にしちゃダメなんですけど。でも、残された人たちの気持ちについては、すごく考えました。
■廣木監督は人の心を読み取る超能力者?
――廣木監督というと『ヴァイブレータ』(03)のようなインディペンデント作品から『余命1ヶ月の花嫁』(09)といったメジャー作品まで幅広く撮っていますが、蓮佛さん的にはどんなイメージの監督でした?
(c)2011ギャンビット
蓮佛 人の心の奥の奥まで映し出そうとする監督ですね。廣木監督の『雷桜』(10)と『軽蔑』(11)を観たんですが、人の心が動く瞬間だけを切り取って見せようとしているなぁって。現場に入るまでは「怖い監督」だと思っていました。いろんな方から「厳しいよ」と聞いていたので、覚悟して現場に入ったんです。でも、廣木監督は厳しいことは言わないんです。その代わり、見ているんです。ただ見ている。心の目で、穴が開きそうなくらい見られている感がありました。実際に私が「何か違うなぁ」と心の中で感じながら演じていると、絶対にカメラを回さないんです。で、「あっ、分かった」と自分の中でハマった感が湧いてくると、こちらから何も言わなくても「じゃあ、カメラ回そうか」とおっしゃる。もしかしたら廣木監督はエスパーなんじゃないかと思いました(笑)。
――廣木監督からは、具体的に役に関しての説明はなかった?
蓮佛 はい。撮影前の本読みのときも「見たことあるぞ、その芝居」と言われたぐらいですね。無意識のうちに型にハマっている部分を取り払ってから現場に来いよ、ということだったんだと思います。それで私なりに、まっさらな気持ちで秋葉原に向かいました。その秋葉原で出会う人々にだけ、反応するようにしました。廣木監督はそれができているかどうかだけを見ていたみたいですね。
――小手先の芝居では騙せないわけですね。
蓮佛 絶対に騙せません。覚悟を持って、現場に入らないとダメですね。ちょっとでも自分の頭の中で計算した芝居をしようとすると、すぐに注意されるんです。「芝居をするな」ってことなんでしょうけど、芝居をする人間にとって、それがいちばん難しいことなんです。
――役づくりの準備もできず、しかもインディペンデント作品だから撮影期間も限られているわけでしょ?
蓮佛 私もそこがすごく不安だったんです。限られた撮影期間で役になりきれるんだろうかって。でも、今回は長回しが多くて、ひかりが事件後に初めて秋葉原駅を降りて15分ほど歩き続けるシーンを撮影初日にノーカットで撮ったんですね。このシーンの撮影に助けられました。ずっと歩き続けて、カメラマン(中村麻美)に話し掛けられ、最後に(映画には登場しない)彼のことを思い出して涙が流れてしまったんです。自分の想像を超える芝居でした。それって自分とって初めての体験だったので、すごく自信になったんです。あっ、このやり方で間違ってないんだなと思えたんです。
――ひかりが不安げな表情で秋葉原を歩く姿は、戸惑いながら現場に入った蓮佛さん自身でもあったわけですね。
蓮佛 ほんと、そうですね。私自身が「これでいいのかなぁ。演じ切れるのかなぁ」と、探り探りの芝居でした。でも廣木監督に対する、絶対的な信頼感はあったんです。廣木監督は「秋葉原で起きた事件は絶対に風化させちゃいけない」という信念を持たれていました。それに廣木監督は福島の出身で、震災直後の自分の故郷の様子も今回撮影しているんです。そういう廣木監督の強い想いにも背中を押してもらったように思います。だから私も覚悟を決めて、現場に立つことができたんです。
■家族や親友ではない人たちとの出会いが与えたもの
――うさん臭いスカウトマン(田口トモロヲ)に声を掛けられ、ひかりはメイドカフェで働き始めますね。メイド体験はどうでした?
蓮佛 衣装合わせのときは「大丈夫かな」と心配でした(笑)。でも、メイドカフェには「一度、行ってみたい」と思っていたんです。実際にメイドカフェとして営業中のお店での撮影でした。お店で働いている女の子たちが制服からメイド服に着替えたりしている様子も見ていたんですが、「へぇ~、お店の裏側って、こんな風になってるんだぁ」と興味深かったですね。お店の女の子たちが「美味しくなぁ~れ~、シャカシャカ♪」なんてやっているのを見て、あそこまでできるのは役者に似ている部分もあるんじゃないかなんて思いました。劇中で「みんな自分じゃない、もう一人の自分を探しているんだ」って台詞がありますけど、確かに誰しも自分じゃない自分になってみたい願望ってあるんでしょうね。それが人によってはバイトだったり、私の場合だとお芝居だったり……。
――田口トモロヲさんは廣木組の常連俳優。お店の女の子に手を出す、とんでもないスカウトマンですけど、「目的がないのが、いちばん辛い」って台詞は「おっ?」と考えさせますね。
蓮佛 私自身も秋葉原に行ってそのことを感じました。秋葉原駅を降りる人たちって、電器店だったり、メイドカフェだったり、AKB48の劇場だったり、目的が決まってる人たちが多いですよね。秋葉原は目的を持っている人たちが多い街。そんな街で目的がなく、ぼんやりと歩いていると浮いてしまう。目的って何だろうって考えちゃいました。
――物語の後半には震災直後の福島の被災地の映像も。愛する人との突然の別れを強いられたひかりは、街を歩き回ることで喪失感を克服できたんでしょうか?
蓮佛 克服できたわけではないでしょうね。ひかりは恋人を失って、最初は生きていても死んでもどっちでもいいという精神状態だったと思うんです。そんな彼女が家族や親友とは違う、それほど深い関係でない人たちと出会っていく中で、いろんな話をするわけですよね。ひかりが相手に投げ掛けている言葉は、彼女自身にも向けられていると思うんです。ビルの屋上にいる青年(柄本時生)に「自殺したいの?」と尋ねて、「ううん」「よかったぁ」ってやりとりがあるんですけど、あの言葉は自分自身にも問い掛けていたものでしょうね。心のキズを克服できたかどうかは分からないけど、ほんのちょっぴり心の中に変化が生じたんじゃないかなと思います。大丈夫、これから私はしっかり生きていく、なんて大きな自信はまだないでしょうね。でも、いろんな人たちに逢うことで、ちょっとずつ背中を押してもらって、まったく希望が持てない状態から、少しだけど希望の光を感じることができるようになったのかなって。そうなればいいなと願いながら、演じていました。
■今年は大学4年生。卒論は絵本の創作です
――蓮佛さんは、きちんと自分の言葉で説明してくれるのでインタビューのしがいがあります。撮影がない期間は大学に通っているんですよね。大学生活はどうですか?
蓮佛 今、大学3年生です。週2日に朝から晩まで授業を詰め込んで、他の日に撮影のスケジュールを組んでもらうようにしてるんです。大学2年までは一般教養だったんですが、苦手の英語があったりして大変でした(苦笑)。大学3年からは児童文化学科を専修していて、絵本の創作を学んでいるんです。これが、すごく楽しいんです(笑)。大学4年は卒論で絵本を創作するんです。ストーリーも絵も自分でやらなくちゃいけないけど、創作について学ぶことで、作家や脚本家の人たちはすごいなぁと思うようになりましたね。短い絵本の中でも、起承転結を考えるのが難しいんです。今までは芝居をしていて自分の演じる役の気持ちについては考えていましたけど、大学で学び始めてから「この脚本家は何を伝えたくて、この役にこの台詞を言わせているんだろう?」とか考えるようになりましたね。それが演じる上で役立っているかどうかは別ですけど(笑)。
――撮影以外の時間をどう過ごすかって、女優にとって大事ですね。
蓮佛 そうですね。でも、この仕事をしていても、自分は女優だという意識があまりないんです。「自分は女優」という意識がないと、いけないんでしょうけど。でも大学に行くと友達が「美沙子がテレビに出てるよ、あはは」と笑われたり、もっと親しい友達だと、そういうことも考えずに一緒にいられますね。悩み事を相談したり、「今、こういうのが流行してるんだ」とかも分かりますし。仕事だけだと、そういうことが分からなくなってきますよね。そういうのも含めて、大学に通うのがすごく楽しいんです。
――蓮佛さんは女優であることよりも、物づくりが好きなんですね?
蓮佛 そうなんです! 物づくりが好きです! 役を演じるのも、私がひとりの女の子を作っていくという感覚なんです。それで、私がひとりの女の子の役づくりをすることで、1本の映画に参加しているって意識なんです。だから、変な話、映画の完成披露の舞台挨拶に出ると「はて、何を話せばいいんだろう?」と悩んじゃうんです。役を演じ終わった後は、自分の立ち位置が分からなくなるんです。結局、素の自分で話すしかないんですけど、「あっ、どうもどうも」みたいな感じでお茶を濁してしまう(笑)。でも、まだ役について話す分にはいいんですけど、たまにテレビのバラエティー番組に出てしまうと、何を話せばいいのか全然分からなくなって「ひゃあ~」ってなっちゃうんです。
――そんな素の蓮佛さんも素敵です。せっかくなので蓮佛さんのお薦めの絵本を教えてください。
蓮佛 私が小さいときから親に読み聞かせてもらった絵本なんですが、『まあちゃんのながいかみ』(たかどの ほうこ作)。私が髪を長くしたのもこの絵本の影響なんです(笑)。ショートヘアの少女がロングヘアにしたら、あんなことができるこんなことができると想像するお話。髪を三つ編みにして物干竿代わりにしたり、髪を洗ってソフトクリームみたいにしたり……。とてもカワイイ絵で、今読んでも癒されますね。親に絵本を読み聞かせてもらったことで、本を読むことが大好きになりましたし、脚本を読むのも楽しいです。親には感謝しています。
(取材・文=長野辰次/撮影=岡崎隆夫/スタイリスト=猪塚慶太[super sonic]/メイク=倉田明美)
『RIVER』
原案・脚本・監督/廣木隆一 主題歌/meg「Moon River」 出演/蓮佛美沙子、中村麻美、根岸季衣、尾高杏菜、菜葉菜、柄本時生、Quinka,with a Yawn、田口トモロヲ、小林ユウキチ、小林優斗 3月10日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー http://river-movie.com
●れんぶつ・みさこ
1991年2月27日生まれ、鳥取県出身。スーパー・ヒロイン・オーディションMISS PHOENIXグランプリを受賞し、市川崑監督の『犬神家の一族』(07)で映画デビュー。滝田洋二郎監督『バッテリー』(07)、大林宣彦監督『転校生 さよならあなた』(07)でキネマ旬報ベストテン日本映画新人女優賞、高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞。その後、大岡俊彦監督『いけちゃんとぼく』(09)、清水崇監督『戦慄迷宮3D』(09)、土井裕泰監督『ハナミズキ』(10)、熊澤尚人監督『君に届け』(10)、鶴橋康夫監督『源氏物語 千年の謎』(11)など多彩な作品に出演。ドラマ出演作に『七瀬ふたたび』(NHK総合)、『Q10』(日本テレビ系)、『全開ガール』(フジテレビ系)など。大林監督の『この空の花』が公開待機中。http://www.renbutsumisako.com/
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