キンドルに勝てないアップルが編み出した電子書籍の新概念
──激変するITビジネス&カルチャーの深層を抉る!
日本でも2011年が電子書籍元年と呼ばれ、新潮流が動きだしているが、世界的に見ればこの市場で独り勝ちを続けているのはアマゾンのキンドルだ。iPadで対抗するアップルにしてみれば、この事態は当然看過できない。そこで同社が打った新たな一手とは?
な時代が来るのかもしれない。
アップルが1月、iBooks Authorという誰でも簡単に電子書籍が制作できるMac向けアプリを発表した。無料である。「すごく使いやすい」「完成度が高い」「出来上がった電子書籍が美しい」と、インターネットでは称賛の声が飛び交っている。しかし実はこのiBooks Authorの意味は、そのようにアプリ単体で考えるべきではない。そこにはもっと戦略的で重要な意味が込められている。
それは何か。
ひとことで言えば、アップルは電子書籍を垂直統合化しようとしているのだ。そしてその垂直統合への野望は、アマゾンに対抗する戦略として生み出されたものである。
現在の電子書籍は、レイヤー化が進んでいる。コンテンツは出版社が編集する場合もあれば、著者がアマゾンのキンドルダイレクトパブリッシング(KDP)で直接出版する場合もある。また配信システムは、キンドルストアが寡占していて、6~8割の市場シェアを奪っているといわれている。続くiBookストアとGoogleブックスはいずれも1~2割程度。
配信された電子書籍を読むツールは、多様化が進んでいる。なぜかといえば、市場をリードしているアマゾンがマルチデバイス戦略を採っているからだ。キンドルは電子ペーパーのキンドルリーダーだけでなく、iPadやiPh one、Android、Windows、Macなどさまざまなデバイス向けにアプリが用意されていて、自分の好きなデバイスでキンドル本を読むことができる。これはアマゾンがキンドルリーダーというハードウェアを販売して儲けるのではなく、クラウドに置かれた電子書籍のコンテンツを販売して儲けるということにマネタイズの主眼を置いているからだ。
現在のところハードウェア市場に関しては、アップルとアマゾンは拮抗しているとみられている。2011年後半の数字で、アップルのiPadの累計出荷台数は約4000万台だった。アマゾンはキンドルの出荷台数を発表していないが、これに近い数字とみられている。ただ先ほども書いたように、キンドルはハードウェアをビジネスの中心には置いていない。アップルがいくらiPadを売っても、キンドルには対抗できない。なぜならiPadが売れれば売れるほど、キンドルのiPad向けリーダーも普及し、さらにキンドルストアの書籍の売り上げが増えるという構図になっているからだ。
これはアップルにとっては非常に悔しい構造だ。そこでアップストアのコントロールを強めて、アプリ内で勝手に課金することを禁止するようになった。この制限が厳密に実行されると、アマゾンはアップストアで無料配布しているキンドルアプリを経由して本を販売することができなくなってしまう。そこで今度はアマゾンは、キンドルクラウドリーダーというブラウザベースのリーダーアプリを出してきた。これはアップストア経由ではなく、iPadに標準搭載されているウェブブラウザ「サファリ」上で書籍が読めてしまうというものだ。さすがにアップルもブラウザの中までは口を出せないから、この回避策は実に巧みだった。
電子書籍のプラットフォーム争いではこのように、キンドルがかなり有利な立場を取り続けている。そしてアップルはプラットフォームのポジションを取り損ね、今やiPadというハードウェアを提供するだけのベンダーに成り下がってしまっているというのが現状だ。これはアップルにとってはあまりうれしくない市場構図だろう。
コンテンツのプラットフォームビジネスを俯瞰すると、アップルは音楽の市場をプラットフォーム化し、00年以降着実に支配してきた。今後はこの流れが動画と書籍の分野に及ぶと考えられている。書籍では先ほども書いたようにアマゾンが一歩リードし、動画ではアップルとグーグル、それに映画業界連合などが混線状態となっている。アップルは今年新たなテレビ受像機を市場に投入すると噂されているが、まだ市場がどう帰するかはまったく不透明だ。アップルが今後も成長を続けていこうとするのであれば、このどちらの分野でも負けるわけにはいかない。しかし両市場とも、アップルにとってはかなりの厳しい戦いが強いられそうというのが現時点での可能性だ。
アップルの垂直統合はガラパゴス化につながる?
そういう状況の中で、iBooks Authorがリリースされた。このiBooks Authorはよくできているけれども、いくつか重要な制限がかけられている。ひとつは、iBooks Authorを使って制作した電子書籍は、有料で販売する際にはアップルのiBookストアを経由することが使用許諾条件で義務づけられているということ(無償の場合は、自由にウェブサイトなどで配布できる)。そしてもうひとつは、iBooks Authorで制作した電子書籍はiPadでしか読めないということだ。
つまりはコンテンツ制作と配信システム、そしてリーダー機器という3つのレイヤーが、iBooks AuthorとiBookストア、iPadによって垂直統合されてしまっているのである。
しかしキンドルが主導権を握っている電子書籍市場で、市場シェアを取れていない企業がいきなり垂直統合を狙ったとしても、単なる「ガラパゴス化」にしかならない。市場シェアを増やせる可能性はないということだ。
そこでアップルは、iBooks Authorで電子書籍の概念をがらりと変えていく方向に打って出た。つまり、従来のキンドルが提供していたような、紙の書籍をそのまま電子ペーパー上に移し替えて文字だけを読んでいく電子書籍ではなく、文章・図形・グラフ・イラスト・動画・プレゼンデータなどをなんでも流し込み、アニメーション効果も使える電子書籍という新たなコンテンツのあり方だ。
これは「エキスパンドブック」などと呼ばれ、それこそ日本の電子書籍のパイオニアであるボイジャー社が90年代末から取り組んでいた方向性だ。当時はCD-ROM媒体の容量やインターネットの回線の帯域、端末のCPUパワーなどさまざまな障壁があり、市場に普及するというところまでは進まなかった。しかし最新鋭のiPadであれば、このようなことは軽々と実現してしまえる。
しかもこのアップルの新しい垂直統合は、コンテンツの生成部分までも取り込んでしまっている。
アマゾンはKDPで成功しつつあり、11年のキンドルストアのベストセラー上位10作品のうちなんと3作品はKDP経由のセルフパブリッシングだ。おそらく今後の電子書籍は「出版社抜き」のセルフパブリッシングが大きな部分を占めるようになっていくことは間違いない。
しかしアマゾンのKDPが扱っているのは、あくまでも紙の書籍の代替物としてのテキスト中心の電子書籍である。動画や画像、音声、インタラクティブ性を含んだウェブ的な書籍を制作するのには適していない。そう考えれば、エキスパンドブック分野のコンテンツ生成というまったく新しいブルーオーシャン市場を、アップルが奪える可能性はきわめて大きい。特に教育分野では非常な有望株だろう。だからこそアップルは、iBooks Authorの記者発表会を「教育関連の発表」として事前告知していたのである。
これが市場としてどのぐらい成り立ち、どのような文化圏が広がってくるのか。教育や辞典辞書だけでなく、文芸やノンフィクションなどの一般書籍分野にも拡大していくのか。その時にどんなイノベーションが書籍の世界に生まれるのか。今後の展開が非常に楽しみだ。
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