「怒りの声をあげられない人の声を代弁する」福島市住職のたった一人の闘い
#東日本大震災 #原発事故
福島市の住職が発行している無料冊子『原発事故さえなければ通信』が話題を呼んでいる。これは、曹洞宗・補陀落山圓通禅寺の住職・吉岡棟憲氏が原発事故に対する政府や東電のずさんな対応や、福島の風評被害に対しての怒りをストレートにぶつけた冊子で、昨年11月15日に第1号が発行。当初は4,000部の配布予定だったものの、各方面で話題になり、増刷して1万2,000部まで部数を伸ばしたという。
創刊の辞で、吉岡住職はこう記す。
「原発事故はかけがえのない自然を破壊し、罪のない生き物を殺生し、未来を託すべき子どもたちを県外へ追いやりました。これだけの大罪を犯しながら、東電や国の対応はあまりにも無責任極まりなく憤りだけが募っています。『原発事故さえなければ普通の生活が送れたのに』この思いの中で苦しみの日々を過す福島の実情を知って下さい」
その憤りがそのまま紙面に現れた『原発事故さえなければ通信』。4ページ構成のとても小さな冊子だが、進まない賠償や、深刻な風評被害、過酷な避難の実態、加害者である政府・東電に対する提言の数々が記されている。第2号となる1月1日発行号では、2011年の漢字として「絆」ではなく「嘘」を掲載した。
「『露骨すぎる』と注意をされたことはありますし、『危ない』と心配されることもしばしばです。けれども、責任は全部自分で取るから大丈夫。記事もすべてひとりで書いています」
われわれの取材に対して淡々と説明する吉岡住職だが、彼が背負っているリスクは尋常のものではないだろう。
寺院のほかに「福島ルンビニ幼稚園」を運営する圓通禅寺。原発事故は、その経営にも深刻な影響を与えている。
「220人の園児のうち、避難のために40人が退園しました。来年度の入園者は例年のおよそ半数。現在、福島市の20の私立幼稚園で東電に対して損害賠償の請求を行っていますが、原発から60km離れた福島市に対して東電の対応は冷淡です」
また、住民にとっても、原発事故は背負いきれないストレスとなって背中にのしかかる。吉岡住職によれば、周囲にも精神的にダウンしてしまう人がとても多いという。
「現時点で現れている原発事故の恐ろしさは、放射能ではなく、ストレス。だからこそ、私が強い憤りを表明することで、少しでも読者の気晴らしになればという気持ちもあります」
■東電の本音は「1円も払いたくない」
わずかな額のカンパは寄せられるものの、印刷費用のほとんどは吉岡住職の自己負担。印刷費は1冊40円ということで、1回の発行で数十万円が消えていく。そのような犠牲を払ってまで発行する使命感の源泉はどこにあるのだろうか?
「福島では、苦しんでいるにもかかわらず、声をあげられない人も多い。そんな人の声を代弁するのは、僧侶の役割なんです。お金のことには構っていられません」
キッパリとしたその回答には、厳しい修行で有名な曹洞宗の僧侶らしい、凛とした意志を感じる。
「本当の願いは元の福島を返してほしい。美しい自然に囲まれた故郷はすべて消えてしまった。それを元に戻してほしいです」
しかし、こちらが言葉を継ごうとした瞬間に「……ただ、それはあまりにも非現実的すぎますよね」と、吉岡住職の言葉はトーンダウンする。
「だから、保障・賠償をしてほしいし、真摯に対応をしてほしいんです。東電は賠償請求のために2,000人の人員をあてていますが、彼らの仕事は迅速な賠償金の支払いではなく被災者からの不正請求の防止。やはり、賠償金を1円も支払いたくないというのが東電の本音なのでしょうね……」
では、県外にいるわれわれが、彼らを支えるためにできることとは何だろうか?
「政府や東電の責任を追求するためには、世論の形成が重要です。日本中で、原発事故を終わったことにせず、しっかりと責任を突き止める機運を高めてほしいです」
次号は震災から1年となる3月11日の発行。その中で、吉岡住職はある提言を行っている。
「現在、福島の人間が苦しめられているのが風評被害。そこで、東電社員や国家公務員に対する給与の1割を『福島クーポン』というような形で支払ってはどうかと提言しています。それを使って、福島に宿泊し、福島県産の食材を買ってほしい。安心・安全と口先だけで言うのではなく、社員自らが行動で示してくれれば風評被害の緩和につながります」
“冷温停止状態”になろうとも、いまだ多くの問題を残したままの原発事故。声にならない声を代弁するために、吉岡住職の戦いは続く。
(取材・文=萩原雄太[かもめマシーン])
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