「いけないCOMIC」1985年1月号大特集 戸川純にただ単にミーハーしたいっ!
#昼間たかしの「100人にしかわからない本千冊」
この連載で心がけているのは、誰もが忘れてしまったであろう雑誌や、そこに掲載された記事、消えた漫画家やら小説家、ライター、文化人、サブカルスタァを単に紹介するだけじゃなく、なんとか現代とつながる手がかりを見つけたり、歴史を掘り起こす作業を行うこと。「いやぁ、こんなん見つけましたよ」「アハハ」では、これまでサブカルチャーの文脈でさんざん行われてきた”現代の視点から過去を楽しむ作業”と差異が出せない。
1970~80年代に活躍した人々が、早くも鬼籍に入りつつある昨今、過去の「これは!」と思うモノを見つけたら、とりあえず当事者の話は聞いておきたい。ジャーナリズム的には「聞き書き」、学術的には「オーラルヒストリー」と呼ばれる作業、それは文献や記録映像には残らない歴史的事実を教えてくれるハズだ。
というわけで、今回紹介するのは「いけないCOMIC」1985年1月号。表紙を見ると、少女漫画雑誌っぽいけど、ジャンルとしてはエロ漫画雑誌である。
そもそも、「いけないCOMIC」は中森明夫が、商業誌で初めて「おたく」に言及したとされるコラム「『おたく』の研究」が掲載されたことで知られる「漫画ブリッコ」の姉妹誌である。編集スタッフもほぼ同じで、本号は大塚英志、東尾孝、斎藤O子らが参加している。
ここまで14年、コンプリートまであと2冊。
さて、「いけないCOMIC」はマイナーなロリコン漫画誌(当時のエロ漫画雑誌の呼び名)かと思えば、妙にメジャーを狙っていた雰囲気がある雑誌だ。創刊号では富田靖子が2号目では堀江しのぶがグラビアを飾っている。
そして、この号では戸川純のグラビアが……と思いきや、違う。この号ではページの三分の一近くを割いて、戸川の大特集が組まれているのだ。
誰もが、この号は「何事か!」と驚くに違いない。なにせ本誌は、あくまでエロ漫画誌のハズ。「宝島」ではない。
さて、ページを開くと左に特別付録の「戸川純プリティシール」、右は単行本の広告が。広告のほうにも微笑む戸川の写真と共に「戸川純ちゃんも読んでます(本当です)」のキャッチが。そして、左ページのグラビアは、戸川純と漫画家・藤原カムイのツーショット写真。単なるグラビアとは気合いが違う。
ページを読み進めていくと、藤原が描く、戸川の代表曲のひとつ「蛹化の女」の漫画化、そして2人のお絵かきしながらの対談と続く。独特のセンスが光る中田雅喜が描く「戸川純物語」に続くロングインタビューは司会と構成を竹熊健太郎が担当。「センスありますよ、今度ウチに書きません?」と口説き始める大塚を笑い飛ばして、好きな漫画家は日野日出志と花輪和一だと聞き出し、「アラレちゃんの声のオーディションは、最終5人までいって、落ちた」と語らせ、「あたしも読者よ」と言わせた、竹熊のインタビュアーの才能が素晴らしすぎる。それに、強調するべき言葉選びのセンスも光っている。
と、充実したインタビューに続いて登場するのは「漫画ブリッコ」でも活躍していた、いくたまきの描く漫画「冒険玉姫様」。「怒濤&リリカル 戸川純のプロモーションCOMIC」と副題がついているが、どのあたりがプロモーションなのかは定かではない。そして、特集の最後には再び藤原が登場し、漫画「パンク蛹化の女」が。正直、ネタが濃すぎ。そもそも戸川の歌を知らなければ「この漫画は何を描いているのだろう……」と、置いてけぼりにされた気分になるはず。もちろん、普段から「YouTubeに”アップルシティ500″に”ゲルニカ”が出演した時の映像をアップしている人がいるよ、神だね」とか話している筆者は、本誌を入手したとき「この世には、まだこんな宝物が……」と感動したワケだが。
■編集者は戸川純を知らなかった!
本誌を取り上げたのは内容もさることながら「戸川純特集」が組まれた理由が、興味をかきたてられるからである。
筆者が本誌を手に入れた直後、たまたま出会った中田に「あなたの描いた、”戸川純物語”が面白い」と話したところ、中田からはこんな返事が。
「戸川純って知らなかったけど、大塚が資料を持ってきて、いわれるがままに描いたんです」
その数日後に、今度は別の場所で竹熊に出会ったので「~と、いうことだったんですけど?」と聞いたところ竹熊は、「ああ、アレ全部、俺が考えたんだ」というのだった。
この会話も、既に数年前のことで筆者も記憶が曖昧だ。そこで、昨年末のコミックマーケット会場で竹熊を待ち構えて、もう一度聞いてみることに。コミックマーケット3日目の午後にやってきた竹熊は、筆者の問いにこう語った。
「大塚も戸川純を知らなかったんだけど、”どうも、『漫画ブリッコ』『いけないCOMIC』の読者と戸川純ファンは重なっているから特集を組もう”という話になり、知ってる俺が、構成したんだ」
そして、竹熊が驚いたのは戸川が本当に「漫画ブリッコ」と「いけないCOMIC」の読者だったことだという。どうも、本誌発売前に出版されていた単行本『戸川純の気持ち』(1984年11月、発行:JICC出版局[現・宝島社])で、戸川が読んでいる雑誌として「プチフラワー」「別冊マーガレット」「漫画エロトピア」と並んで「漫画ブリッコ」を挙げているのだが、さすがに本人に会うまでは半信半疑だったようだ。
読んでいる」がちょっと恥ずかしい。
戸川が読者だったことがよっぽどうれしかったのか、本誌巻末の「漫画ブリッコ」の広告は「月に一度やってくる玉姫コミック」と銘打ち、「これが証拠だ」として前述の部分を引用して紹介している。そして、「漫画ブリッコ」の1985年1月号でも表紙に「谷山浩子さん 戸川純ちゃん 見てますかぁ。」のキャッチが(ちなみに、この号のコラムにも戸川が登場している)。
現代に置き換えるならば、人気の女性声優あたりが自分のつくっている雑誌の読者だったという感じか? いずれにせよ、特集を企画した理由が「雑誌が売れるから」なのに、一切妥協せず、ファンを喜ばせるマニアックさに徹している点が素晴らしすぎることは間違いない。なにより、本誌に関しては誌面からでは見えない真実が見えてきたのも、興味深い。70年代以降の大衆文化の歴史を調べようとしたとき、オタク関連に限らず「こんな風だったってことになっているけれど、実際はどうなの?」と疑問にぶつかることは多い。まだ、関係者も存命ゆえに話しにくいことも、書きにくいことも多いけれど、聞いておくのは今しかない。
(文=昼間たかし 文中敬称略)
TOGAWA LEGEND SELF SELECT BEST&RARE 1979-2008
純ちゃ~ん!!
【 昼間たかしの「100人にしかわからない本千冊」バックナンバー】
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