実現すると府民の生活は楽になるの? 徹底検証! 橋下市長が与える経済的影響
【プレミアサイゾーより】
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──2011年11月末に行われた大阪市長選で当選した橋下徹新市長。さっそく積極的な人件費の削減や公的機関の売却などに動き始めている。だが、これらの政策には、例え市の財政を短期的に黒字化しても、中長期的に見れば資産の切り売りをしただけという批判もあるが……。
春新書)。
2011年11月のダブル首長選の勝利によって、にわかに現実味を帯びてきた橋下徹・大阪市長が掲げる「大阪都構想」。
だが、選挙の争点と言われ、マスコミをにぎわせてきたこの問題も、実際のところはフワッとしすぎて、一般市民にはどうにもわかりづらい。
近い将来、いわゆる「大阪都」が実現したら、いったい何がどう変わるのか? その先に待つ未来は果たして、「強くて豊かで優しい」のか?
小泉旋風が吹きあれた往時を彷彿とさせる「大阪市をぶっ壊す」といった威勢のいい言葉ばかりが先行する今こそ、徹底的に検証してみたい。
■「二重行政の解消」にはどんなメリットがある?
そもそも、現行の大阪府と、その中核をなす政令指定都市(大阪市・堺市)を統合して、都と8~12の特別自治区(以下、特別区)に再編するというのが、くだんの「都構想」の大まかな要旨。これを実現することで、二重行政による多大なムダを省き、低迷する大阪経済を活性化。すなわち「企業に儲けてもらい、従業員の給料を上げる」ことでアップした税収を、大規模なインフラ整備や再編された基礎自治体での行政サービスにより効率的に投下すれば経済が活性化されるというのが、大阪維新の会のマニフェストだ。
だが、そこでの最大のメリットとして強調される、水道や公共施設の重複といった「二重行政の解消」からして、我々にはピンと来ないし、一口に「水道料金が安くなる」と言われても、もともとの料金自体がガソリン並に高いというわけでもない以上、市民生活レベルで実感することは皆無に等しいのが実情だろう。
では、大阪の有権者たちは何をもって維新の会を支持したのか?大阪を拠点に取材活動を続けてきたジャーナリストの大谷昭宏氏は、その背景をこう解説する。
「都構想が争点といわれてはいたものの、今度の松井一郎・橋下両氏の当選は、それと結びついていたわけでは決してない。橋下氏の『大阪市をぶっ壊す』というフレーズに、有権者が漠然とした期待感を抱いた結果といったほうが正確でしょう。
実際、府民・市民の生活に『二重行政』が差しせまった問題として影響を及ぼしているかというと、そんなことはないでしょうしね」
既成の政党や既得権益団体に対して、敢然とノーを突きつける市長の姿は、確かに頼もしくはある。だが、府知事と市長が同じ大阪維新の会から出ている今となっては、”都”にしなくても二重行政の解消とやらは可能だとも思えるが……。
その疑問には、慶應義塾大学経済学部の土居丈朗教授が「ある条件を満たせば」として、こう答える。
「現行制度のままでも、ある程度の解消は可能ですが、中長期的に見たとき、より大きな”都”への再編は、府と市のこんがらがった現状への打開策として非常に有効なんです。ただ、そこで注意しなければいけないのは、やれることと、やって意味のあることの峻別をキッチリする必要があるということ。橋下氏の言うところの都と特別区の役割分担を見誤ると、おそらく成功も難しい」
では、その「ある条件」とはなんなのか? 土居氏が続ける。
「ひとつは、役割分担。もうひとつは財源の問題です。基本的に固定資産税と法人住民税の入る市のほうが財源は潤沢です。これを都がどう使うかが、カギになってくるでしょう。
東京都の場合、税金を都がいったんすべて吸い上げて、50%強を23区が、残りを都の広域行政のために使うという取り決めになっている。一方で、固定資産税がドカッと入る千代田・中央・港の都心3区の税収を、足立・葛飾などの低所得者の多い区に再分配するということもやっている。実はそうした仕組みが、それぞれの区が個別に不満を抱えながらも半世紀以上にわたって特別区の制度を維持し得た、ある種の結束力、求心力にもなっているんです」
だとすれば、そうした求心力を、果たして維新の会が標榜する大阪都は持ち得るのか。土居氏は、大阪の問題点を指摘しながら、説明する。
「いくら大阪市が府域の中心で財源があっても、東京都心3区ほどのパワーを持っていないというのが、危惧されるところではありますね。
大阪には北浜という金融の拠点がありますが、全国に5カ所ある取引所の総商いの80%以上を占める東京の兜町に比べたらやはり力不足。区を再編するにしても、その段階で経済の中心である北区や中央区と、他地域との税収格差を是正するなど、充分なメリットを具体的に提示できなければ、仮に現体制で実現したとしても、あとあと反発する自治体が出てこないとも限りません」
事実、大阪市には西成区のように突出して生活保護受給世帯の多い行政区(上段コラム参照)も存在するため、区割り案の集約が困難を極めるのはもはや必定だ。
「国からお金がもらえた”平成の大合併”ですら、あれだけ揉めたんです【※1】から、24もある大阪の区同士が揉めないはずはないでしょう。
阿倍野や天王寺が、『西成となんて冗談じゃない』となるのは当然だろうし、人口の約35%を在日韓国・朝鮮人が占める生野区などでは、住民の希望にかかわらず、どうしても差別的な現象も生まれてくる。その労力を考えれば、二重行政の解消だけに注力するのが現実的だと思いますけどね」(大谷氏)
そんな生々しい対立構造があるなら、都構想など土台無理な話とも思えてくる。しかし、それを回避する手だてとして、土居氏が一定の評価を与えているのが、維新の会が別案として提示する、周辺9都市も特別区に編入するというアイデアだ。
「北隣の吹田市は、財政的には非常に豊かなんですけど、今だ特例市【※2】で権限はほとんど持っていない。となると、財源の不足分を補完する意味でも、そういった周辺自治体を特別区にして、税収の代わりに権限を渡すというバーターを利用していくのもひとつの手です。大阪市の隣接地域には、吹田のほか、中核市の東大阪、特例市の豊中・八尾といった自治体もありますから、そうした利害関係を政治的に活用すれば、あるいは賛同も得やすくなるかもしれません。もっとも、吹田の場合はもともと市長が維新の会所属ですから、ほかとは、多少事情が違いますけどね」(土居氏)
■橋下市長は独裁者なのか?
ところで、都構想をめぐる論議の中でしばしば俎上に上るものとして、「橋下市長=独裁者」といったたぐいのネガティブキャンペーンがある。だが、こうしたわかりやすい図式に異を唱えるのが、自身は「反橋下、都構想反対派」だという大谷氏だ。
「彼の言うことを額面通りに受けとれば、新しくできる特別区には中核市と同等の権限を持たせることになるので、大阪都知事はグランドデザインを描くだけの、たいした権限を持たない統括的な存在になると思っていい。その時都は、具体的な施策を執行する区と区の調整を受けもつ機関、言わば警視庁に対する警察庁のような位置づけになるんだから、仮に彼が市長から知事に返り咲いても、独裁者にはなり得ませんよね」
なるほど、ここまでのお二方の話で、おおよその外郭はつかめたものの、やはり知りたいのは、我々の生活にどう影響してくるかということ。
まず、土居氏の見通しはこうだ。
「冒頭にも言ったように、都構想は中長期的に見て効果のある改革なので、区内の意見がダイレクトに反映できるといった即時的な部分を除いて、市民レベルで画期的に何かが変わるということは、ほとんどないでしょう。現在も『隣接している府と市の浄水場がムダだ』『ゴミ処理は区ごとに行ったほうが効率的だ』といったことが盛んに取り沙汰されていますが、これらにしたってすぐさま生活の中で実感できるかといったら、あやしいもんですからね。
とはいえ、市役所に対する大きな不信感を払拭するという意味での効果は絶大ですし、一元管理による運営の効率化によって人件費などは削減できる。それによって浮いたお金は、行政サービスにも還元されるようになるわけですから、2~3年でどうこうということはないにせよ、キチンと制度を構築すればやる意味はあるのかな、とは思います」
大谷氏も、都構想そのものには批判的でありながらも、「評価すべき点はある」としてこう語る。
「本来は革新的であるべき労働組合や市民団体が、当然のように補助金をもらってきたという構図が、大阪という街に暗い影を落としてきたのは事実ですから、そういった既得権益層に対して、徹底抗戦を唱える彼の論理は、ある意味正しい。
まぁ、大風呂敷を広げて、だんだん小さくしていくのが、いつもの彼のパターンですけどね」
当事者たる橋下市長ら、維新の会の面々ですら、目下、手探り状態のまま船出している感のある「大阪都構想」。土居氏が「市政の2年目後半から3年目が岐路になる」と語るように、いよいよ青写真が出来上がったその時に、議論に乗り遅れることがないよう、我々も今からその動向には注視していく必要がある。
なにしろ、大阪都の成功いかんによっては、横浜・名古屋といった大都市圏のみならず、地方自治の枠組みそのものが大きく変貌するかもしれないのだから。
【※1】他の都道府県では続々と新たな市町村が誕生した一方、合併協議が遅々として進展しなかった大阪では、隣接する堺市と合併した美原町の事例 があるのみ。
【※2】 都市の規模に応じて、都道府県の権限を一部委譲する制度で、政令指定都市、中核市、特例市にそれぞれ区分されている。人口35万人以上を擁する吹田市は、中核市の要件を満たしているが、現状では特例市のままである。
(文/鈴木 長月)
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