注目の女流ノンフィクション作家が描く、”食”を通したドキュメンタリー『食べる。』
#本
第1話「インジェラ」エチオピア、第2話「サンボル」スリランカ、第3話「水」スーダン――。本書の目次を開いてみると、あまりなじみのない国名と料理の名前が並んでいる。
これだけを見ると、ひょっとしたら一瞬、何かゲテモノ料理の体験本かと思われるかもしれない。けれど、この本はそういった類の本ではない。
『食べる。』(集英社)は、著書である中村安希氏がじっくりと現地の人と向き合い、”食べる”ということを通じて現地の人たちと過ごした日常の一片を伝える、全15編のドキュメンタリーだ。
中村氏は26歳からの2年間、ユーラシア・アフリカ大陸の47カ国をめぐる旅に出た。その体験をもとに書いた『インパラの朝』(集英社)では、第7回開高健ノンフィクション大賞を受賞。本書は、同賞受賞後の第1作として、集英社の読書情報誌「青春と読書」(2010年6月~2011年8月号)に連載されたものを再構成してまとめたもの。
「私は、自宅のテレビから得られる膨大な知識よりも、旅で得られるわずかな手触りにこそ真実があると考えています」
本文にそう書かれている通り、そこで暮らす人々や旅行者と食卓を囲み、じっくりと料理を味わう様子や料理風景、そして出会った人との会話などがごく丁寧に描かれている。
例えば、スリランカの民家でおばあちゃんが教えてくれた「緑のサンバル」。
「庭で摘んだばかりの、あの名前の分からないつるについた緑色の葉っぱを細かく刻み、器に入れて調味料を足した。その所作はいつも一定で、迷いも焦りもなかった。(中略)
さっぱりとしたライムの香り、サクサクした食感、青唐辛子のまっすぐな刺激、その絶妙なバランスが爽やかで、食べているといつも清々しい気持ちになった」(本文より)
ネパールでは、一年を通じて最大の行事「ダサイン祭」に参加。ヤギの頭部と胴体を真っ二つに切り落とす”首切りの儀式”で解体されたヤギのレバ刺し(のようなもの)、臓物の混合カレー、そして皮膚のスパイス炒めが振る舞われた。
「私は噛みつく角度を何度も変え、柔らかそうな皮を選び、前歯や奥歯を使い分けて再挑戦した。無駄だった。一家のおばあちゃんが不思議そうな顔でこちらを見ながら、皮をガリリと噛み切った」(本文より)
そのほか、滞在中は好きになれなかった、通称”ゲロ雑巾”と呼ばれるクレープのようなエチオピアの主食「インジェラ」が無性に食べたくなって再びエチオピアを訪れるエピソードや、ルーマニア人の若い女の子が作ってくれた日本のtamagoyakiのエピソードなどが綴られている。
旅をしていれば必ず食事をする。たとえ一人旅をしていても、その横には不思議と誰かが側にいたりするものだ。
ここに書かれている内容に、衝撃的な話や悲惨な体験、お腹を抱えて笑うようなエピソードがあるわけではない。ただ、一緒に食事をした人たちがどんな人であったか、どんな考え方をしていたのかが、自分の耳で聞いたかのようにしっかりと記憶に残る。
この本を読み終えたとき、私はすっかり中村氏の横で現地の人と食卓を囲み、ごはんを食べ、お酒を飲み、一緒に過ごしたかのような錯覚に陥っていた。そして、ふと思う。彼らは、今頃どうしているのだろうかと。
(文=上浦未来)
●なかむら・あき
ノンフィクション作家。1979年京都府生まれ、三重県育ち。2003年カルフォルニア大学アーバイン校、舞台芸術学部卒業。日本とアメリカで3年間の社会人生活をおくる。著書に、『インパラの朝』(集英社)、『Beフラット』(亜紀書房)がある。
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