あの頃、俺たちはこんな本でモテようとしていた『東京生活Qどうする?』
#昼間たかしの「100人にしかわからない本千冊」
忘れ去られた文化の断章を記録していくシリーズ【100人にしかわからない本千冊】。今回は、痛い青春を思い出して恥ずかしくなる本を紹介してみる。
季節は冬。センター試験も近づき、世の中は受験シーズン真っ盛り。地方では、今でもバラ色の東京生活を夢見て、短い青春を受験勉強で散らす若者たちがいるのだろうか……。見事に合格を勝ち取って、キャンパスライフを夢見ながら上京した人には、この『東京生活Qどうする?』を、思わず買ってしまった人もいるんじゃないだろうか。発行日は1995年12月、出版社はマガジンハウス。言わずと知れた、オシャレ出版社の代表格である。
この本、表紙からして役に立ちそうである。なにしろ、表紙に輝くキャッチが都会に慣れない若者のハートをグィグィと突き刺す
「東京人に近道したい!」
「何食べる?
どこで買う?
お金がない!
恥かきたくない!
女のコにもてたい!
イザという時にアワテない
安いとこに住みたい
──でも努力したくない」
たった1,200円払うだけで、東京人に近道できるなんて! こんな本が書店に平積みされていたら、もう買うしかないよね。千円札1枚と百円玉2枚の投資で女のコにモテるんだったら(筆者が、この本を持っている理由は推して知るべし)。
表紙を開くと見開きのSONYの広告が、早くも時代を感じさせる。「音楽スタジオの音質をポケットサイズに」をウリにするDATウォークマン。CDサイズに近づいたことをウリにするCDウォークマン。ミニコンポのウリは「ジャストCDジャケットサイズ」という具合だ。
そんな本書は「なるべく多くの東京新生活者のアンケートを中心に今、何が知りたいのか、何に困っているのか、みんなの本音を聞いて作った」というもの。「食べる」「お店」「マナー」などテーマ別に「フレンチの基礎知識」とか「おしゃれな人は、ブランド選びの重要性を知っている」と、早い話が「ここで買って、ここで食べろ」と手取り足取り教えてくれる本なのだ。ファッションの項目では「上品キャリアタイプは、”L.L.Bean”とか”ポール・スミス”で服を買う」とか書いてあったりして、思わず「もう、そんなヤツいねえよ」と突っ込みたくなる。そう、当時はまだ誰もユニクロが定番になるなんて、思っていなかったのだ。
とまあ、マガジンハウスらしい説得力のある解説が続くが、「大学生」がテーマのページあたりから、次第に怪しくなってくる。ここでは「カラオケでは相手にダサい、暗いと思われるのは致命的なので、どんなに歌いたくてもアニソン(アニメソング=アニメの主題歌)を2曲以上続けて(1曲ならシャレでごまかせるが、それでも結構勇気がいる)」とか「クラスの友人やサークルの仲間など、まわりの多くの友人に恋人がいない環境で生活していると、悪循環でますます恋人はできにくくなります」とか。
余計なお世話だと思って読み進めていたら、巻末に「(このページは)マンガ『東京大学物語』で「大学をおもしろくする会」を結成する学生としてマンガに登場している岩田夏弥クンが執筆・編集した」と記載されている。この会は『東京大学物語』でも登場していたように『大学をおもしろくする雑誌』なるミニコミ誌を発行していた。当時からリアルワールドでも「おもしろくする雑誌なのにおもしろくないんだよ……」と、散々な評判だった記憶がある(執筆者の岩田夏弥も今ではTBS記者として活躍中で、たまにニュース解説に出演している)。たしか3号くらいまで発行されたと記憶しているが、ネットにも情報はほとんどないし、こちらも100人にしかわからない本のひとつといえる。
■なぜかネタ満載の「セックス」マニュアル
そして、待ってましたと始まるテーマは「女のコにもてたい」と「セックス」だ。年に一度はセックス特集を組む『an・an』の発行元だけあって、このテーマの充実度は激アツ、いや、ぶっ飛んでる。
「もてたい」テーマのページでは、オリジナル性の高いデートプランを解説しているのだけれど、まず目を引くのは「ラッシュ体験」デート。一番のピーク時には乗っているだけで360キロカロリーを消費するから「ラッシュ体験はエクササイズに最適!」と本気で解説。さらに座禅会に出かけて「お前、お坊さんに7回たたかれていただろ。俺なんか3回だぞ」と競争しろとか、無茶なデートプランが。当時、もしこのデートに女のコを誘ってOKを貰った人がいたなら、教えてほしいよ。
「セックス」の項に入ると、ページに注入された情熱(たぶん、担当編集とライターの)は、さらにエキサイト。この項目は、ヤリチンの”本能寺”、童貞は喪失しているが未だ2戦目のリングに立てない”フツ山”、永遠の練習生”ジミ田”の3人の主人公によるストーリー仕立てで、デートからホテルへ連れ込むまで、ベッドでのテクニックといった知識を紹介していく。
おまけに、どういう意図なのかアキバ系設定のジミ田のストーリーだけがやたらと充実しているのだ。パソコン通信で知り合った女のコと初デートにこぎつけたジミ田は、自分がいかに「顔」なのか自慢するために秋葉原駅で待ち合わせ。ところが店に入れば馴染みの店員が「入りましたヨ」とH系CD-ROMを出してきて大慌て。ちょっと休もうと彼女が言い出せば「自販機ばかりが置いてある変な休憩所」で「ここでパンとジュースを食べるのが秋葉原の通なんだ」と。唖然とする読者を置いてけぼりにして、物語はさらに進む。
彼女を誘った「ディスコパーティー」は「コスプレ・パーティー」。「コスプレマニアの彼は、この日のために用意した”キング・オブ・ファイターズ95″の格闘キャラ、”八神庵”のコスチュームで臨む。貧弱なジミ田の体に、八神のコスプレは、見事にミスマッチ!」……いったい、このストーリーを通じて、読者になにを伝えたかったのか?
しかも、このストーリー。最後は未来のセックスがどう変化するかを予測しているのだが、マニュアル本のハズがなぜかSF展開に。
ここでは「未来のセックスシンボルは、機械仕掛けの女神さま」になりバーチャルセックスが当たり前になると予想するのだ。おまけに、前のページまで散々な書かれ方をしてきたジミ田は「パソ通で女のコと知り合うのが常識」になった21世紀には「セックスチャンプ」の異名を取り「彼が開発したフリーウェアのバーチャルセックスソフトも大人気」となるのだとか。……もしかして、これ予言書?
1995年といえば、Windows95は発売されたけど、まだ世帯当たりのパソコン所有率は22.1%、携帯電話の契約台数は1,020万4,023台。どちらも、現在の10分の1余り。インターネットは、新聞などでは「世界最大のパソコン通信ネットワーク」として紹介され「マルチメディア時代」という意味不明な言葉が流行っていた頃。まだ、誰もが情報を得るツールは雑誌や本だった。だから、当時の読者は、ここに書かれていることを信じていたんだよ、きっと。
あえて総括するならば本書は、『an・an』や『Hanako』といった、オシャレで煌びやかな雑誌を出す一方で『週刊平凡』『平凡パンチ』といった雑誌も出していたマガジンハウスの、現在では完全に失われてしまった下世話な部分が最後に輝いた一冊といえるのではなかろうか。オシャレなものよりも、下世話なもの。今では、そちらのほうが魅力的に感じる。
(文=昼間 たかし)
1995年が17年前だという衝撃。
【 昼間たかしの「100人にしかわからない本千冊」バックナンバー】
【第1回】超豪華”B級”文化人がロリコンで釣ってやりたい放題『ヘイ!バディー』終刊号
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事