70年前と変わらない日本人の精神構造『聯合艦隊司令長官 山本五十六』
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日本はなんで国力が10倍以上ある米国に無謀にも戦争を挑んじゃったのか? 『聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実』は、真珠湾奇襲攻撃を計画し、日米開戦の口火を切った連合艦隊司令長官・山本五十六の視点を中心に、太平洋戦争の発端から敗戦までを2時間20分の尺にまるっと収めたものだ。「文藝春秋」の記者時代に大座談会『日本のいちばん長い夏』を企画したことで知られる作家・半藤一利氏を監修に迎え、エネルギー資源を海外に頼る日本がエネルギー資源の輸出国である米国と戦争を始めることになった経緯と、その顛末を分かりやすくまとめている。戦争シーンは主にCGで描かれ、流血場面は極力少ない。バイオレンス描写を売りにした戦争映画が多い中、本作は戦争映画というよりは、70年前から今も変わらない日本人の精神構造について言及した問題提起作となっている。『八日目の蝉』が好評を博した戦後生まれ(1961年)の成島出監督が撮り上げた。
日中戦争が膠着状態に陥っていた1939年から物語は始まる。庶民は不況にあえぎ、内閣はことごとく短命で交替していく。日本中を先行きの見えない閉塞感が覆っている。派手な戦争をまた始めれば、景気は回復するのではないか? ドイツ、イタリアと軍事同盟を組んで、英米の圧力を押し返せ! そんな世論が広まっていた。ドイツと手を組めば米国との開戦は必至。国際情勢に詳しい山本五十六(役所広司)をはじめとする海軍が猛反対し、一度は三国同盟はお流れとなる。だが、アドルフ・ヒトラー率いるナチスドイツの欧州での快進撃の前に、「勝ち馬に乗りそびれるな」と結局は三国同盟を締結。山本五十六が予見したように、日米関係は一気に開戦へと向かう。1941年12月、国力に勝る米国との戦争は短期決戦による早期講和しかないと連合艦隊を指揮する山本五十六は真珠湾奇襲に成功するも、この戦果に大喜びした軍の上層部は戦域を拡大。米国との講和の機会を狙っていた五十六の思惑は、日本中の大熱狂に掻き消されてしまう。
五十六(いそろく)。名前の由来は父親が56歳
のときに生まれたことから。
本作で描かれているのは、山本五十六の武勇伝ではなく、日本人のおめでたい気質だ。ヒトラーの著書『わが闘争』の抄訳版には日本のことを見下した記述が省かれていることを知らずに、若い軍人たちは感激している。真珠湾攻撃は米軍の空母を叩くという目的が果たせなかったのに、「米軍は恐れるに足らず」とお祭り状態。自分たちの都合の悪いことには目をそむけ、都合のいい部分だけを見て大喜びする。現状を冷静に分析し、対策を練らなければいけないはずの軍の上層部や政治家たちも”都合のいい報告”に一緒に浮かれる。マスコミは都合のいい報告をさらに腕の見せ所とばかりに美化して広め、伝言ゲームのごとく現実とはまるで異なるニュースが流れる。庶民たちも嘘だらけのニュースを信じ込むことで安心する。みんなそろって、ぬか喜び。島国だけで自給自足していた時代ならいざしらず、血にまみれた歴史を踏み越えてきた諸外国にとっては格好のカモ。なんともおめでたい国・ニッポン。まさに、バンザ~イ、バンザ~イだ。
うと期待された山口多聞(阿部寛)ほか多く
の部下と主力艦隊を失う。
ミッドウェー海戦での大敗後、日本軍大本営は損害を矮小化して発表し、”撤退”という表現を使わずに”転進”と言い換える。新聞社の若手記者・真藤(玉木宏)は「それは転進ではなく撤退なのでは?」と大本営発表に疑問を挟むと、先輩記者の宗像(香川照之)が「国威発揚こそが我々の役割じゃないか」とたしなめる。真藤は反論できない。これとよく似たことを最近の日本人は経験している。福島第一原発事故で政府と東電側はかたくなに”メルトダウン”という言葉を使おうとせず、多くのマスコミはその大本営発表に同調した。太平洋戦争時と今の日本人の精神構造と行動パターンは変わっていない。また、「絶対に沈まない」と称された日本海軍のシンボル・戦艦大和は肝心の燃料がないという設計者が思いもしなかった想定外の理由から活躍の機会を失う。最後は片道分の燃料だけ積んでオトリ作戦に使われ、世界に誇る巨大戦艦は撃沈した。科学の粋を集め、「絶対に安全」と謳われた原発も、想定外の震災で大惨事を招いている。”絶対”という言葉ほど、もろくて危険なものはない。
照之)と真藤(玉木宏)。宗像は五十六を
「あなたは世論がまったく分かってない」
と責める。
本作では山本五十六を完全無欠な英雄に祭り上げることは避けている。日米開戦に反対し、戦争の主力が軍艦ではなく戦闘機になることを先見していた五十六だが、真珠湾攻撃とミッドウェー海戦で戦略の真意を連合艦隊中に徹底させることができず、そのことが致命傷を招く。また軍の中枢と距離を置いたことから、どんどん溝が生じて、五十六の真意がさらに伝わらなくなる。そして問題点が改善されないまま、次の局面へと押し流されてしまう。山本五十六もまた、どうしようもなく日本人的な人間として描かれている。
全編を通して印象に残ったのが、画面の狭苦しさだ。本来なら戦争映画は大スペクタクルシーンが見どころになるはずだが、主なシーンは五十六と参謀たちが詰める旗艦内の長官室、新聞社の編集室、記者の真藤が行き着ける小さな小料理屋、そして五十六と家族が暮らす質素な自宅。ほとんど室内でドラマが進む。密室の中で重要事項が決定されていく。予算的な都合だけでなく、演出的な意図もあるようだ。強いて開放感の感じられるシーンを挙げるとすれば、南洋の島で最後の夜を過ごす五十六がウイスキーを片手に気心の知れた部下たちと一緒に故郷の長岡甚句を歌う場面くらいだろう。いや、開放感があるシーンがもうひとつある。軍隊に徴兵された記者の真藤は、日本の敗戦にともない職場のあった東京に戻ってくる。都合のいいニュースが飛び交っていたあの東京は、焼け野原となっており、まったく何もなくなっていた。まるでキャンバスのように真っ白だ。あまりの何もなさに、真藤は唖然とするのと同時に、小さな希望も感じたのではないだろうか。
(文=長野辰次)
『聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実』
監修/半藤一利 脚本/長谷川康夫、飯田健三郎 特撮監督/佛田洋 監督/成島出 出演/役所広司、玉木宏、柄本明、柳葉敏郎、阿部寛、吉田栄作、椎名桔平、益岡徹、袴田吉彦、五十嵐隼人、坂東三津五郎、原田美枝子、瀬戸朝香、田中麗奈、中原丈雄、中村育二、伊武雅刀、宮本信子、香川照之 配給/東映 12月23日(金)より全国ロードショー <http://isoroku.jp>
提督の真骨頂。
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