隠ぺいの”家元”三菱自動車がアスベスト被害者遺族に口止め料か
#企業
「弊社の労働環境が原因で死亡されたことは認めますが、(労災補償とは別に)企業として補償することはできません。しかし、解決金をお支払いしますので、本件はここだけの話としていただけますでしょうか?」
今年10月、三菱自動車工業(以下、三菱自動車)本社の会議室で、同社人事部の社員からこう口封じを依頼されたA氏は、「リコール隠しで一時は倒産寸前まで追い込まれた隠ぺい体質が、まったく変わっていない」とあきれたという。
事の発端は2010年4月にさかのぼる。A氏の父親は、岡山県の自宅で咳き込み血を吐いたため、県内の病院に入院。当初は「肺炎か結核では」とみられたが、検査をしても原因が不明であったため、某医科大学付属病院に転院し精密検査を受診した。その結果、肺の「中皮腫」の疑いが高いことが判明した。
中皮腫とは、主に大量に吸引したアスベストなどが原因で肺の中皮が腫瘍化する病気で、アスベストを被曝してから発病までの潜伏期間は30~40年。そのため、発病時にはすでに広範囲に病巣が広がり、発病2年後の生存率がわずか20%という、根治が困難な病気である。
一時、社会問題化したアスベストであるが、正式名称は「石綿」と呼ばれる鉱石で、安価かつ耐久性に優れるため、「奇跡の鉱物」と重宝され、建築資材から自動車、家庭用品まで幅広く使用されてきた。特に、高度成長期を迎えた1960~70年代の日本で、急速な工業化とビルやマンションの建設ラッシュに伴い大量のアスベストが使用された。しかし、70年代中頃になると人体に甚大な悪影響があることが表面化し、75年には吹き付け材として使用することが原則禁止に。現在は、一部例外を除いて製造・使用が禁止されている。
高度成長期に被曝した人の潜伏期間が徐々に終わり始めた90年代以降、アスベストが原因と考えられる中皮腫や肺ガンによる死亡者数が急増、村山武彦氏(早稲田大教授)によると、中皮腫による国内の男性死者数は、「2030年頃には08年の5倍近い年間約4,500人になると推定される」(10年5月10日付け読売新聞)という。
A氏の父親は60年代に、三菱自動車の前身である三菱重工業・自動車部門(三菱自動車は、70年に同部門が独立し発足した)に入社し、以後、岡山県倉敷市の工場で金型成形作業などに長年従事していた。当時、同作業時に使用する養生シートにはアスベストが含まれていたとの情報を耳にしたA氏は、10年6月、倉敷労働基準監督署に父親の労災認定を申請。同年11月に父親は死亡したが、今年1月正式に「病気の原因は工場のアスベストである」と労災が認められた。
A氏はそれと並行して、労働基準監督署が認定する労災補償だけでなく、三菱自動車自らが公に非を認め、同社が被害者救済に乗り出すきっかけをつくるために、10年11月から同社に対し、被害者への企業補償を行うことを求めていた。しかし、今年1年にA氏が問い合わせるまでまったく音沙汰はなく、同月、ようやく同社から来た回答は、「弊社の役員に確認したところ、企業側には一切補償すべき責任はない」というものだった。
この回答は、法的に正当なのか?
「労働基準法上、業務を原因とする社員が受けた災害の補償は、労災認定による保険金の給付により、企業側は補償責任を免れることができます。しかし、アスベスト関連の災害のように、被害者が広範囲に及び、社会問題化し得るケースや、企業側に安全配慮義務違反の疑いがあるケースは、『労災』補償とは別に『企業』補償として、企業が被害者やその遺族に対し、補償金や弔慰金を支払うことがよくあります。例えばアスベスト災害では、JRや三菱重工業などが、元社員やその遺族に対する補償制度を整備し、対応を行っています」(労働問題に詳しい弁護士)
ちなみに、A氏の父親が務めていた前出の倉敷市の工場は、70年に三菱自動車として独立する前は三菱重工業・自動車部門の工場であった。そこでA氏は2月、三菱重工業に対して企業補償を求めたところ、同社内に補償制度が整備されていたこともあり、翌月にはあっさりと補償が認定。再度、三菱自動車へ交渉を申し入れた。
◆三菱自動車をきっかけに自動車業界とアスベストの関係があらわに!?
それに対する同社の対応が、冒頭のシーンである。A氏は語る。
「父は、治癒の可能性が極めて低いことを知りつつ、中皮腫特有の呼吸困難に最後まで苦しみながら、発病からわずか半年で死んでいきました。私の願いは、同社が自らの過ちを認め、同じような犠牲者がいれば、一刻も早く補償などの手を打つとともに、将来発病する可能性のある人に、早期検査を喚起するなどの対策を打ってほしいということです。にもかかわらず、まるで『口止め料を払うから黙っていてくれ』と言わんばかりの同社の対応には、正直怒りを覚えます。まずは同社がこの問題を公にし、広範にわたって適切に対応してもらうためには、どのような手段がより有効なのか、現在いろいろと検討しています」
前出の弁護士も、「同社の対応は、責任や原因をあいまいにしたまま遺族に金銭を支払うことで、内密にことを済ませようとしているように見受けられます。多数存在すると予想される、いまだ病気が潜伏期間中の被害者に対し、早期検査を呼びかけ、発病の抑制を図るべきではないでしょうか」と指摘する。【編註:本件の事実確認や今後の対応方針について三菱自動車広報部に取材を申し入れたところ、書面にて「弊社として、現時点でお答えできることはございません」との回答を受けた】
同社は00年、04年と立て続けに大規模なリコール隠しが発覚。以前より業績不振の同社を、財政的に支援していたダイムラー・クライスラーが支援を打ち切ったり、運輸省(現国交省)が道路運送車両法違反(虚偽報告)の罪で同社を刑事告発したりするなどし、一時は倒産の危機にまで陥ったことは、読者の記憶にも新しいところだろう。
それから約10年。前述の対応がもし本当であるならば、同社の隠ぺい体質はまったく変わっていないと言わざるを得ないであろう。
一方、自動車業界全体に目を転じると、アスベスト問題はあまり認知されていないのが現状だ。とはいえ、昨年10月、本田技研工業(以下、ホンダ自動車)子会社元社員が、「中皮腫を患ったのは勤務先工場で使用されていたアスベストが原因」として、ホンダ自動車に対し損害賠償を求め起こした裁判で、原告である元社員が勝訴。東京地裁は、「アスベストを使用した部品に、空気を吹き付けるといった、同工場内で行われていた清掃方法による粉じん飛散などが原因」として、ホンダ自動車に約5,000万円の賠償金支払いを命じた。
また、昨年2月、厚労省は「製品重量の0.1%を超える量のアスベストを含む製品を製造してはならない」という規制を自動車各社が遵守していないとして、書面にて法令順守徹底の要請を行っている。「幹線道路上の大気のアスベスト含有率の高さなどから考えても、規制以上のアスベストを含有したブレーキ周辺部品を使用した自動車が、ブレーキ摩擦によりアスベスト粉塵を大気中に拡散させながら、現在でも大量に走行している可能性がある」(民間リサーチ会社関係者)との声もある。
隠ぺいの”家元”三菱自動車の振る舞いが、こうした自動車業界とアスベストのただならぬ関係を、世間の目にさらすひとつの契機になるかもしれない。
(文=編集部)
じわじわきてる……。
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