リアルより魅力的かもしれない虚構はリアルが旬のうちに味わうべし『AKB49~恋愛禁止条例~』
#本 #マンガ #コミック #AKB48 #コミック怪読流 #永山薫
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第6回は『AKB49~恋愛禁止条例~』です!
AKB48がアニメになる!? 何ソレ? 今時「ピンクレディー物語 栄光の天使たち」デスカ! と思わずプチ切れたナガヤマです。
というのは冗談として、アニメ化するなら週マガで連載中の『AKB49~恋愛禁止条例~』(漫画:宮島礼吏、原作:元麻布ファクトリー・講談社)でしょう! と思ったのは俺だけではない(Twitterでつぶやいたら2~3人の賛同者がいた)。『AKB49~恋愛禁止条例~』ならば、選抜9人(アニメ48はメンバーからオーディションで声優を選ぶらしい)なんてケチなことは言わない。中心メンバーが次々とそれぞれの個性を活かした美味しい役で出てくるからだ。秋元康は何故、俺に相談しにこない(当たり前か)。
正直な話、最初の頃は『AKB49』なんて鼻で笑っていた。おいおい今時タイアップかよ。前世紀の「週刊明星」かよ。ピンクレディー物語かよ(しつこい)。
芸能界ものってツマンネェのが相場。唯一の例外が『シャイニング娘。』(師走の翁、ヒット出版社)だ。あれは面白いし、抜けるし、ファンとアイドルの共感幻想、共犯関係まで踏み込んだ傑作だ。成年コミックなので、お子様たちは18歳になったら読むといい。きっと一皮剥けるぞ。
というノリだったのに、なんとなく読んでるうちに、だんだん、面白くなってきたのである。
最近の男性向けマンガ誌。特にヤング○○系の雑誌の表紙とグラビアに注目すれば、AKB48の露出度が異常に高いことに気づくだろう。
いや、こないだ見たのはNotYetとかいうグループだったぜというオトーサン、それもAKBのユニットですから。
単体で、ユニットで、NMB48みたいな地方バージョンとかYN7とかYJ7とか雑誌企画のユニットとかAKB48にあらずんばアイドルにあらずという世界。しかも、総選挙だの、ジャンケン大会だので、人気(露出度とプレゼン力に左右される)と運という芸能界の力関係を透明化してしまうという面白さも。
おかげさまで全く興味がなかったはずなのに、いつの間にかものすごく気になっているのだ。
洗脳力がタダゴトではない。
どのくらいタダゴトでないのかといえば、先日とあるコンテンツ系のシンポジウムに潜り込んだらパネラーの先生が何を語っても最後がAKB48の分析になってしまって頭を抱えていたが、プロのメディア研究者が「ミイラ取りがミイラになる」くらいタダゴトではないのである。
もちろん、いい歳ぶっこいたオッサンである俺様がこともあろうに『AKB49』を面白く読めるようになったも、洗脳の賜物であろう。
「特定の情報を集中的に与えられた脳は否応なしに、その情報のレセプターを発達させ、脳内辞書(データベース)を充実させていく」
というのが俺の持論だ。大昔、中森明菜をネタに記事(「自宅でできる芸能レポーター」みたいなネタ記事)を書こうとずーっと調べたり、歌番組を見てるうちにホントに好きになって困ったことから思いついた仮説である。
ただ、そうした洗脳分をさっ引いても良くできた面白い漫画であることは保証しよう。
どんな漫画が全然説明してなかったので、ざっくり説明する。
同級生の女の子がAKBに憧れてて、オーディションを受けるってんで、応援してやろうと女装してオーディションに混ざっちゃったら自分も合格しちゃって、男のなのにAKBの研究生! というお話。
実際にAKB48の研究生になるには、それなりの手続があるはずだし、いくら女顔だって無理のある設定だが、そこはまあドリームということだ。
さっさと逃げればいいのに、主人公・浦山実は片想いの吉永寛子を見守るため、研究生・浦川みのりとして、ムリヤリな二重生活に突入する。
コミカルな要素はあるがコメディではない。ラブコメではあるが、キモはそこにはない。
吉永寛子をサポートするという理由は、男の子をAKB48に入れるための作られた必然でしかない。そもそも同性の「みのり」は寛子の恋愛対象たりえない。2人の間に友情は育っても、最初から「恋愛」の門は閉ざされている。「実=みのり」も当初の目的は堅持しつつも、研究生である自分にハマッていく。AKB48のすごさに痺れ、他の研究生との仲間意識とライヴァル意識が芽生え、チームの一員として、いやそれどころか、先輩方から見れば新世代リーダーと目されるほどの存在になっていく。
秋元康の理不尽とも言える試練、即ち「期限までにチケット1万円の研究生講演を満員にできないと全員クビ」とか、最近だと、みのりたちのユニット「GEKOKU嬢」を1カ月間工事現場で働かせたりとかの無理難題や、公演中の事故、急病、寛子の親バレなどなどを乗り越えて、みのりと研究生たちは成長を遂げる。
これは作画担当の宮島礼吏も認めるようにスポ根ものである。
元々芸能界は体育会体質だからスポ根的文脈に違和感はない。厳しい監督・コーチ(秋元康)がいて、厳しいけど優しい先輩(AKB48の正規メンバーたち)がいて、試練と成長と団結がある。
しかも、虚構のAKB48の美化が巧妙に行われている。単純に「可愛くて、根性があって」ではなく、ネガティブな部分も折り込んで美談に換える。例えば秋元才加の過去のゴシップも、「いくら謝っても謝りきれない」と練習に打ち込む才加の描写で昇華される。
リアルのAKB48をベースにした虚構のAKB48、すなわち漫画のキャラとして自立したAKB48はリアルよりも魅力的だ。
元麻布ファクトリーの虚実のコントロールが効いた脚本は見事だし、さらにその背後でGOサインを出しているあろうリアル秋元康の黒幕感も流石だと思う。
では、主人公は女装少年ではなく、弱いくせに一本筋が通っていて実は根性がある古典的なヒロインである寛子でもいいではないか?
『ガラスの仮面』アイドル・バージョンでいいじゃないか?
なんでわざわざ女装なのか?
もちろん、アイドル志願の女の子がヒロインでも、飛ぶ鳥を落とす勢いのAKB48である。それなりにアンケートは稼げただろう。
だが、寛子では週刊少年マガジンの想定する男子読者にとっては自己投影の度合いが低くなる。
本当は男である「浦川みのり」というアイドル候補生を置くことによって自己投影はたやすくなる。しかも「みのり」は女性っぽくふるまおうとはしない。ガサツだし、言葉遣いも「浦山実」と大差ない。ノリもまさに部活の新人なのだ。
ここでは、例えば『プラナスガール』のような男の娘漫画的な感覚、つまり異性装のエロチックな愉しみ、女装者に自己投影する倒錯的な快楽はない。
キモはあくまでもAKB48を魅力的に演出することに尽きる。
みのりは「研究生=未来の正規メンバー」に読者が自己投影し、最終的にはリアルAKB48と自己同一化とまでは行かなくとも、きわめて近しい位置にいるという幻想を持たせるための回路なのである。
すでに忘れられているかもしれないが、第1巻のプロローグでは近未来にビートルズを超え、世界的スターとなったAKB48の姿が描かれている。
しかし、そこには浦川みのりの姿はない。「あなたは知っているだろうか、彗星の如く現れ、彼女たちを世界のスターダムへと押し上げた 伝説の49人目……”神に推された”メンバーがいたことを──」と書かれている。
身も蓋もなく言ってしまえば、世界進出しようにも浦川みのりは正体をバラさないかぎりパスポートを取れないからだが、そうでもなくても、この作品を成功させ、リアルAKB48の人気に寄与することができれば回路の役目は終わる。
どこかで浦川みのりは消失しなければならない。
それを考えるとちょっと切なくなる俺は、かなり洗脳の度合いが進んでいるのだろう。困ったことだが。
(文=永山薫)
●永山薫(ながやま・かおる)
1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した編著『マンガ論争勃発』シリーズ(マイクロマガジン)があり。現在は雑誌『マンガ論争』(n3o)共同編集人、漫画系ニュースサイト『Comics OH』(http://oh-news.net/comic/)編集長を務める。
オーディション受けてみようか。
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