“窮屈なモラル”を脱ぎ捨てた裸の女たち 園子温監督の犯罪エロス『恋の罪』
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公私ともに充実期を迎えている園子温監督。『愛のむきだし』(08)、『冷たい熱帯魚』(11)に続いて、『恋の罪』も官能サスペンスの傑作に仕上がっている。園監督との婚約が発表された神楽坂恵は『冷たい熱帯魚』を上回る裸の体当たり演技を披露。オーディションで選ばれた冨樫真、『踊る大捜査線』シリーズでおなじみの水野美紀も一糸まとわぬ姿でそれぞれ怪演、巧演ぶりを見せている。『冷たい熱帯魚』では実在の愛犬家殺人事件を題材にしていたが、今回は1997年に起きた「東電OL殺人事件」を下敷きにしたストーリーだ。渋谷のラブホテル街を舞台に、女たちの心の奥に秘められた欲望を園監督はむき出しにしていく。
被害者が一流企業に勤めるエリートOLだったことからセンセーショナルな話題となり、現在も再審請求中の「東電OL殺人事件」。映画製作サイドからの実録犯罪映画のオファーに対し、園監督は気乗りせず、そのまま放置していたと話す。前作『冷たい熱帯魚』は「女なんかクソだ。みんな死んでしまえ!」というサイアクな精神状態で撮り上げた園監督だが、その結果、日本映画では珍しくスコーンと突き抜けた犯罪サスペンスに仕上がり、ある種の手応えを感じたそうだ。「東電OL殺人事件」もそのまま実録ドラマにするのではなく、女たちの本質に迫ったものにならできるのではないか。『冷たい熱帯魚』が男性主体の作品なら、女性を主体にした作品にできるのではないかと考えたわけだ。「女なんかクソだ」という気持ちが、どん底に堕ち切ることで、やがて「女性への感謝の気持ち」に向かっていったと園監督は語っている。
(水野美紀)。殺された女性は他人とは
思えなかった。
舞台こそ「東電OL殺人事件」が起きた渋谷の円山町になっているが、ラボホテル街での売春を生き甲斐にしている高学歴の女性・美津子(冨樫真)が中心の実録風ドラマにはせず、美津子から”生きる喜び”を教えてもらう大人しい人妻・いずみ(神楽坂恵)が転落していく過程を見せる形でストーリーが進んでいく。実在の事件の真相に迫るものではなく、どうしようもなく心の渇きを抱える女性たちの深層心理を探るものだ。その美津子といずみが巻き込まれた殺人事件を追うのが女刑事・吉田和子(水野美紀)。迷路のように入り組んだラブホテル街で3人の女たちの物語がクロスする。
人気作家と結婚したいずみは、夫の帰りを自宅でじっと待ち続ける専業主婦。ただ夫の帰りを待ち続ける生活に退屈し、スーパーマーケットでパートを始める。「美味しいソーセージ、いかがですか?」とお客に愛想を振りまくが、なかなか振り向いてもらえない。砂漠に水をまくような徒労感を覚える。そんなとき、いずみに声を掛けてきたのがモデル事務所のスカウトだった。おだてられたいずみは、好奇心から撮影スタジオを訪ね、フラッシュを浴びる喜びに浸かる。最初は水着撮影だったのが、ヌード撮影、さらにはアダルトビデオの撮影……となし崩しで事が進んでいく。口では拒んでいるいずみだが、自分がまるで別人になっていくような快感の虜になる。モラルの鎖から解放されたいずみは、奔放に男遊びを楽しみ始めた。
「美津子といずみの関係は、園監督と私の関係
と重なる」と神楽坂は話す。
そんないずみがラブホテル街で出会ったのが、ケバケバしい化粧をした異形の女・美津子だった。美津子はいずみに対し「好きでもない男とのセックスはお金を取らなきゃダメだ!」とたしなめる。雷に打たれたようなショックを受けたいずみは、美津子を”心の師匠”と仰ぎ、行動を共にする。美津子に勧められるまま、わずかな金額で見知らぬ男たちに体を任せるいずみ。下品になればなるほど、身も心も軽くなっていくことをいずみは実感する。
モラルの鎖から解き放たれた女2人は行き着くところまで行き着き、やがてラブホテル街から忽然と姿を消してしまう。そして、近所のボロボロの廃アパートから、女性の首なし死体が発見される。被害者は誰なのか? 犯人は変質者なのか? 犯行の動機は何なのか? 捜査を担当する刑事の和子は渋谷界隈で裏風俗に関わる人々、消息を断ったOLや人妻の足跡を追うが、対象者があまりにも多過ぎて途方に暮れる。事件を追う和子には、妖しいネオンに彩られたラブホテル街がゴールのない迷宮のように映る。
昼と夜では別人の顔を持つ美津子役の冨樫真、おっとりした人妻からクライマックスに向かって表情が大きく変わっていくいずみ役の神楽坂恵、愛憎渦巻く女2人のバチバチ演技がカタストロフィーを呼ぶ。世間の目、社会のルールという枠組みから飛び出した2人は、堕ちていけば堕ちていくほど、生の輝きを放つ。『冷たい熱帯魚』の陽気な殺人鬼・村田(でんでん)が快楽を追求する姿が生き生きとしていたのと重なって映る。家庭というフォーマットや社会常識に疑問を投げ掛けてきた園監督らしい”肉欲のパラダイス”がスクリーンに広がる。
みせた神楽坂。クライマックスでは別人のような
表情に変化している。
過激に突っ走れば突っ走るほど印象に残る神楽坂と冨樫に対し、事件を客観的に調べる刑事役の水野は割りを食うかっこうとなっているが、作品のバランスを保つためにグッと抑えた水野の大人の演技にも座布団を送りたい。殺人課の刑事である和子は、どうしようもなく不倫にハマっている。自宅に帰る前にラブホテルに寄って、どうでもいい男と性交するのが彼女にとっての”清めの儀式”なのだ。彼女は毎日のように人間の裏側を見つめ、殺人事件の真相を追っている自分の肉体を、別の形で汚すことで正気を保っている。犯罪まみれでドロドロの体のまま、小学生の娘や優しい夫が待つ家庭に戻るわけにはいかない。夫以外の男を相手に小出しに狂うことで、彼女はカタストロフィーを招くことを回避している。ギリギリのところでインモラルな世界へ堕ちていくことを防いでいる和子は、フツーの人々の代表でもある。そのことを理解して、水野は振り切った演技になる一歩手前でググッと我慢してみせている。
正直なところ、『冷たい熱帯魚』のようなギンギンの官能さを求めて劇場に足を運んだ男性は、「あれ?」という違和感を感じるかもしれない。ヒロイン3人はバンバン脱ぎまくっているのだが、男が思い描くようなエログロさとは微妙に異なる仕上がりとなっているからだ。園監督は「女性賛歌の映画」と語っており、成瀬巳喜男監督の『浮雲』(55)、『女が階段を上がる時』(60)、『女の中にいる他人』(66)といった女性映画を、現代的に、園監督流にしたものといってもいいだろう。園監督が常識や限界という言葉に縛られずに自在に映画を撮り上げているように、園監督作のヒロインたちも”窮屈なモラル”を脱ぎ捨て、生身の女の輝きを発している。
(文=長野辰次)
『恋の罪』
監督・脚本/園子温 出演/水野美紀、冨樫真、神楽坂恵、児嶋一哉(アンジャッシュ)、二階堂智、小林竜樹、五辻真吾、深水元基、内田慈、町田マリー、岩松了、大方斐紗子、津田寛治 配給/日活 11月12日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー R18 <http://www.koi-tumi.com>
ゾクゾクくる怖さ。
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