戦後日本のソウルフード・ラーメンから現代史を読み解く『ラーメンと愛国』
#本
やれ家系だ、つけ麺だ、魚介豚骨だといっていた時代もひと昔。「○○ラーメン戦争」「△△ラーメン博」など、各地・各メディアでイベントや特集が組まれ、各店舗は新しいラーメンの創作にしのぎを削っている。1980年代からのラーメンブームはとどまるところを知らず、近年ますます過熱する一方だ。”RAMEN”は世界共通語となり、即席めんの世界総需要は915億食(2009年、日本即席食品工業協会調べ)と、日本食を代表する輸出製品とまでなった。ラーメンは、ノスタルジーを誘う戦後日本のソウルフードであり、世界に誇るナショナル・アイデンティティーであるのだ。
そんなラーメンのソクセキをたどったのが、『ラーメンと愛国』(講談社)。メディア論・都市論などが専門のライター・速水健朗氏が、”日本食”ラーメンの成り立ちと、ラーメンがどのようにして食文化の中核となってきたか、その政治的・文化的背景を描いた一風変わった新書だ。
どこのラーメンがおいしいといったことには一切触れておらず、「アメリカの占領政策としての小麦販促」「日清創業者と工業製品としてのインスタントラーメン」「ラーメンと郷愁」「ご当地ラーメン成立の背景」「なぜラーメン職人は作務衣を着るのか」など、ラーメンを中心とした同心円上の日本文化を多角的に考察している。話題は、マスからコアへ、田中角栄から泉ピン子へと全方位的に振れ、”ラーメン全部乗せ”のような具だくさんの1冊だ。
愛国とは仰々しい単語だが、ラーメンとどういう関係があるのか。一例を挙げると、そのナショナリズムが顕著に見られるのが「作務衣化」である。ラーメン屋のイメージカラーは赤白から紺や黒へ、白い調理服は作務衣へと、かつては中国風の意匠であったものが和風となった。店名も「麺屋○○」のように、今では「ラーメン」とカタカナの看板を下げている方が少ない。店内には「俺たちは今、まさに旅の途中だ」「ラーメンは俺の生き様」などと店主直筆のラーメンポエムが掲げられ、自らの”ラーメン道”を主張するようになった。たかだか100年の歴史しかないものが、国民食となり、ラーメン道となり、中国風の意匠をはぎ取って日本の伝統らしきフェイクで塗り替えられていった時期は、ちょうど日本が中国にアジア1の経済大国の座を奪われた時期と重なる。表層的な模像としての日本回帰、これが本来、職人とは一切関係のない作務衣を着用することに現れている、と速水氏は考察している。
ラーメンと愛国の関係について、本項ではほんの一部分に触れただけである。ぜひ手に取って、ラーメン丼の底をのぞいてみてほしい。ラーメン1杯からこれだけの話が出てくるのかと驚嘆する1冊だ。
(文=平野遼)
・はやみず・けんろう
ライター、編集者。コンピュータ誌の編集を経て現在フリーランスとして活動中。専門分野は、メディア論、都市論、ショッピングモール研究(『思想地図β vol.1』ショッピングモール特集の監修)、団地研究(『団地団 ベランダから眺める映画論』大山顕、佐藤大との共著を準備中)など。TBSラジオ『文科系トークラジオLife』にレギュラー出演中。主な著書に『タイアップの歌謡史』(新書y)、『自分探しが止まらない』(ソフトバンク新書)、『ケータイ小説的。――”再ヤンキー化”時代の少女たち』(原書房)など。
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