14億円なんて惜しくない? カバラに心酔したマドンナが広告塔として大活躍
2011/10/17 13:00
マドンナは布教活動してんじゃなくて、ただ好きなものを
オススメしているだけなんです
オススメしているだけなんです
米国ミシガン州の田舎町ベイシティに生まれ育ったマドンナ。幼い頃からしっかり者で、地元の高校を優秀な成績で卒業した後、奨学金を受けてミシガン大学に進学。そこで出会ったバレエ教師に勧められダンサーになる決意をし、1977年、モダン・ダンサーとして新境地を開拓するため単身ニューヨークに移り住んだ。
ダンキンドーナツでバイトをしながら、積極的にダンサーとして自分を売り込んでいったマドンナ。79年にはフランス人ディスコ・アーティスト、パトリック・エルナンデスのワールドツアーにバックダンサーとして出演するビッグチャンスを手に入れたが、生活は苦しく、成人向け映画やヌード写真のモデルなどをしてお金を稼いでいたそう。行き詰まりを感じ始めた時、出会ったボーイフレンドと「ブレックファースト・クラブ」というバンドを結成し、音楽活動を開始。次の交際相手と結成した「エミー」というバンドの曲がDJに注目され、サイアー・レコードと契約し、マドンナは歌手として歩み出したのだった。
最終更新:2011/10/17 13:00
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
9:20更新
イチオシ記事
山岳民族に残る「嫁さらい」の実情を追う 『霧の中の子どもたち』と日本の非婚化