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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.140

“クソみたいな社会を変えたい!”高校生テロリストの凄春『アジアの純真』

ajiajyunshin.jpgマスタードガスを手に入れた少女(韓英恵)と少年(笠井しげ)は、
世界を敵に回した戦争を始める。
(C)2009 PURE ASIAN PROJECT

 見て見ぬふりをする、全ての人間へ宣戦布告する。常識や一般論を振りかざして、今の社会を生み出した大人たちへ宣戦布告する。そしてバッシングを恐れ、世間におもねろうとする自分自身へ宣戦布告する。片嶋一貴監督の『アジアの純真』は第二次世界大戦中に旧日本軍が製造したマスタードガスを手に入れ、世界を相手に戦いを挑む高校生テロリストたちの物語だ。彼らテロリストたちの合い言葉は「世界を変えたい」。クソみたいな社会を変えようと、彼らは毒ガス入りのガラス瓶をカバンに詰め込み、行動を起こす。フィクションの物語だが、テロリストたちの標的があまりにも不謹慎なことから物議を醸している。ロッテルダム映画祭で賛否を呼び、国内の映画祭からは出品を断られ、都内の映画館からも公開を見送られ、完成から2年間”お蔵入り”していた問題作であり、公開前からネット上で”反日映画”として叩かれている。本作が置かれている現状は、そのまま劇中の主人公たちが閉塞感にもがき苦しむ心情とぴたりと重なり合う。


 主人公は、それまでずっと殻に閉じこもるようにして生きてきた3人の若者たちだ。時代は2002年。北朝鮮バッシングのさなか、在日朝鮮人の少女(韓英恵)は、チマチョゴリを着ていた姉をチンピラに刺し殺されてしまった。その場に居合わせながら、足がすくんでしまった少年(笠井しげ)は贖罪の意識から少女と行動を共にするようになる。そしてもう1人は、母親の過剰な愛情にうんざりしている引きこもりのマコト(黒田耕平)。兵器工場跡地から発掘されたガラス瓶入りのマスタードガスを手に入れたマコトは、ニュースを見て後からやって来た少年少女に「同じことを考えている仲間がいたんだ。うれしいよ」と自分が見つけた毒ガス入り瓶のうち6本を譲り渡す。「世界を変えよう」を別れの言葉に、少年少女はある集会場へ、マコトは渋谷のスクランブル交差点へと向かう。

ajiajyunshin01.jpgテロを決行した後、自転車に乗って逃走する
少年と少女。お互いの名前を明かさないまま、
2人は旅を続ける。

 マスタードガスは第一次世界大戦でドイツ軍が初めて実戦投入した化学兵器。近年ではフセイン政権時代のイラクで自国のクルド人虐殺に使用されている。本作では日中戦争用に製造されたマスタードガスが終戦後も処分されずに、地下に埋まっていたという設定だ(実際に戦後、日本や中国でマスタードガスが見つかって死傷者が出る事故が度々起きている)。毒ガスが詰まったガラス瓶を手にした少女と少年が向かう先は、なんと北朝鮮拉致被害者家族の会。少女の姉を殺したのは街のチンピラたちであって、明らかに標的を誤っている。しかも、2人は普段着のまま、コンビニで市販されているマスクで顔を覆っただけで、テロを決行する。阿鼻叫喚と化す集会場。ずっと他人と触れ合うことを避けて生きてきた2人は、とんでもない過ちを犯すことで世界にアクセスする。”マスタードガス”は主人公たちが心の中に溜め込んで”猛毒化した感情”であり、そして”被害者家族の会”は触れることが最も憚れる”タブーとしての存在”の比喩である。

 少年少女は間違った方法で、世界に対し強引にアクセスする。姉の死とは無関係の人たちを犠牲にした罪悪感、恐怖にとらわれる少女。それまで、ほとんど口を開くことなく、少女に黙って従ってきた少年だが、暴挙をきっかけに対照的に生きる活力を発揮し始める。自転車の後ろに少女を乗せ、街を棄てて逃避行の旅に出る。罪の意識、生の痛みを伴った2人が自転車に乗って新しい世界を求めるシーンが、モノクロならではの静謐な映像で描かれる。

 少年少女が誤った方法ながら世界にアクセスするに対し、もう1人のテロリスト・マコトはもっと悲惨だ。少年少女がテロを決行したニュースに触発されたマコトは、ガラス瓶を手に渋谷の人混みの中に立つが、どうしても最後の一線を踏み越えられない。それが人間としての正しい理性だ。だが、その理性のために、彼はずっと”良い子”として家庭という名の檻の中で苦しみ続けてきた。結局、マコトは自宅に戻り、かわいがっていた小犬を外へ出してから家の中でマスタードガスを解き放つ。彼にとっての”世界”は家の中でしかなかったのだ。

ajiajyunshin03.jpg『誰も知らない』(04)、『疾走』(05)など
で存在感を見せた韓英恵が主演。片嶋監督の
次回作『たとえば檸檬』にも主演している。

 製作費2,000万円を自力で調達し、2週間というタイトなスケジュールで本作を撮り上げた片嶋監督。これまでも小栗旬の主演作『ハーケンクロイツの翼』(04)、古田新太主演のブラックコメディ『小森生活向上クラブ』(08)と社会の常識に反旗をひるがえすテロリストたちの作品を撮り続けているブレのない監督だ。片嶋監督のプロフィールを見ると、なぜテロリストたちを主人公にした異色作を撮り続けているのかわかる。『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)で健在ぶりを知らしめた若松孝二監督のもとで、『われに撃つ用意あり』(90)などの作品にスタッフとして参加。さらに『殺しの烙印』(67)、『ツィゴイネルワイゼン』(80)といった映画史に残るカルト作品を放った鈴木清順監督と組み、『ピストルオペラ』(01)、『オペレッタ狸御殿』(05)のプロデューサーを務めている。

 「確かに若松監督と清順監督から受けた影響は大きい。若松監督からは”本当に自分がやりたい作品を作るためには、資金集めから配給まで全て自分でやる”という物づくりの姿勢を学んだ。清順監督とはプロデューサーとしては頭を抱えることばかりだったけど、あの人は本当のパンク精神の持ち主。2人はタイプはまるで違うけど、気骨がある生き方をしてるという点では通じるものがある」と片嶋監督は話す。また、作家の村上龍が監督した『トパーズ』(92)の助監督として、半年間一緒に村上龍と過ごした経験も、かなり面白いものだったそうだ。なるほど、『コインロッカー・ベイビーズ』『昭和歌謡大全集』などの村上龍の小説世界を『アジアの純真』は彷彿させるものがある。また、脚本の井上淳一も若松監督の薫陶を受けており、いちばん好きな映画に長谷川和彦監督の『太陽を盗んだ男』(79)を挙げている。

 片嶋監督によると、『アジアの純真』の企画が発案されたのは2002年。9.11同時多発テロ後に米国が正義を振りかざしアフガニスタンに攻め込み、日本では小泉総理の訪朝により拉致事件が明らかとなり、日本で暮らす在日朝鮮人へのバッシングが強まった時期になる。ナショナリズム一色に染まる風潮の中で、息苦しい状況に風穴を開けてやりたいという意欲から企画が立ち上がった。10歳のときに『ピストルオペラ』でデビューした韓英恵が高校生に成長するのを待って撮影が行なわれ、2009年に完成。3.11の傷がまだ癒えることのない2011年秋に公開されることになった。

 少年少女の自転車に乗っての逃避行は、日が暮れた海辺で終わりを告げる。このシーンで終わっていれば、テロに純潔を捧げた若者たちの哀しい青春映画として観客の共感を少なからず得たかもしれない。だが、片嶋監督はクライマックスで、さらにアクセルを踏み込む。ここまで熱心に見ていた観客たちが、「えぇっ」と驚くエンディングへと突っ走る。『アジアの純真』は、”当たり障りのない”作品ばかりラインナップされた今の映画界に投げ込まれた毒ガス弾だ。片嶋監督が放った一撃がどれだけ”差し障りのある”ものなのか、劇場で体感してみてほしい。
(文=長野辰次)

ajiajyunshin04.jpg
『アジアの純真』
脚本/井上淳一 監督/片嶋一貴 出演/韓英恵、笠井しげ、黒田耕平、丸尾丸一郎、川田希、澤純子、パク・ソヒ、白井良明(ムーンライダーズ)、若松孝二
配給/ドッグシュガームービーズ 10月15日(土)より新宿K’s cinema、11月5日(土)より名古屋シネマスコーレ、12月3日(土)より大阪第七藝術劇場ほか全国順次公開
<http://www.dogsugar.co.jp/pureasia>

※ 劇中でコメンテイター役を演じた若松孝二監督と片嶋監督の対談が10月18日(火)に行なわれる他、連日ゲストを招いてのトーク&イベントを開催!
<http://pureasianproject.blog.fc2.com/blog-entry-2.html>

アジアの純真

……ではない。

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最終更新:2012/04/08 22:37
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