赤田祐一×仲俣暁生──ITの起源はヒッピー? ジョブズも愛読した伝説の雑誌
──60年代にアメリカ西海岸で創刊された「ホール・アース・カタログ」。裏表紙の言葉”ハングリーであれ、バカであれ”をスティーブ・ジョブズが近年講演で引用したが、コミューン生活をするヒッピーを対象としたそのカタログと、現在のITの関係をひも解いていきたい。
カタログ」第1号。創刊したスチュアー
ト・ブランドは、小説家ケン・キージ
ーらによるアシッド・テスト(LSDを配
って回る全米ツアー)に参加していた。
2000年代を通して日常に溶け込んだインターネットだが、ここ数年、ある言説が注目を集めている。それは、インターネットとその背景にあるコンピュータ・カルチャーが、60~70年代初頭のアメリカ西海岸から始まったというものだ。具体的には05年にニューヨーク・タイムズの記者ジョン・マルコフが『パソコン創世「第3の神話」』(NTT出版)を著し、個人が日常的に使用できるコンピュータ、つまりパソコンの発展とヒッピーたちのカウンター・カルチャー【註1】の関連性を描き、アメリカで評判になった。また、同年にはスティーブ・ジョブズ【註2】が、ヒッピー~ニューエイジ思想【註3】において重要とされる「ホール・アース・カタログ」(以下、WEC)について講演で熱く語った。そんなWECとその背景にあるカウンター・カルチャーとは、なんだったのか? WECに詳しい編集者の赤田祐一氏と評論家の仲俣暁生氏に話を訊いた。
■ヒッピーのバイブルがインターネットのルーツ!?
仲俣 02年に赤田さんが上梓された『「ポパイ」の時代』(太田出版)を読んでいると、「ポパイ」の初期50号までを理解する重要なポイントとしてWECが登場します。そもそもWECを意識したのはいつですか?
赤田 昔からアメリカのカウンター・カルチャーに関する文献や年表などを調べていると、必ず「1968年 WEC」という記述が出てきます。だから、60年代後半から70年代初頭の西海岸のカルチャーにおける、ある種のアイコンとして機能したことは察しがついていましたね。あと、北山耕平【註4】さんがかかわっていた初期の「宝島」(宝島社)はWECの影響を強く受けていたので、名前くらいはなんとなく知っていました。
仲俣 WECがインターネットのルーツだといわれるのは、西海岸のヒッピー~ニューエイジ思想に連なるムーブメントの象徴的存在としてですよね。どういう点がルーツだと考えられているのでしょうか?
赤田 WECを作ったスチュアート・ブランドは、出版社の人でもなければ、雑誌や本の流通に携わっていた人でもありません。つまり、単なる素人。そんな人物が既存の出版文化へのカウンターとして始めたのがWEC。この本は、アメリカでは低価格の衣料品などのショッピングですでにポピュラーだったカタログの形式を採りながら、当時の西海岸におけるヒッピー・ムーヴメントの視点から選ばれた、オルタナティヴな生き方のためのアイデアや日用品を紹介する一冊でした。そうした内容や馬鹿デカい判型、さらにはサポーターの人たちを集団化して全米40カ所くらいに専用のお店「whole sale」を作って独自の流通を始めたのも、すべて「新しい価値観」を提示したかったからなんです。最初は売れなかったけど、インディペンデントながら少しずつ支持者が増えて、最初のWECを作った6年後の74年には、続編などシリーズ累計で150万部のベストセラーになった。世界中に名前を知られるようになったのは、最終的にハーパー社などの大手の出版社と提携して販路を広げたからだと思いますが、個人の思考や実践という小さな単位から社会を変えていくDIY精神を伝えるものとして、いまだに大きな意味を持っているんです。
仲俣 このWECのDIY精神を受け継ぐものとしてインターネットを捉えるのが、昨今の「インターネットのルーツは西海岸にあり」という言説の正体ですよね。でも、日本でこの2つに共通するDIY精神を伝えるのは相当難しいと思います。
赤田 根底にあるアメリカのDIY精神が今までちゃんと書かれていないし、敷衍されていない。日本でウェブによる全世界的な情報ネットワークの構築に至るコンピュータ・カルチャーとヒッピー~ニューエイジ思想の関連性が説かれたのは、相当後のこと。ところで、仲俣さんは94年に創刊された「WIRED日本版」【註5】の編集部に在籍していたそうですね。アメリカの「WIRED」本誌は、WECにかかわっていたスタッフが立ち上げましたが、影響関係は実感としてありますか?
仲俣 「WIRED」はWECと同じく、もともとインディペンデントな出版物でした。コンデナスト社に買収されたことが批判されたりもするけど、「雑誌を創刊して出し続けることがベンチャービジネスなんだ」という部分は今でも大きい。言い換えると、DIY精神で始めたからといって、持続可能であれば経済的に大きくなることも否定しない。オルタナティヴな姿勢と大きな利益を得ていく経済活動が同居したあり方です。これは元をたどれば、70年代初頭にシアトルでヒッピー的価値観を打ち出してインディ書店を作ったレイモンド・マンゴー。日本でもよく知られている彼の本『就職しないで生きるには』(晶文社/81年/原題『COSMIC PROFIT』)には、DIY精神に基づいたインディペンデントな経済活動のモデルが描かれています。この本の場合は「COSMIC」という言葉が使われ、WECの場合は「WHOLE EARTH」が使われている。2つとも西海岸のヒッピー~ニューエイジ的ニュアンスがあります。そうした言葉を持つ思想の延長線上に「WIRED」があったのは事実でしょう。
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