とことんブレない! 幕末でもヤンキー! おまけに下品~加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』~
#本 #マンガ #コミック #コミック怪読流 #永山薫
マンガ評論家・永山薫のコミックレビュー。連載第5回は加瀬あつし『ばくだん! 幕末男子』です!
最近やたらと目につくのがタイムスリップ物だ。
例えば漫画好きの間で評価が高い『信長協奏曲』(石井あゆみ)は成績の悪い(つまり歴史の知識が皆無)高校生が信長になっちゃうって話だ。
かつて『ジパング』において、イージス艦をミッドウェイ海戦直前の太平洋上に送ったかわぐちかいじの最新作は、ビートルズのコピーバンドがビートルズがデビュー前の日本にタイムスリップしてビートルズに成り代わっちゃう『僕はビートルズ』(原作・藤井哲夫)だ。かわぐちかいじってタイムスリップ好きだよねえ。他にも、『モテキ』の久保ミツロウの新作は3年前の自分にミニマム・スリップする『アゲイン!!』だし、6月に完結した『夢幻の軍艦大和』(本そういち)もそうだ。高校生が三国志の時代に……の『龍狼伝』『龍狼伝 中原繚乱編』(山原義人)も順調に巻数を増やしている。記憶に新しいところでは現代の医師が幕末に行っちゃう『JIN-仁-』(村上もとか)はドラマ化もされちゃう大ヒットだ。イチイチ挙げ始めるとキリがない。
こうしたタイムスリップ物のキモは、「あのとき、ああじゃなくこうしてたら歴史は変わったかもなあ?」、あるいは「歴史の教科書ではこうなってるけど実は……だったら面白いのに」って、歴史の授業の間につい余計なファンタジーに逃げる中高生的な発想だ。
まあ、普通のボンクラな高校生はそうした空想や妄想を「ははっ、ありえねぇ」と忘却して立派なボンクラ大学生やボンクラ社会人になるわけだが、まかり間違って漫画家になっちゃった場合、「おおっ、あのときの空想、使えるかも」となるワケですね。
この秋、俺が推薦したいタイムスリップ物を発表しよう。それが加瀬あつしの『ばくだん! 幕末男子』だ!
作者本人は『ばくだん!』のあとがきで、「幕末版『カメレオン』」と言い切っちゃてる。オールドファンならば「おおっ、そうか、分かった!」だろうが、イマドキの読者は分からない。だって、20世紀の漫画だもん。どんな作風なのか知りたければ漫喫なりなんなりで過去作を読めばいいんだけど、それすら面倒というアナタはトットとアンチョコを見るべしだ。
「一見典型的なダメ男である主人公が、類まれなる奇跡的な幸運と個性的な仲間の助け、そして本人の努力によって成り上がっていく展開が多い」(Wikipedia)
とWikiさんがサクッとまとめている通りだ。キーワードは「ヘタレ/ヤンキー/成り上がり/強運/下品/卑怯/憎めないバカ」で、『ばくだん!』も、そのまんまです。
主人公のマコちんことマコトこと安達真琴は転校デビューを狙うヘタレヤンキー。体の前面には無数の傷があり、それを看板にしているが、それも実は前の学校でのリンチの痕。タバコの火でも押しつけられたのかと思いきや、上半身裸にされて体に豆を撒かれ、周囲で「はとぽっぽ」を歌いながら、鳩についばませるという、底辺校ヤンキーの発想とはとても思えない創造性に富んだというか、よほど暇でないと思いつかないようなバカなリンチである。もちろん鳩山元首相への諷刺なんて含意はない。そんな下らないリンチを俺が受けたとしたら、一生モンのトラウマですよ。
でもマコちんは俺のような繊細なインテリじゃなくって、バカでお調子者でスケベという、どうしようもないダメ人間。あくまでもヤンキーをやめないし、主人公になりたい願望は人一倍だ。そんな大バカ野郎が、修学旅行先の京都で自分の肖像が印刷された千円札を拾ってしまう。チャチなオモチャではない。偽札? 悪戯? それとも、主役願望が天に通じてのお告げ?
「歴史に名を残せとでも……?」
かくしてその謎の千円札に導かれるままに(とゆーか他校の不良に追われて)、巻き添え食った幕女(歴女の中でも幕末ラブの女子)である高階蓮(たかしなれん)とともに、三条大橋から幕末の風雲渦巻く京へとタイムスリップしてしまうのだ。
スカジャン&ボンタン姿のマコトは到着早々、「異人かぶれの奸物」として攘夷浪士に天誅されそうになっちゃうのだが、ここでも「類まれなる奇跡的な幸運」に守られて、新選組局長・近藤勇の登場です。ここからが「類まれなる奇跡的な幸運」の乱れ打ち! 近藤勇に命を救われたくせに、ソッコーで裏切ろうとするマコトくんだが、本人の計略が裏目に出て、近藤の命を救ってしまい、一目置かれる存在になってしまい、ついには新選組の隊士になってしまうのだ。そんなメッキがすぐ剥げるのが普通の漫画。「そんなバカな!?」的奇跡の連続で、沖田総司との手合わせも、土方歳三から暗殺指令を受けた斎藤一の凶刃からも逃れてしまうのである。これってどこまで続く綱渡り? 謎の千円札によって将来の大人物になることは担保されている。後世、千円札の肖像画になるとなれば、伊藤博文に代表されるが如く、維新の元勲、つまり勝ち組でないと話にならない。ということは、マコト君の作る未来とは幕府側勝ち組の世界か、途中で寝返るかのどちらかだろう。と思ってたら、加瀬あつしは甘くない。問題の千円札は肖像が薄くなったり、全然別の図柄になったりしてくれる。つまり、必ずしも確定された未来を指し示しているわけではないのだ。マコト君はこのまま新選組で成り上がっていくのか? 土方歳三との確執は? 今のところ活躍していないが、物語の鍵を握ってそうな男装の女剣士・山南敬助と幕女の蓮がどう動くのか?
歴史に「IF」を挿入するのがタイムスリップ物の見せ場だが、これだけ「IF」だらけというのも珍しい。どう考えてもとんでもない「歴史」が描かれることになるのは間違いない。現代のヤンキーは歴史を作ったりできないが、幕末ならば活躍の余地がある。可能な限り、バカで下品でぶっ飛んだ歴史改変に挑んでいただきたい。
しかし、一番スゲェのは加瀬あつしのブレなさである。いや、ブレないにも程がある! マコト君どころか、新選組の面々も攘夷派の連中も、ほぼ全員がヤンキーという時代劇コスプレ・ヤンキー漫画だし、どーしよーもなく無理やりなオヤジダジャレも、やたらチンポをおっ立てる下品さも健在なり。本気になったオッサンのパワーにひれ伏せ!
(文=永山薫)
●ながやま・かおる
1954年、大阪府大東市出身。80年代初期から、エロ雑誌、サブカル誌を中心にライター、作家、漫画原作者、評論家、編集者として活動。1987年、福本義裕名義で書き下ろした長編評論『殺人者の科学』(作品社)で注目を集める。漫画評論家としてはエロ漫画の歴史と内実に切り込んだ『エロマンガ・スタディーズ』(イースト・プレス)、漫画界の現状を取材した『マンガ論争勃発』シリーズ(昼間たかしとの共編著・マイクロマガジン)、『マンガ論争3.0』(n3o)などの著作がある。
どうなる、マコちん!
■【コミック怪読流】バックナンバー
【第4回】人気はSNSのお陰? これからが勝負の絶望的活劇漫画~諫山創『進撃の巨人』~
【第3回】小さく産まれて大きく育った、お風呂漫画~ヤマザキマリ『テルマエ・ロマエ』~
【第2回】ホラー少女が鈍感力でライバルをなぎ倒す~椎名軽穂『君に届け』~
【第1回】いっそゾンビな世の中に──花沢健吾『アイアムアヒーロー』
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事