スマートグリッドが実現しない日本型民主主義の悪しき慣習【前編】
#宮台真司 #神保哲生 #プレミアサイゾー #マル激
ビデオジャーナリストと社会学者が紡ぐ、ネットの新境地
今月のゲスト
高橋 洋[富士通総研経済研究所主任研究員]
──通信と電力を融合させ、より効率的に電力を供給できるシステム──それがスマートグリッドだ。情報と通信技術を融合させ、世界各国へ網のように張り巡らせたワールドワイドウェブを例えに挙げられることも多いが、スマートグリッドとは「供給の分散化」「需要の自律化」「蓄電池の発達」を結ぶ網のことだと考えられている。だが、独占企業ともいえる日本の電力会社にとって、「スマートグリッド=電力の自由化」ととらえられているため、その見通しは決して明るくない。「原発は是か非か」という二元論に陥りがちなエネルギー問題を、また別の角度から考えてみたい。
神保 マル激では、原発や電力の自由化、再生可能エネルギーなど、電力に関するさまざまなテーマを取り上げてきました。その中で、日本はこれまで電気の発電も送電も何もかも電力会社10社にすべてを「おまかせ」してきたことがわかった。日本の電力は地域独占ゆえに送電網はしっかりしているし、停電も少ないが、その一方で、我々はその体制が多くのリスクを抱えていることに目を向けてきませんでした。結果として、電力会社に権益も権限も集中し、誰も抑えられないガリバー産業になってしまった。今回は、エネルギー政策に詳しい、富士通総研経済研究所主任研究員の高橋洋さんをゲストに迎え、原発問題が起きる前から注目を集めていた新たな電力配分システム「スマートグリッド」を取り上げながら、この先、日本のエネルギーをどう運営していくべきかを議論したいと思います。
宮台 4月半ばのTBS『報道特集』が「スマートメーター」を取り上げました。スマートグリッド化の前提になる装置で、電力網だけでなく情報網に接続し、1カ月の累積でなくリアルタイムで使用電力を計測し、家電機器ごとに使用量の自動制御もできるデジタル電力計です。
スマートというと、スイッチに触れなくても自動的に制御してくれて、今まで以上に「おまかせ生活」になりそうですが、実は違う。番組でも紹介されたけど、発送電分離を前提に、電力会社も選べ、電源種も選べ、自家発電も選べるので、実は〈エネルギーの共同体自治〉の要となります。つまり、家庭では家族が、企業では財務担当者が、頻繁に電力会社や電源種や自家発電の選択が適切かどうか議論し、単に効率だけでなく、良い電源の選択による社会貢献(の与える満足)を追求できるようにするのが、スマートメーターです。
神保 「おまかせ生活」という言葉はうまい表現ですね。高橋さんも論文の中で、「スマートグリッドとは、需要者が供給者に協力することにより電力の需給を最適化すること」だと書かれています。まずは高橋さん、一般の人はスマートグリッドをどんなものだと理解すればいいのでしょうか?
高橋 「グリッド」とは送電網のことで、簡単にいえば「配電も含めて、送電網をもっとスマートにしていきましょう」という意味です。最終的な形態としては、送配電網に通信網がくっついたものだと理解していい。なぜそういうものが必要なのかというと、世界的に3つの革新が起きているからです。
1つ目は「供給の分散化」。これまでの電力会社は、原発に象徴される集中電源を作ってきました。当然、一基の発電量が大きいほうが効率的だろうし、運用がしやすい。ところが、今後再生可能エネルギーが導入されると、電力会社の所有物ではない小さな電源が、いろんなところに入ってくるようになります。再生可能エネルギーの出力は不安定なので、電力会社側がそれをうまく処理するためには、ITの力が必要なのです。
2つ目は「需要の自律化」です。冒頭で言われたように、これまでは電力会社に「おまかせ」で、電力料金は少し高いけれど、スイッチを入れるだけで電力が手に入った。ところが、原発事故以降の日本のように、供給側が不安定になってくると、消費者の協力も必要になってくる。そこで重要なのが「情報」です。「停電が起こる可能性がある」とアナウンスされても、詳細な情報が得られなければ、いつ、どこで、どれだけ節電すればいいのかわからない。そこで、必要な節電量をメーターが提示してくれたり、あるいは家電が直接通信して、電力を調整してくれるようにする。これが、スマートグリッドの発想です。
神保 電力の需給状況に応じて、エアコンの設定温度が勝手に上がったりすると?
高橋 単純にいえば、そういうことです。そこで重要なのは、電力を利用する側へのインセンティブ。私たちは自由に電力を使いたい。しかし、「需要がピークの時には電力料金が10倍になる」「この時間に節電をしてくれたら、キャッシュバックする」などのインセンティブがあれば、率先して協力するでしょう。
3つ目の変化は「蓄電池の発達」という技術革新。電力にはそもそも”同時同量の原則”があり、常に需要と供給を一致させていなければいけなかった。しかし蓄電池が安価になり、広く普及すると、この原則は崩れます。つまり、電気が在庫できるようになる。据え置き型の蓄電池ももうすぐ発売されますし、蓄電池をうまく使うことにより、需要者自身が電気を売買することができるようになるのではないかと考えられています。以上の3つの革新を前提にして、中央管理者がすべてを支配するという仕組みから、電力システムがもっと民主的なものに変わっていく──それがスマートグリッドの背景です。
神保 スマートグリッドとは、今ご説明いただいた「供給の分散化」「需要の自律化」「蓄電池の発達」を結ぶ網のことだと考えていいでしょうか?
高橋 そうですね。電線に通信網が付加されるようなイメージです。もちろん、いきなりすべてを分散型電源にする必要はないし、大規模な発電所は残るでしょう。ただし、日本では再エネが電力消費の1%にすぎず、分散型電源があまりにも少ない。地球環境保護のためにも安全保障のためにも、分散型電源は必要であり、その上でスマートグリッドの導入は重要なポイントになるんです。
宮台 〈共同体自治〉の発電システムがあれば、電力会社の大規模発電所が停電しても、「原発が止まった以上、停電は仕方ない」という発想はあり得ません。
高橋 電力会社はこれまで「消費者側が自律的に電力を利用することなど不可能だ」と主張しており、それが一般常識でした。つまり、消費者は自分勝手だから「この時間はエアコンの温度設定を1度上げてください」とお願いしても、やってくれないだろうという見方をしてきた。私は「そんなことない」と考えていましたが、論破するのは難しかったんです。
ところが震災以降、東京電力管内の人々が、節電に一生懸命に協力してしまった。私の試算では、3月・4月の電力消費量は、前年比10~15%も下がっています。当然ながら、スマートメーターなどなく、消費者は十分な情報を与えられず、かつ節電になんのインセンティブもなかった。これは驚異的なことです。
神保 消費者は自律的に協力する。ましてや情報を提供し、インセンティブを与えれば協力できるということが、いみじくも今回の震災によって証明されたということですね。
さて、概念だけでは伝わりにくいと思うので、スマートグリッドにまつわる具体的な「もの」として、スマートメーターについて教えてください。一見すると、ただの電気メーターですね。
高橋 そうですね。これまでのメーターと違うのは、通信機能がついていることです。どれくらいの量の電力を消費しているかという情報を30分単位で発信しています。そのデータをパソコンでチェックすることができ、個別の家庭で「この時間は電力の消費が激しい」とか「この時間はもっと使えそうだ」という判断が可能になる。また電力会社側から見れば、個々の家庭や企業のメーターを足し合わせて「この時間帯は需要が高まっている」とか「需要が減ってきた」ということがわかります。意外かもしれませんが、実は現在、電力会社は各家庭の消費量をリアルタイムで把握できていないんです。
神保 電力会社としては、スマートメーターを普及させたいと考えているのでしょうか? それとも、スマートグリッドは電力会社の独占体制を崩す脅威と考えているのでしょうか?
高橋 残念ながら後者です。かつて電力会社にとってはスマートグリッドという言葉自体が禁句でした。スマートグリッドが進めば、どうしても「消費者に情報や価格インセンティブを与える」という話になる。電力会社のほうは頭がいいから「スマートグリッドとは、要するに電力自由化のことだろう」とわかるわけです。ただし、2010年政府が発表したエネルギー基本計画では、今後はしっかりと議論をした上で、「スマートメーターに記録された情報を一定の条件のもとで第三者に開放する」ということまでは書かれており、状況は変わりつつあると思います。
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