NHK『大科学実験』のキーマンに聞く、奥深き科学実験の世界
#本 #DVD #インタビュー
昨年3月から放送され、各所で話題を呼んでいるEテレ(NHK教育)の科学教育番組『大科学実験』。わずか10分間という短い枠で、誰もが思わず見入ってしまうとんでもなくスケールの大きな大実験を繰り広げているこの番組のDVDブックが発売された。この番組をはじめ、数々の科学実験番組や書籍の監修を行っているのが、NPO法人「ガリレオ工房」だ。科学の楽しさを伝えるために、身近な材料でできる実験を年間数十件ずつ開発、その事例は1,300件を超える。今回はガリレオ工房の理事長で、たびたびテレビにも出演している滝川洋二氏に、『大科学実験』の裏話や科学の面白さについて話を聞いた。
―― “実験監修”というのは、どういうお仕事なのですか?
滝川洋二氏(以下、滝川) おもに実験のアイデア出しと、実験中に失敗や何かトラブルにあった際にアドバイスをしています。『大科学実験』では100本くらいの実験が集まり、最終的に26本に絞られました。企画から収録までは、(最初のシリーズで)平均して1カ月半くらい。長いものでは8カ月かかったものもありました。海外のテレビ局との共同制作ということもあり、超高速度カメラを使い、新しい装置を次々に開発するなど総力を挙げた番組です。
――確かにどの実験も、手間とお金がかかっていそうですね。
滝川 たとえば、DVDブックにも入っている「空飛ぶクジラ」は、大きな袋に閉じ込めた空気を太陽の光で温め、人を浮かすことができるかという実験ですが、熱気球で人を持ち上げるという実験は今までにあったし、ただのビニール袋に人がぶらさがっても面白くない。そこで、全長50メートルのクジラ型ソーラーバルーンを作ることにしたんです。とはいっても、いきなり巨大クジラを作るのはとても大変ですから、まずは小さいサイズのクジラを作り、作り方や実験の進め方を確認していきました。ソーラーバルーンを空に飛ばすには、太陽の光がしっかり当たり、無風でなければなりません。そのため、風が吹かない早朝に実験を設定しました。番組スタッフは、3日間ほど高原で撮影したそうですよ。実験が大掛かりになればそれだけ面白いのは事実ですが、同時に危険度も増すので、安全性の確保ということはいつも一番に考えています。
――クジラが飛ぶ前と後で目の表情を変えたり、潮を吹いているように見せるためにバルーン内に紙吹雪を仕込んだりと、細かなところにもすごく手が込んでいますね。
滝川 番組のスタンスとして、ただ大掛かりなことをやるんではなくて、”エンタテインメントとして実験を見せる”ということに注力していましたね。「高速で止まるボール」という実験の時も、ボールに何かしるしがあると回転せずに止まって見えるので、顔のマークを書いたりしました。そういう発想は僕らには全然なかったので、とても新鮮でした。
――ガリレオ工房は今年で26年目を迎えるそうですが、そもそも、どういうきっかけで設立されたんですか?
滝川 もともとは、中学・高校の理科の先生の勉強会だったんです。月に1度、例会を開催し、授業に役立つ研究や勉強しようということでスタートしたんですが、理科の授業では実験が大事だ、ということがみんなの共通認識としてありました。ですから、例会では必ず何か実験をやろうと決めたんです。実は米村でんじろうくんも初期メンバーで、彼は毎月、自分で開発した実験を発表していましたね。その後、米村くんはテレビに出るようになってあまり例会には顔が出せなくなってしまったんですが、他のメンバーも実験を開発をするようになって、例会のたびに新しい実験が発表されるようになりました。もともとある実験にひねりを加えていくというのが実験開発の基本なんですが、ひねっていくうちにものすごく新しくなったりすることもあって、それが面白いんです。
――滝川さんも毎月、新しい実験を発表しているんですか?
滝川 僕も毎月2つくらい発表しています。だいたい100円ショップに行って商品を眺めながら、「これはなにに使えるかな?」と案を練っています。実験を開発するときはまず、自分が面白いと思うかどうかという視点を大切にしています。何かモノを見ると、自然と「これを使ってどんな実験ができるだろう」と考えるようになっているので、すぐに新しい実験が思いつくんですよ。
学校の実験の授業では、試験管やビーカーなど専門用具を使うのが当たり前になっていますが、ガリレオ工房では身近なものでできる実験を開発しています。というのも、自分がやってみようと思った時にいつでも実験ができるということが大切だと思っているんです。今、学校の理科の実験の予算はとても少なくて、中学校では3学年合わせて年間で5万円なんこともザラにある。500人いればひとりあたり100円ですから、下手するとひとつの実験もできないような状況なんです。でも、たとえば100円ショップにある材料を使って実験ができれば、先生のポケットマネーでもできますよね。
――ガリレオ工房のお仕事のほか、滝川さんは東海大学教育開発研究所で東海大付属高校の先生向けの講義をやっていらっしゃいますが、先生たちにはどのようなことを教えているんですか?
てくれた実験。(上)フライパン
の裏側のアルミ部分に氷を置くと
すぐに溶けてしまうが、紙を1枚
敷くとほとんど溶けない。紙は
アルミに比べて熱を伝える力が
4000分の1くらいなので、なかな
か解けない。(下)塩水を机の上
にこぼして乾かした状態のもの。
塩の結晶ができている。普通、塩
の結晶は立方体だが、これは水の
層が薄いため結晶が縦には成長で
きず横に成長している。
滝川 理科教育というのはただ実験を行うだけではなくて、実験を見て「不思議だなあ」と思った後に、それがなぜなのか、生徒が自分で考えられるように導いてあげることが大切なんです。ですので、そういった授業プログラムを紹介しています。ものを考える力というのは、実験を通して養われます。これは理科に限った話ではありません。今の日本に欠けているのは、”●●は安全だ”というメッセージがあったときに、それをどこまで信じていいのか、自分がどれだけ納得できているのかということを自分で考えたり、判断したりすることができなくなっていることだと思うんです。たとえ結論が出なくても、結論が出ないということに気づくことが大切なんです。
――ゆとり教育の影響で、ここ何年かは義務教育における理科の授業の時間は縮小されていました。最近では、少し見直されてきているようですが。
滝川 僕はNPO法人「理科カリキュラムを考える会」というところで世界の教科書の研究もしているんですが、たとえばイギリスでは、2006年から中学校の教科書の内容がすごく変わって、社会的に問題になっているけれど結論の出ないテーマを授業の中で扱うようになったんです。理科(科学)は知識の積み上げではありますが、それだけでは解決できない問題もある。たとえば、遺伝子組み換えの食物が安全かどうかという結論はまだ出ていないですよね? でも、現実には市場に出回っている。それを自分や社会はどう対処するのかということをみんながそれぞれ考えていかなければいけないのに、その判断基準を市民がまったく持っていない。国や調査機関が安全だというデータをそのまま鵜呑みにするのではなくて、そのデータをどのようにとらえ、どう判断するのか。自分なりの判断基準を持つことが市民の役割だ、ということを授業の中で教えているんです。今の日本の教育と比べると、だいぶ違いますよね。僕は、科学の一番の目的というのは、よりよい社会を作っていくための市民を育てていくということだと思うんですよね。
――滝川さんは軽視されがちな理科の授業を見直してもらうきっかけ作りのために、テレビやイベントなどに頻繁に出演されているわけですね。
滝川 理科は楽しい、面白いし、これからの時代に不可欠なものです。自分たちがどういう社会を作っていくか、自分たちの安全をどのように確保するか、そういった判断ができるような基礎知識を個々が身に付けるということが大切です。今の社会はまさに、科学者だけには任せておけない状況ですからね。今日の科学は、いろいろな人の膨大な知識や研究の積み重ねで成り立っています。僕はそのほんの一部に携わり、みんなに紹介しているだけですが、科学の大切さというものが社会にもっと伝わればいいなと思っています。
(取材・文=編集部)
●たきかわ・ようじ
1949年生まれ。埼玉大学理工学部物理学科卒、国際基督教大学博士課程修了。79年から国際基督教大学高等学校教諭、06年から10年まで東京大学教養学部附属教養教育開発機構特任教授。教育学博士。高校教諭時代からNPO活動を通した理科教育の改善に取り組み、この功績で05年文部科学大臣表彰。「青少年のための科学の祭典」2006全国大会実行委員長、NPO法人理科カリキュラムを考える会理事長、NPO法人ガリレオ工房理事長。専門は概念形成研究、科学カリキュラム研究、物理教育。『どうすれば『理科』を救えるのか-イギリス父子留学で気づいたこと』(亜紀書房)、滝川・吉村編『ガリレオ工房の身近な道具で大実験第4集』(大月書店)、『発展コラム式中学理科の教科書第1分野』(講談社)など著書、編著多数。
ガリレオ工房HP<http://www.galileo-sci.org/>
NHK大科学実験公式サイト <http://www.daikagaku.jp/>
ナレーションは細野晴臣。
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