アップル社の勝手な”強制突然バーゲン”で電子書籍市場が大パニック!
#iPhone #iPad #電子書籍 #Apple
「あれ? アプリの値段が全部下がっている……。システム障害?」
7月14日の朝9時過ぎにApp Storeをのぞいたユーザーはさぞかし驚いたに違いない。App Store上の書籍やアプリを購入しようとクリックしたところ、要求された金額が表示価格より大幅に安かったからだ。驚いたのはユーザーだけではない。出店者側にとってもまったくの寝耳に水。値下げしたつもりのない自社の商品が、アップル社から何の連絡もないままに、値下げして売られていたのである。一体なぜこんなことになったのか。
ことの顛末を知る前に、まずはApp Storeで商品を売る際の価格設定ルールを知っておく必要があるだろう。App Storeでアプリや書籍を売る場合、実は販売価格は売り主が自由に決めることはできない。アップル側があらかじめ決めた価格帯からしか選択できないのだ。
例えば、7月14日午前9時以前までのApp Storeにおける一番安い商品価格は115円。以下、順に230円、350円、450円、600円、700円、800円、900円、1,000円……と上がっていく。つまり、「115円じゃ安すぎて儲からないけど、230円だともらいすぎだから、200円で売りたい」と思っても不可能なのだ。書籍も同様で、「この本は市場動向から見て300円なら売れそうだ」と思っても、売り主の意思で価格を決めることができないのである。
る。赤い枠内が日本(赤線は編集部)。115円の販売価
格のうち、出店側の取り分が81円(7割)という意味。
では、なぜそんなルールになっているのか。この件についてアップル社はこれまで公式説明をしていなが、「為替レートの関係でしょう」と言うのはあるITライターだ。
「おそらく1ドル115円くらいのときに決めた”ドル建て価格”なので、あちらの感覚では1ドル、2ドルと、ドル単位で区切っている感覚なんだと思います。ただ、その計算でいうと3ドルは345円で端数になるため350円に切り上げてしまい、5ドルは575円だから600円にしてしまおうと、かなりアバウトに決められているようですね。そういう意味では115円だって端数なんですが、そこらも含めてアバウトなんでしょう。厳密な約束ことはないようです」
その結果、450円の次に高い商品が600円になってしまい、500円台で売ることができないというおかしな事態になってしまっているというのだ。一般に小売店で売られている商品は、製造や流通のコストと需給バランスを勘案し、1~10円単位でシビアに決められるのは当然のこと。スポーツ用品メーカーがサッカーボールを1個1,200円で売りたいと考えているのに、店側から「800円か1,500円かのどちらかを選ばないと売らせない」と言われて困惑している姿を想像してみれば分かりやすいだろう。
今回の突然の”価格改正”により、販売価格は85円(今まで115円)、170円(同230円)、250円(同350円)と、それぞれ大幅に下げられている。ちなみに、App Storeの決済システムを利用した場合、売り上げの30%がいわゆる”場所代”としてアップルに徴収される。この30%という数字は、携帯ゲームのGREEやmixiでアプリを売る場合もほぼ同じだ。
つまり85円で売れた場合の取り分は、わずか約60円。115円で売っていたこれまでと比較して一個あたり20円の収益源となる。より分かりやすい例で言えば、これまで800円で売っていた商品は140円も値下げとなるため、仮にこの商品が1万本売れた場合の誤差は実に140万円ということになる。では、なぜ今回、販売価格が突然下げられてしまったのか。
これについてもアップル社からの説明が一切ないため憶測の域は出ないものの、先のITライターは「円高が1ドル85円くらいまで進んでいるのでレートに合わせて、アバウトに調整しようということでしょう(笑)」と推察する。
「ただ、なんでそれをアップル社がすべての商品を一斉に、しかも出店側に何の告知もしないままにやるかのか、という問題です。円高が進んでしまってアメリカで売れなくなったとしても、それは売る側の責任で対処すべきことです。そもそも、電子書籍のように日本の市場だけをターゲットに出店しているところも多いわけで、余計なことをするなというのが出店者側の気持ちでしょう」
しかも、電子書籍の場合は執筆者に著者印税が発生する。1,000円の本なら3割の300円が相場だ。ただ、今回は突然、アップル側により1,000円の本が800円に下げられてしまった。この場合の印税計算はどうなるのだろうか。本の値段は下がっても、印税だけは同じ額を払わなければならないならば、出店側は大打撃だ。
実際に電子書籍をApp Storeで展開している「グリフォン書店」によると、「印税はあくまで販売価格に対する%で契約しているため、例えば1冊あたり300円でお支払いしていたものが240円に下がるという考え方になります」とのこと。ただ、単純に安売りになってしまうために、出店者も執筆者も収益が減ることは間違いない。しかも、「問い合わせがあったすべての著者さんにそのことをご説明して納得していただくのに、丸二日を要しました。起きてしまったことは仕方ないですが、せめて事前告知は欲しかったというのが正直なところです」と困惑する。グリフォン書店ではしかたなく価格の再設定を進めているが、実はこれにもアップルの審査が必要となる。おそらく今、日本中から数千件規模の価格変更が申請されているはずで、その処理が済んで画面上の表示に反映されるには、かなりの時間を要することになりそうだ。
また、ストア型のアプリ「食べレコ」を運営する「株式会社ハンズエイド」の小室健社長も、「すべての仕事や打ち合わせをキャンセルして、対応に一日が潰された」と憤懣やるかたない。「当社の場合は価格表示の変更をサーバ側で対応できましたけど、ストア型の出店者は大変だと思いますよ。アプリのデータベースもマスターを変えて、アプリ自身を更新する作業をしないといけない場合もありますから」
大幅値下げでたくさん売れて、結果的に売り上げがアップするのでは、という一部のネット上の声に対しては、「そういう考えも確かにありますし、弊社でもあるアプリを実験的にしばらく放置してみたんですが、それまで一日15個くらい売れていなかったのが、30個くらい売れましたからね(笑)。しかし、一時的にちょっと多く売れても、中長期的には経営にプラスになりません。安定した状態で売れ行きデータをとっていかないとマーケティングにもなりませんし」
また、「新興市場としてこれから盛り上がろうというときに、冷や水をかけられたのは業界にとって痛手」と懸念するのは、先のITライターだ。
「価格も自由に決められない上、いつ大幅値下げ、あるいは値上げが起こるか分からない。これでは事業計画も立てられません。革命前夜の社会主義国よりリスクが大きい(笑)。新規参入を検討している事業者はもちろん、著者側からしても二の足を踏みたくなるでしょうね。著者が躊躇すればコンテンツは増えない。業界にとっては大きなマイナスです」
同じことは今後も起こりうると考えるのが妥当のようだが、各社ともその対処にどう向き合っていくべきなのだろうか。前述の小室氏は、「海外市場をにらんだ展開をあらためて痛感した」という。
「アップル社のやり方の是非はともかく、価格変動にも揺るがない経営基盤を構築しないとならないというのが、今回の教訓ですかね。そのためには、国内のみならず、海外で利益を上げなければなりません。今、国内のiPhoneが400~500万台と言われていますが、世界中のIOS(iPhone、iPadなどに搭載のOS)は2億台です。そこを目指した展開を考えていかないとならないでしょうね」
もっとも、強大な資本を持たないベンチャー企業でも参入が可能なのが、この市場の一つの魅力のはず。世界を目指すために国内で地道に稼ぐスタイルがあってもよさそうなものだが、そういう事業者はアンドロイドへ移行すべきということか。いずれにせよ、今回の”アップル大恐慌”が今後の電子マーケットへ深い爪跡を残したことだけは間違いなさそうだ。
(文=浮島さとし)
ちょっと、ジョブズさん!
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