イーモウ監督、久々のアイドル映画 中華的妹萌え『サンザシの樹の下で』
#映画 #パンドラ映画館
新人女優チョウ・ドンユィ。”13億人の妹”と呼ばれている。
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チャン・イーモウ監督は中国映画を代表する監督であると同時に、アイドル映画の巨匠でもある。『紅いコーリャン』(87)のコン・リー、『初恋のきた道』(99)のチャン・ツィイー、『至福のとき』(00)のドン・ジェ……と無名の美少女たちを発掘し、彼女たちが女優へと変身していく瞬間を記録してきた。カメラマン出身だけに、手垢の付いていない彼女たちがどうすれば一番映えるのか考え抜いた色彩美と設定を用意する。ちなみに『単騎、千里を走る。』(05)に主演した高倉健も、イーモウ監督にとって長年のアイドルだった。イーモウ流アイドル映画の主人公たちは恐ろしく健気な反面、周囲を驚かせるほどの無鉄砲ぶりを発揮する。かわいい顔して、やることはけっこー大胆。観客はすっかりイーモウ魔術に掛かってしまう。近年は歴史大作『HERO』(02)、『LOVERS』(04)、『王妃の紋章』(06)で商業的成功を義務づけられていたイーモウ監督だが、新作『サンザシの樹の下で』はイーモウ監督が本来得意とする名もなき庶民を主人公にした小品。7,000人の候補から選ばれた新人女優チョウ・ドンユィがキラキラと原石の輝きを放っている。
水着の上にあえて白いシャツを着せて、
水浴びさせる。
『007』シリーズのボンドガールをもじって、イーモウ監督作のヒロインたちは謀女郎(モウガール)と呼ばれる。新たにモウガールズ入りしたチョウ・ドンユィは『白線流し』(96年、フジテレビ系)に出演していた頃の酒井美紀、モーニング娘。4期生としてデビューしたばかりの加護亜依を彷彿させるスーパーイノセントキャラクター。中国でも今どきこの手のおぼこキャラは珍しいらしく、”13億人の妹”と呼ばれているそうだ。中国大陸は大きなお兄さんたちでいっぱいだ。それはともかく、久々のアイドル映画『サンザシの樹の下で』でイーモウ監督の演出が冴え渡る。ドンユィ演じるジンチュウは恋仲となる青年と直接手を握ることができず、木の棒を挟んで間接的に手を握る。小川で水遊びするときは、相手に水着姿を見せるのが恥ずかしいので白いシャツを上に羽織る。母親には処女かどうか鼻の骨を押されて確かめられる。いつしか観客は絶滅寸前の希少動物を双眼鏡で追い掛けているかのような気分に陥るのだ。
時代背景は文化大革命期(1966~1978)。町の若者たちは「農村に学べ」という国の方針(上山下郷運動)に従って、地方の農家に居候して汗を流す生活を送っていた。町の高校に通う少女ジンチュウ(チョウ・ドンユィ)もそんなひとり。赤いサンザシの花が咲くと言い伝えられる農村へ教育実習に赴く。ジンチュウの父親は「反革命分子」の烙印を押され、獄中にいる身。そのため一家は肩身の狭い生活を送っていた。幸いジンチュウは成績が良く、うまくすれば学校に残って教職に就けるかもしれない。同級生たちからは仲間はずれ扱いされていたジンチュウだが、農村で親切に接してくれる好青年スン(ショーン・ドウ)が現われる。ボーイ・ミーツ・ガール。青春映画の幕開けですな。
とジンチュウ(チョウ・ドンユィ)。青春映画
に自転車シーンは必須だね。
農村でのスンとの淡い交流も束の間、ジンチュウは町に戻ることになるが、「本当に赤いサンザシの花が咲くか確かめよう」と2人は約束を交わす。こうして「反革命分子」の娘と将来有望な青年との遠距離恋愛が始まった。ジンチュウは高校を卒業して教員見習いになるが、恋愛にうつつを抜かしていることが学校にバレたら大問題。ジンチュウは教師になれないどころか、一家全員が路頭に迷うわけですよ。しかし、恋愛は禁じられれば禁じられるほど燃え上がるというもの。人目を盗んでの2人の逢瀬は、段々とエスカレートしていく。
中華版『世界の中心で、愛をさけぶ』と称される中国のベストセラー小説『サンザシの恋』が原作となっているが、イーモウ監督自身が文革期に辛酸を舐めた世代。イーモウ監督の父親は中国共産党と敵対する国民党の軍人だったため、イーモウ一家はまさに「反革命家族」として最下流の生活を余儀なくされていた。イーモウ監督は本来なら工場勤務の名もない労働者として一生を終えるはずだったが、26歳で幸運にも北京電影学院撮影科に入学でき、どん底生活から脱するチャンスを手に入れた。映画が好きで映画監督になったのではなく、どん底人生と決別するために映画の道に進んだ人だ。映画の世界で生きていく覚悟が違う。周囲の目を気にしながら家族のために優等生を演じ続けるジンチュウは、若い頃のイーモウ監督に限りなく近い。
チャイナドレスより人民服が似合う純朴キャラ
です。
イーモウ監督はやがて文革後の自由な空気の中で才能を育んだ”第五世代”の俊英監督として頭角を現わす。公私に渡るパートナーだったコン・リーと別れた後も、『あの子を探して』(97)、『初恋のきた道』とヒットさせ、押しも押されぬ世界的巨匠となる。とはいえ、中国には検閲制度があり、自由気ままに作品を作ることはできない。その上、近年は「ハリウッド映画に負けるな」と商業的な成功も課せられるようになった。演出を委ねられた北京五輪開・閉会式は、失敗が絶対に許されない国家的大プロジェクトだった。現在公開中の松本人志監督作『さや侍』で主人公の脱藩浪士は”三十日の業”に処せられるが、イーモウ監督の場合は”一生の業”だ。どん底生活からは脱したが、国が許可した作品内容で、芸術的&興行的に両立する作品を常に求められる。若いインディペンデント系の監督からは「魂を売った」と中傷されるが、それでもイーモウ監督は映画を撮り続けなくてはならない。現在はクリスチャン・ベイルが出演する次回作『Nanjing Heroes』を製作中だ。これは南京事件を題材にしたもの。日本での公開は波紋を呼ぶことは間違いない。
『サンザシの樹の下で』の後半、スンは体調を崩して病院に入院する。スンは国の命令で鉱物資源を調査していたところ、どうやら白血病を発症したらしい。スンの体調が優れないことを知ったジンチュウは母親の警告、病院の規則を破ってまで病棟に忍び込んでスンの看病をしようとする。ずっと優等生で過ごしてきたジンチュウのささやかなる抵抗だ。イーモウ監督は国家の意向に従いながらも、やんわりと自己主張する。政治や社会の前では、個人の感情なんてあまりにもちっぽけに過ぎない。愛し合う者同士も簡単に引き裂かれてしまう。でも、愛し合った当事者同士の記憶だけは鮮明に残る。心の中の記憶だけは誰にも引き裂くことができない。やがてジンチュウとスンにとって思い出のサンザシの花が咲く季節が訪れる。2人の想いが宿ったサンザシは、一体何色の花を咲かせるのだろうか?
(文=長野辰次)
『サンザシの樹の下で』
監督/チャン・イーモウ 出演/チョウ・ドンユィ、ショーン・ドウ、シー・メイチュアン 配給/ギャガ 7月9日(土)より新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー <http://sanzashi.gaga.ne.jp>
かわいいなぁ。
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