若手映像作家・入江悠監督の覚悟「メジャーでやれないことをやる」
#映画 #インタビュー
地方都市でくすぶる若者の生の叫びが炸裂した『SRサイタマノラッパー』(09)のヒットで一躍、新世代映像クリエイターの旗手に躍り出た入江悠監督。故郷・埼玉に続いて群馬を舞台にした北関東シリーズ第2弾『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』が、劇場での1年近いロングラン上映を経て待望のDVDリリースされる運びとなった。今年4月に封切られた『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールが鳴り止まないっ』も現在絶賛公開中だ。『SR』シリーズのヒットで、入江監督を取り巻く製作環境は果たして変わったのか? それとも変わっていないのか?
――入江監督は埼玉県深谷市育ち。大学浪人中は東京ではなく、群馬の予備校に通ったそうですね。
入江悠監督(以下、入江) そうです。深谷から上り線に乗って東京や大宮に行くよりも、下り線に乗って群馬に行くほうが楽だったんです。それに満員電車に乗りたくなかった。でも群馬の予備校も、半年でドロップアウトしましたけど(苦笑)。
――東京への”距離”を感じていた?
入江 単純に人混みが嫌いだったんです。高校は私服だったんで東京には服を買いにはよく出てたんですけど、予備校行くのにわざわざ東京に通いたくなかった。生理的にダメというか、東京があまり好きじゃなかった。大学も本当は東京ではなく、関西の大学に進みたかったんです。横浜で生まれて、3歳から深谷で過ごしてきたので、大学4年間は関西で過ごしてみたいなと考えていたんですけどね。
た」という入江監督。女優陣の魅力を独特の
長回しで引き出している。
――ニート男の切ない叫びが耳にこだました『SR1』から一転して、『SR2』は女性ラッパーたちが主人公。
入江 『SR1』はあの1作で完結したものなので、『SR1』に登場したIKKU(駒木根隆介)たちの後日談にはしたくなかったんです。まったく別のものにしたいなと。それで、まだ女性ラッパーを主人公にした映画は誰も作っていないなと気づいたんです。『Sex and the City』ってありますよね? ボクはほとんど観てないんですけど(笑)。洗練された都会の女性たちがカツカツカツとハイヒールの音を響かせながら並んで歩くあのイメージを、北関東を舞台に置き換えてできないかと考えたんです。ハイヒールで砂をジャリジャリ言わせながら女たちが並ん歩いてくるイメージが最初に浮かんだんです(笑)。
――『SR1』でも、みひろが東京に対して複雑な思いを持つ女性として出てきましたが、『SR2』の女性たちには実在のモデルがいるんでしょうか?
入江 いえ、取材ですね。mixiをやっていたので、女性からの失敗談や恥ずかしい体験を募集したんです。その頃は女性誌もけっこう読みました。具体的にそのまま映画のエピソードに使ったわけじゃないんですけど、「浮気相手とエッチしてる最中に、彼が来た」とか集まったネタの中からローカルならではのものを拾っていきました。でも取材しているうちに、最終的には失敗談って男も女も変わんねぇなぁと思いましたけど(笑)。ネタというよりは、そういうエピソードを集めていくことで、キャラクターが出来てくればいいなと考えたんです。
――取材を進めながら、映画化の手応えはどのように感じたんでしょうか?
入江 もちろん最初から映画化するつもりでいたんですけど、いちばん悩んだのは、女の子にラップで何を歌わせるかということでした。男だとどうしても夢だとかメイクマネーだとかビッグになってやるぜみたいなことを考えるし、実際にボクも以前はそんなことを考えていました。でも20代で働いている女性はもっと現実的ですよね。結婚や出産という問題もある。『SR1』もそうですけど、ボクが「こういうラップをやりたい」と大まかな歌詞を書いて、ラップ監修の友人に見てもらって直してもらうというスタイルで作っているんですが、今回はその友人と悩みながらのラップ作りでした。ラップはやはり『SR』シリーズの肝。台詞では言えないことをラップにして言うというのが一番大事な部分ですから。ラップがある程度できたとき、「あっ、映画が見えてきた!」と思いましたね。
で注目された山田真歩が主演。実家暮らしの
アユム(山田真歩)は高校時代の輝きを取り
戻そうと、女性ラップグループ
「B-hack」を再結成する。
――女性キャストたちは、あえてルックス的にイマイチな子たちをオーディションで選んでますよね?
入江 イマイチというと彼女たちに申し訳ないです(苦笑)。
――失礼しました! ちょっぴり垢抜けない子たちですね。
入江 そうですね、”グンマ感”のある子たち(笑)。オーディションには美人な子も来てましたけど、群馬を舞台にした作品なんで垢抜けた子じゃリアリティーが出ませんから。まぁ、グンマ感があるという理由で選ばれて、彼女たちはうれしいかどうか分かりませんけど。でも、”生活に根づいた美しさ”ってあるじゃないですか。その部分を出したかったんです。他の監督の映画でも最初は微妙だなぁと思っていた女の子が段々とかわいく思えてくる映画がボクは好きなんです。『SR1』のみひろも最初はダサい服装なんですけど、最後はかっこよく見えるようにしていますしね。
■タケダ先輩の伝説ライブとエンディングは追加撮影
――『SR1』がヒットしたことで、『SR2』の製作環境はずいぶん変わりましたか?
入江 製作体制という点では、基本的にほとんど変わってないですね。『SR1』の撮影初日はボクが録音マイクを持ったりしてましたけど、『SR2』はスタッフの人数が2~3人増えたぐらいです。ほとんどのスタッフが半分アマチュアです。ただ『SR1』のときは撮影場所を借りるのに、深谷市のフィルムコミッションに脚本を見せたところ、「こんな地元をバカにした作品に協力できない」と言われたんです。結局、その人は完成した『SR1』を観て泣いてましたけど(笑)。でも、やっぱり脚本だけでは一般の人には理解しづらいし、ラップの歌詞だけ読むと地元をバカにしてるとしか思えないでしょうし、登場人物はどんどん地元を離れて東京に出ていきますしね。そういう意味では『SR1』が完成していたのは大きかった。『SR1』のときのような反対には遭いませんでしたね。クライマックスシーンの法事に出席しているオジサンたちはみんな地元の人たちなんです。
――『SR1』のラストは奇跡のような感動的シーンでした。『SR2』でも同じように長回しでのラップバトルが繰り広げられますが、よくぞ思い切って挑みましたね。まさか2度目の奇跡が起きるとは……。
を意識した「B-hack」のメンバー集合
シーン。NYにはない群馬女の生き様をお見せ
します。
入江 『SR2』は、『男はつらいよ』(69~95)、『トラック野郎』(75~79)、『釣りバカ日誌』(88~09)シリーズみたいに前作を踏襲したかったので、『SR2』のラストも最初からラップで長回しと決めてました。でも、『SR1』に比べると登場人物がかなり増えてますから、撮影にはずいぶん時間がかかりました。10分ほどの長回しシーンですが、10回くらい撮り直しましたね。安藤サクラが途中5分くらい経ってから加わるんですが、これまで映画の撮影で緊張したことが一度もないと話すくらい度胸のある彼女が「初めて足が震えた」と言っていましたね。10回も撮り直すと、最後のほうはかなりのプレッシャーだったみたいです。プロデューサーには「撮り切れないと思った」と撮影が終わってから言われました(苦笑)。
――『SR1』のホロ苦い終わり方と違って、『SR2』は苦さの中にもちょっとした前向きさが感じられるエンディングですね。
入江 多分、エンドロール部分に映像を加えたからだと思うんです。少しだけ前作と変えたいなと思い、撮影が終わってからエンドロール部分のラストシーンを追加で撮影したんです。タケダ先輩の伝説のライブシーンもそうです。埼玉と群馬の県境の河川敷でエキストラを集めて雨を降らせて一度撮ったんですけど、編集していて絵がどうも足りなくて、撮影から2~3カ月経った11月の多摩川に、エキストラのみなさんにもう一度半袖姿で集まってもらいました。
――予算の限られた自主制作で、追加撮影は大変じゃないですか。
入江 でも、普通はできないことをやるのが自主制作の良さだし、こういう小規模の映画の良いところだと思うんです。メジャー作品ではできないことですよね。商業映画のプロデューサーだったら「これはちょっと」と言われるようなことでも、『SR』シリーズは自分が面白いと思ったことはドンドンやろうという意識なんです。
■入江監督の今、そしてこれからのこと
――『SR3』の企画を進めていたところ、『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールが鳴り止まないっ』を先に撮ることになったわけですか?
入江 そうです。プロデューサーから「神聖かまってちゃんで映画できない?」と言われて、まぁ『SR3』は別に遅れても問題はないので『劇場版 神聖かまってちゃん』の脚本を書き始めたんです。でも昨年の春から脚本を書き始めたんですけど、予算が限られていたこともあり、「この内容では決められた日数内で撮り切れないよ」と脚本を19稿くらいまで書き直す作業が続きましたね。
の実家に泊まりながら、群馬&埼玉で撮影。
入江監督が用意したラップをキャストが撮影
ギリギリまで自己流に手直しする作業が続いた。
――『劇場版 神聖かまってちゃん』は製作委員会方式で作られましたが、その点は問題なかった?
入江 プロデューサーが6人いて、それぞれやりたいことが少しずつ違ったりはしました。でも、全員がかまってちゃん好きだったので一体感があり、別にその点は大丈夫でしたね。ただ製作委員会方式といっても、低予算で作っていたので撮影日数が10日間と限られていたのがキツかった(苦笑)。
――入江監督は現在もロングラン上映中の『劇場版 神聖かまってちゃん』の舞台あいさつにも精力的に参加していますが、その一方で入江監督が2010年5月23日のブログで書いた記事「なぜか東京を去る理由」(http://blog.livedoor.jp/norainufilm/archives/51672315.html)が大きな反響を呼びました。自分の作品が評価されて各地で劇場公開され、取材や舞台あいさつにマメに対応すればするほど、自分の仕事ができなくなり生活が苦しくなるというジレンマ。その後、多少なりとも状況に変化はありましたか?
入江 う~ん、そんなに反響がありましたか? あの頃、単純に自分が映画の宣伝に追われて仕事をしてなかったってことなんですよね(苦笑)。ただ、自分と同じようにインディペンデント映画を作っている若い監督たちに「自主映画を劇場公開すると、こんなことも起きるよ」という事実を共有したかったんです。でも若い監督たちは自分の作品を作るので精一杯なんで、特にボクの記事に対する反応はなかったですね。ボク自身は『SR2』を完成させた後、『SR1』を観てくれたプロデューサーからオファーをもらい、WOWOWのドラマ『同期』の演出をしました。今年に入って、AKB48のユニットnot yetのPVや、フジテレビ系で放映されたドラマ『ブルータスの心臓』を撮っています。でも、映画業界そのものは『SR』シリーズを作り始めた頃と全然変わってないと思いますね。
――入江監督個人の経済状態を訴えたわけじゃなく、インディペンデント映画シーンの現状について一石を投じたかったわけですよね。
入江 そうです。自主制作で映画を作って、それが都内で単館上映されるだけでもすごくうれしいんです。このように取材してもらえることも自主映画だとなかなかないし、舞台あいさつにも積極的に参加するわけです。でも地方の劇場へ舞台あいさつに出掛けると、劇場側は交通費は出してくれますけど、その日1日は仕事を休むことになる。パブリシティーに協力すればするほど仕事ができなくなる。映画を作り、劇場公開する環境がどうにか今より少しでも好転しないかと思います。自主映画が単館で上映されるだけでも大変ですが、それを全国公開にまで持っていき、製作費をペイするのは容易なことではありませんから。
――具体的な解決案は考えられるものでしょうか?
入江 いや、それは分かりません。製作者、それに配給、宣伝、劇場……と、それぞれがそれぞれの立場でしっかり考えてもらうしかないですね。でも各地の映画館を回っていて、支配人の方たちと話していると参考になります。特に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)、『キャタピラー』(10)をヒットさせた若松孝二監督の話はいろいろと聞くので、すごく勉強になりますね。若松監督は自分のやりたい企画はどうすれば成立するか常に考えている人。自分で製作するだけでなく、自分で配給までやっていますよね。ボクも若い監督から「自主映画を劇場で掛けたい」と相談されたら、自分が『SR』シリーズで学んだことは惜しみなく伝えたいと思っています。
――入江監督も若松監督のように自主制作を続けていく?
入江 自主制作でなく、製作委員会方式でもいいんですけど、制約なしで作れる、自分の原点に戻れる場所は作っておきたいです。スティーヴン・スピルバーグ監督も自分で会社「ドリームワークス」を立ち上げて映画を作っているので、あれも一種の自主制作ですよね。ジェームズ・キャメロン監督の『アバター』(09)もそう。時間と手間を掛けた壮大な自主映画のモデルが日本でも実現するといいなとは思いますね。
――『SR』シリーズは全都道府県を制覇する構想もあるんですよね。
入江 はい。でも、よく考えたら、47都道府県を回り切る前に自分が死んじゃうなと(笑)。1年に1本ペースでも間に合わない。まぁ、夢としては短編でもいいから実現させたいですね。各地の映画館に舞台あいさつに行く際も、リサーチを兼ねて地元の名物を食べたり、現地の人の話を聞いたりしてるんです。映画に結びつくかどうかは分かりません。全都道府県巡りは、ほんと夢のような話ですから。
――最後に、『SR2』についてひと言お願いします!
入江 パート2といっても前作を観てなくても楽しめるようになっています。”サイタマ”や”ラッパー”というキーワードに抵抗を持たずに、まず気軽に観てほしいですね。『Sex and the City』の北関東版を狙ったので、ぜひ女性の方に観てもらいたいです。最初は『Sex and GUNMA』というタイトルも考えたんですけど、さすがにこれじゃお客さんが来ないだろうと思って自分でダメ出ししました(笑)。でも、女性の本音満載という点では『Sex and the City』にも全然負けてないと思いますよ。
(取材・文=長野辰次)
『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』
監督・脚本/入江悠 音楽/岩崎太整 ラップ指導/上鈴木伯周、上鈴木タカヒロ 出演/山田真歩、安藤サクラ、桜井ふみ、増田久美子、加藤真弓、駒木根隆介、水澤紳吾、岩松了 発売・販売元/アミューズソフト 税込価格/3,990円 6月24日(金)よりDVDリリース <http://sr-movie.com>
●いりえ・ゆう
1979年神奈川県生まれ、3歳から埼玉県深谷市で育つ。日本大学芸術学部映画学科卒業。SFロードムービー『ジャポニカ・ウィルス』(06)で長編監督デビュー。『SR サイタマノラッパー』(09)はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009オフシアター・コンペティション部門グランプリ受賞。さらに韓国プチョン国際ファンタスティック映画祭で最優秀アジア映画賞、第50回日本映画監督協会新人賞受賞。『SR』北関東シリーズ第2弾『SRサイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム』(10)に続いて、『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールが鳴り止まないっ』も全国各地でロングラン上映を続けている。2011年にはWOWOWでドラマW『同期』(8月5日DVDリリース)、フジテレビ系で東野圭吾原作のミステリー『ブルータスの心臓』の演出を務めた。AKB48の新ユニット「Not yet」のシングル「週末Not yet」のPVの演出も担当。
SATCに共感できなかった方へ。
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