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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.125

ナタリー・ポートマン vs. ヘビメタ野郎 人気女優の隠し球『メタルヘッド』

metalhead01.jpgメタリカが楽曲提供している『メタルヘッド』。
ナタリー・ポートマンの初プロデュース作なのだ。
(c)2010Hesher Productions,LL

 アスリートでいえば”ゾーン状態”に入っているのだろう。今年のアカデミー賞主演女優賞を受賞したナタリー・ポートマンが絶好調だ。仕事に追われている研修医が幼なじみとセックスフレンド契約を結ぶエロチックコメディー『抱きたいカンケイ』がこの春スマッシュヒットし、『ブラック・スワン』もオスカー受賞効果で絶賛ロングラン公開中。7月2日(土)より公開されるSF大作『マイティ・ソー』ではアメコミ世界にシェークスピア劇っぽい格調を与え、継母役を演じた感動の家族ドラマ『水曜日のエミリア』も同日公開。スクリーンごとに様々なナタリー・ポートマンがいる。『ブラック・スワン』で共演したフランス人振付師ベンジャミン・ミルピエと出来ちゃった婚し、6月にめでたく出産。公私ともにイケイケでアゲアゲ。そんなナタリー・ポートマン出演作の中で最も異彩を放っているのが、6月25日より公開中の『メタルヘッド』。新人監督スペンサー・サッサーの長編デビュー作である本作で、ナタリー・ポートマンは助演&初プロデュースを買って出ている。

 メタルヘッドと聞いて、「ヘビメタ映画かよ」と思った人はご明察。不景気な小さな街に大迷惑なヘビメタ野郎が流れてきて、ひと騒ぎ起こす物語なのだ。母親を交通事故で亡くして塞ぎ込んでいる少年TJ(デヴィン・ブロシュー)の家に、ヘッシャー(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)と名乗るヘンテコなヘビメタ野郎が勝手に上がり込んできて、居候を決め込む。このヘッシャーなる男、パンツ一丁で家の中をうろうろし、近くの電柱によじ登り、無断でケーブルをいじって有料のアダルトチャンネルを見放題にしてしまう。誘ってもいないのにテーブルに着いて晩飯を食べ出す。ガレージでヘビメタ音楽を大音量で流す。少年TJは口あんぐり。しかも、趣味はお手製の爆弾づくり。見るからにヤバい人なので、怖くてお引き取り願えない。同じ居候でも、『侵略!イカ娘』(テレビ東京系)のようなかわいげはまったくないでげそ。

metalhead02.jpg他人の家に上がり込んで勝手にメシを喰う
ヘッシャー。『(500)日のサマー』(09)
のジョセフ・ゴードン=レヴィットが主演。

 普通ならTJの父親(レイン・ウィルソン)が「なんだ、お前は!?」とヘッシャーを追い出すところだろうが、TJの父親も愛妻を事故で亡くしたショックから立ち直れずに、精神安定剤を服用して目をトロンとさせたまま。ヘッシャーを追い返す気力はなく、まったく頼りにならない。家主であるTJの祖母(パイパー・ローリー)はヘッシャーのことを「TJの新しいお友達」と思って、いそいそと食事の用意をしている。お~い、見ず知らずのヘビメタ野郎が家の中を侵略していることに気付けよ。そうでなくてもTJは母親の不在が受け入れられない上に、学校では悲惨なイジメに遭っているのに。もうこれ以上、トラブルは増やしたくない。TJは「ひょっとしてヘビメタ野郎はワルぶっているだけで、実はイイ人なのでは?」と思ってみたりするけど、イジメの実態を知ったヘッシャーは火に油を注ぐ始末。こいつはヘビメタ野郎どころか、人の不幸を楽しんでいる悪魔野郎だよ。TJは決心する。もう誰も頼ってはダメだ。子どもだろうが喪中だろうが、自分の力で降り注ぐ火の粉は振り払わなくてはいけないのだと。

 本作で初プロデュースを経験したナタリー・ポートマンは、近所のスーパーマーケットでレジ打ちしている冴えない女・ニコール役で助演。ニコールは真面目さだけが取り柄のメガネブスというキャラクターだ。スーパーマーケットの駐車場でTJがイジメられているのを見て、子どものケンカに割って入る。多分、学生時代は副生徒会長か何かだったんだろう。品行方正で通した学生時代はそれなりに夢を抱いていたのかもしれないけど、学校を出てみたら就職先がまるでない。食べていくためにスーパーマーケットで働いているが、もっと働いて稼ごうにもワーキングシェアで勤務時間を増やすこともできない。恋人いない歴も更新中。できることといえば、イジメに遭っている少年を一時的に助けたことぐらい。ニコールは自分が何のために生きているのかさっぱり分からない。そんなところに現われたのが、悪趣味で下品でマナーのマの字も知らないヘビメタ野郎のヘッシャーですよ。TJを引き連れて登場したヘッシャーの傍若無人ぶりは、清く正しく細々と生きてきたニコールには衝撃的だった。自由気ままに一人で生きているヘッシャーの裸姿に、ニコールは心の奥で「きゅん」と感じちゃう。

metalhead03.jpgヘビメタ野郎のヘッシャーはすぐ上半身裸に
なる。お前はジャニーズか。お腹には趣味の
ワルいイカれたタトゥーあり。

 主人公が自分とは異なる境遇で育った他者と出会い、新しい価値観に揺さぶられていく。映画における王道的ストーリーだ。『男はつらいよ』(69)の原型となった山田洋次監督の『なつかしい風来坊』(66)、森田芳光監督のブレイク作『家族ゲーム』(83)、井筒和幸監督の大ヒット作『パッチギ!』(05)もそうだ。『キック・アス』(10)のクロエ・グレース・モレッツ主演でリメイクされたスウェーデン産のヴァンパイア映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)、SFバディムービー『第9地区』(09)もしかり。”ハリウッドの良心”クリント・イーストウッドの主演作&監督作の多くは『グラン・トリノ』(08)をはじめ、他者との出会いをテーマにしている。もちろん他者との出会いがすべてハッピーエンドとは限らない。『硫黄島からの手紙』(06)のような歴史的悲劇を招くことが多々ある。それは他者との出会いが想像以上のエネルギーを生み出すからだ。

 他者の存在を認めることで、はじめて自己が確立される。だが、他者を受け入れる際に、自分の都合のいい部分だけを受け入れるわけにはいかない。ヘビメタ野郎のヘッシャーからヘビメタ音楽を取り上げれば、ただのつまらない腑抜けた男になってしまうだろう。他者をそのまま受け入れることは、自分自身を全肯定することでもある。ただし、受け入れる側に体力と気力がないと、他者に自分の存在を飲み込まれてしまう。

 TJやニコールはヘビメタ野郎のヘッシャーと出会うことで、ままならない現実社会に絶望するのではなく、ままならない現実社会を受け入れて生きていくために必要なものを学んでいく。周りから嫌われないように静かに大人しく生きていくのではなく、嫌われてもいいからフルボリュームでギュインギュインいわせて生きてみろよ。鼻つまみ者のヘッシャーは、イカした悪趣味な置き土産を残して小さな街を去っていく。彼の正体は誰も知らない。
(文=長野辰次)

metalhead04.jpg
『メタルヘッド』
製作・監督・脚本・編集/スペンサー・サッサー 出演/ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ナタリー・ポートマン、レイン・ウィルソン、デヴィン・ブロシュー、パイパー・ローリー 
配給/フェイス・トゥ・フェイス+ポニーキャニオン 6月25日よりシアターN渋谷ほか全国順次ロードショー公開中 <http://www.metalhead-film.com/>

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●深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】INDEX
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[第121回]理想と情熱がもたらした”痛い現実” 青春の蹉跌『マイ・バック・ページ』
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[第3回]水野晴郎の遺作『ギララの逆襲』岡山弁で語った最後の台詞は……
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最終更新:2012/04/08 22:39
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