「”生命”は維持できても”人生”は奪われている」いまも南相馬市に暮らす住民の訴え
#雑誌 #出版 #元木昌彦 #週刊誌スクープ大賞
第1位
「私は放射能から逃げない」(「週刊現代」7月2日号)
第2位
「我が子を守る[『放射能汚染』解毒法」(「サンデー毎日」7月3日号)
第3位
「やめたくないよー、菅直人は僕の前で泣いた」(「週刊現代」7月2日号)
政治家が口を開くとき、そこには何らかの思惑がある。石井一なんて爺さんは海千山千のたぬきである。自分の前で菅直人が泣きながら「辞めたくない」と言ったと明かすのは、自分がそれほどの大物であると見栄を張るだけではなかろう。第3位は「現代」の、なかなか奥が深そうな面白いインタビューである。
石井は、不信任決議案が否決されたのだから、菅は辞める必要がないと言い切り、7月から8月ころまでは続投すると言う。
震災復興の遅れや原発事故の対応の不手際があるではないかという聞き手に対して、石井は、被災地のガレキが片付かないのは処分する場所がないからで、仮設住宅が足りないのも、建設用地が限られているからだと突き放す。
原発問題にしても、誰が総理をやったって放射能がすぐ止まるわけではないのだから、菅が悪いわけではない。従って、辞める必要はない。
だが、彼の言いたいことは他にある。小沢派を敵に回す菅のやり方はまずかったとし、これからは党内融和を進め、マニフェストを見直し、野党自民党に迎合することなく、政策を貫き通して、その先、総選挙をすればいいと語る。
もちろん、そこまで菅がやるわけではなく、遅くとも8月ごろに菅が辞め、しかるべき人材を選ぶべきだと言うが、彼の本意は、次の言葉にあるとわたしは見た。どうだろう。
「今後の1年は、暫定の震災復興特化内閣になるわけです。本当はこういう時、小沢一郎氏が党内では最適な人材なんです。混乱期こそ、小沢氏の出番です」
水谷建設から1億円の資金提供うんぬんの話があるので、求心力は低下しているが、いま必要なのは、ああいう腕力のある人材なんですとも言い添えているのは、ここは小沢しかいないというメッセージであろう。
混迷する民主党をまとめるためには、ポスト菅は小沢か、小沢が無理なら、小沢がウンという操り人形を担ぐしかない。そうして自分の影響力を温存したい、それが本心ではないか。
民主党副代表の思惑を忖度しながら読んだ。久しぶりに面白いインタビューである。
さて、20日、政府の原子力損害賠償紛争審査会は、東京電力の原発事故で避難した住民に対して、彼らが被った精神的苦痛に対する賠償額を1人当たり月額10万円とすることを決めた。避難所に避難した人には、より苦痛が大きいとして2万円を加算するという。
この記事を読んで無性に腹が立った。原発事故の収束がいつとも分からない中で、住民たちは住むところを追われ、不安な日々を過ごしているのである。
賠償はもちろんのことだが、住民が知りたいのは、自分の家にいつ帰れるのか、昔の生活を取り戻せるのかであろう。そうしたことには何も答えず、おカネを配るから我慢してなさいという態度を、傲慢と言わずして何と言う。
浜岡原発を停止させた舌の根も乾かないうちに、各地の原発を再稼働させると言って恥じない菅総理という人間に、ゾッとするほどの冷たさを感じるのは、私だけだろうか。
2位に挙げた「サンデー毎日」の記事は、リンゴにセシウムを排出する効能があるとか、ストロンチウムの吸収率を下げるのにはスキムミルクがいいという、失礼だが、気休めにしかならない記事である。
だが、この中のコラム、鎌仲ひとみという映画監督の言葉を伝えたくて、これを選んだ。彼女は原発問題にも詳しいようだが、その彼女がこう言っている。
「1998年、映画の撮影で訪れたイラクで見つけた劣化ウラン弾の放射線を測ると、毎時3.37マイクロシーベルトでした。福島市の小学校の校庭などで計測された線量とほとんど変わりません。白血病になったイラクの子どもたちは、日々の何気ない暮らしの中で少しずつ被曝していった。倒れるまで元気に走り回っていたのです」
「現代」の「本誌が独自調査 日本全国隠された『放射能汚染』地域」によれば、千葉県の流山市や柏市の公園では、それぞれ毎時1.88マイクロシーベルト、毎時1.08マイクロシーベルトが計測されている。
汚染は確実に広がり、放射性物質が子どもたちの口や鼻から吸い込まれ、内部被曝している可能性が高い。国が、直ちに影響はないと言い続けても、年間被曝量を1ミリシーベルトから突然20ミリシーベルトに上げてしまう国など、信用してくれと言う方が無理というものだ。
ところで今週の「ポスト」は、放射能に関する特集は1本もない。安全デマを流す雑誌と言われても、ことさら恐怖をあおる報道はやらないという一貫した編集姿勢には敬意を表する。
だが、どこまでの放射線量なら安全なのかが分からない現段階では、正しいパニックを起こすのは、特に、小さな子どもを持つ親なら仕方ないのではないか。私が聞いた話では、都内に住む妊婦が関西の方へ移ってお産をするケースが増えているという。
国や大メディアは真実を伝えていないと多くの国民が感じている。そして日本人は歴史に学ばない。「朝日」の中で、原爆症訴訟の証人・物理学者矢ヶ崎克馬氏がこう言っている。「私たちの社会は、広島と長崎の被爆者の訴えを、ないがしろにしてきたように思います。その延長線上に今回の事故があります」
今週の第1位は、「現代」の記事。南相馬市に住む佐々木孝さん(71)は、スペイン思想研究家である。彼の家は原発から25キロ圏内にあり、緊急時避難準備区域にされているが、今も認知症の妻とそこで暮らしている。
彼が反原発なのはもちろんだが、今回の事故後の行政の対応には問題があると憤っている。
原発から同心円で根拠のない線引きをされ、子どもや妊婦、要介護者や入院患者は、この区域に住むなと言われて追い立てられたが、実際に避難した老人や病人はひどい目に遭った。
「患者たちがカルテも付けずに搬送され、十数人が亡くなっている。こうなると医師法違反どころじゃない。もっと重い犯罪ではないか」
避難した人の中には、福島市や郡山市に避難した人もいるが、そこは南相馬市より放射線量が高いのだ。
そこで、知人が南相馬市役所の職員に、なぜこっちが緊急時避難準備区域に指定されているのかと聞くと、向こう(福島市や郡山市)を指定すると、ここの何十倍の住民を動かさねばならず、混乱に陥るからだと、逆ギレされたそうだ。
動物の鼻面を引きずり回すように、国民にあっちへ行け、こっちへ行けと命じる政治家や役人に腹立たしいと言う。
「彼らがやっているのは、民主主義でも何でもない。人間の自由というものを認めていない。それへの怒りもあって、私は避難を拒否しているのです。(中略)しかし彼らは、もっと大事なことがあることを知りません。命を英語で『ライフ』というでしょ。この『ライフ』なる言葉の意味には、生物学的な『生命』と、『人生』の二つがある。大切なのは、前者より後者です。それは、すべての生物が『生命』を持つのに対し、『人生』を持つのは人間だけだからです。避難を余儀なくされた人も、飯舘村など高い放射線量を記録している土地の人も、『生命』を維持できていますが、『人生』は奪われている。そこが彼らの悲劇なんです」
佐々木さんはかつて東京に住んでいたが、南相馬に帰省すると、原発建設で町が潤い、開拓時代のアメリカ西部のように賑やかだった。東電のカネで立派な施設がつくられ、住民にはよくお小遣いが配られていたという。
地元の有力者や町村の首長たちは、おおむね原発推進の先頭に立っていたのに、事故が起きると一転して被害者のような顔をしていることにも怒る。
「彼らはまず、自分たちの不明を詫びるべきです。しかし、みんな被害者になり、誰も責任を取らない。日本人の悪いところです。こんなことをやっているから、政治がまったく国民と向かい合わないのです」
佐々木さんが南相馬に越してきたのは妻の認知症が進んできた02年ごろから。すべて、彼が世話をしなければならなくなった。そして原発事故が起きた。もうジタバタせず、認知症の妻と一緒に、逃げずに自宅にとどまろうと決めた。
家の中はもちろん、外へ出るときも必ず妻と一緒だ。
「そうすると不思議ですね。人間、言葉や記憶を失ってもどうってことはない、と思えてきます。『認知できるかどうかなんてたいしたことではない。人間は存在するだけで意味があるんだ』と妻に教えられるんですね」
いまは、福島原発を全廃して、浜通りの美しい海岸を取り戻すために尽力したい、そう思っていると話す。この人に一度会って、話を聞いてみたい。そう思わせる、ひと味違うインタビューである。
(文=元木昌彦)
●元木昌彦(もとき・まさひこ)
1945年11月生まれ。早稲田大学商学部卒業後、講談社入社。90年より「FRIDAY」編集長、92年から97年まで「週刊現代」編集長。99年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長を経て、06年講談社退社。07年2月から08年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(2006年8月28日創刊)で、編集長、代表取締役社長を務める。現「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催、編集プロデュースの他に、上智大学、法政大学、大正大学、明治学院大学などで教鞭を執る。
【著書】
編著「編集者の学校」(編著/講談社/01年)、「日本のルールはすべて編集の現場に詰まっていた」(夏目書房/03年)、「週刊誌編集長」(展望社/06年)、「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社/08年)、「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス/08年)、「競馬必勝放浪記」(祥伝社/09年)、「新版・編集者の学校」(講談社/09年)「週刊誌は死なず」(朝日新聞社/09年)ほか
生易しいことじゃない。
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