「受け身が怖い、攻防の展開を記憶できない……」元力士のプロレス転向を阻む高い壁
#大相撲
「やってみたかったけど、あきらめました……」
男は大きな体を小さく丸めてため息をついた。彼は、少し前までは”関取”と呼ばれていた。八百長騒動で引退を余儀なくされた元力士の1人なのである。
断念したのはプロレスラーへの転向だ。八百長騒動で名前が挙がる前から「もしかしたら自分も処分されるかもしれない」とは思っていたそうだが、騒動の渦中にあるプロレス団体の元力士レスラーから誘われて「思い切ってやってみよう」とその気になっていたのだという。
「プロレスがあるから相撲はやめてもいいやと最初は開き直っていたんですよ」
プロレスにはそれまでまったく興味がなかったという元力士だが、実際にはプロレス転向は思っていたほど甘くなかったという。
「道場に呼んでもらって、とりあえず基本的な練習をしてみろということになりました。受け身とロープワークができれば、ある程度は何とかなるからって言われて……」
身を丸くして横転するのは相撲のぶつかり稽古でも長年やってきた基礎で難なくこなせたというが、難しかったのはラリアットなどをやられたときにそのまま背後に倒れる後ろ受け身だった。
「立った状態から後ろに倒れるのが何回やっても怖いんです。それで、つい尻もちのように倒れてしまって。柔らかいマットを敷いてもやっぱり同じで」
さらに、そこから立ち上がる動作も苦手だったという。
「プロレスは起き上がる向きとかも決まっていて、右から! と言われても左から起き上がってしまったり、素早くサッと起き上がれず、また尻もちをついたり……。自分は相撲以外の運動神経がないのかもしれません」
その後、ロープに跳ね返る反復練習をしたが、これも背中に激痛が走って断念した。
「指導してくれた若いプロレスラーには、試合になったら10分とか20分とか攻防の展開を全部記憶してその通りにやらなくてはいけないって言われて、そういうのを記憶するのも無理だと思いました」
その後、他の引退力士と一緒にプロレス観戦したが、実際の試合を見て「こんなものオレにはできない」とあらためて認識。団体側には断念することを伝えたのだという。
「その後、ある格闘技の団体から”テキトーに負けてもらっていいから一度だけ出てくれ。練習しなくてもいいから”なんて誘いがありましたが、みっともない見せ物に使われるのは嫌なので」(元力士)
結局、いまだ次の仕事が見つかっていないという元力士。インタビューを終え少ない謝礼を受け取ったときにはつい「ごっちゃんです」と言ってしまい笑ったが、自転車に乗って去る後ろ姿には悲哀が漂っていた。
(文=木場田)
ふむふむ。
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