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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.117

“セカイ”を旅立った少女の地底探検記 新海誠監督の新作『星を追う子ども』

hoshiwooukodomo01.jpg地下世界”アガルタ”を旅するアスナ(声:金元寿子)とシン(声:入野自由)は
異形の神”ケツァルトル”に遭遇する。
(c)Makoto Shinkai/CMMMY

 アニメ界の物静かな革命児・新海誠監督。29歳のときに発表したデビュー作『ほしのこえ』(02)は、脚本・作画・編集と全てひとりで手掛け、アニメーション=大人数を仕切って商業ベースで作るもの、というそれまでの常識を大きく覆してみせた。その後、『雲の向こう、約束の場所』(04)、『秒速5センチメートル』(07)ではスタッフの人数は増大したものの、”セカイ系”とも呼ばれる独自の作家性は薄れることなく、しっかりキープしている。新海作品は一貫して、”心の距離”がテーマだ。太陽系外にまで行ってしまった同級生の女の子と携帯メールでやりとりをする『ほしのこえ』をはじめ、新海作品の優しい主人公たちは、離ればなれになってしまった、かつて心を共鳴させあった相手を想い続ける。4年ぶりの劇場公開作『星を追う子ども』では、主人公・アスナの初恋の相手・シュンは、若くして死後の世界へと旅立った。”死”という重い現実が2人の間を大きく隔てる。それでもアスナは、もう一度シュンに逢いたいと願う。アスナは地下に隠された黄泉の世界へと降りて行く。

 モノローグが多用される穏やかな印象の強い新海ワールドだが、今回は壮大さを極めた大冒険ファンタジーとなっている。たった1度逢っただけのシュンのことが忘れられない中学生のアスナは、死んだ妻を想い続ける教師のモリサキと共に、”アガルタ”と呼ばれる地下世界へと向かう。それこそ三途の川を渡って。”アガルタ”には人類が失ってしまった英知が今も残され、どんな願いも叶うという。アスナとモリサキ、さらに死んだシュンと瓜二つの弟シンが交わり、異形の神々ケツァルトルや闇に生息する夷族たちと遭遇しながら、秘境の果てを目指して進む。

hoshiwooukodomo02.jpgアスナにとって初恋の相手であるシュン。アスナ
の父親の形見の鉱石ラジオをきっかけに2人は心を
通わせる。

 アスナが暮らす田舎町の牧歌的な風景や”アガルタ”に広がる神秘的なパノラマは、新海作品ならではの美しさ。その中でおやっと思わせるのが、アスナにとって命の恩人であり、初恋の相手となるシュン。スタジオジブリ作品に出てきそうな、ヒーロー然としたイケメンくんだ。声優には『千と千尋の神隠し』(01)でハクを演じた入野自由を起用していることから、たまたまではなく意図的なキャラクター造形であることが分かる。その一方で、古事記に登場するイザナギの”黄泉下り”をモチーフにした伝奇的ストーリーと異形の神々たちの存在は、カルト漫画家・諸星大二郎の『暗黒神話』『妖怪ハンター』などを彷彿させるオドロオドロしさがある。宮崎駿アニメの口当たりの良さと諸星大二郎のダークさをブレンドさせた新種のカクテルを飲み干すかのような気分。不思議な酔い心地の中で、死んだ人間に再会したいというアスナとモリサキの切実さが強烈なキックを放つ。

hoshiwooukodomo03.jpg中学校の教師・モリサキ(声:井上和彦)と共に、
アスナは地下世界を目指す。日本神話、ギリシャ
神話を彷彿させる展開だ。

 人間は死んだらどうなるのか? ”死”を考えることは決してネガティブなことではなく、”生”を突き詰めて考えている人間なら必ずブチ当たる命題だろう。人が死ぬということはどういうことなのか? 死んだ人間は完全に消滅してしまうのか? 死んだ人とは2度とコミュニケーションすることはできないのか? 人間が生きている間には決して正解が得られない難問に対して、新海監督はアニメーションというフィクションの世界の中で、果敢にその回答を導き出そうと試みる。イマジネーションの最果てまで行き着けば、人知を超えた答えが見えるのではないかと。静かなる革命児・新海監督ならではの大いなる実験旅行だ。最果ての地に辿り着くためには、セカイ系と揶揄されようが、既成のアニメーションやコミックからの拝借物だろうが、全てを燃料に換えて、前へ前へと進まなくてはならなかったに違いない。

 4月26日、『星を追う子ども』の完成披露試写会が有楽町「よみうりホール」で行なわれた。舞台挨拶に登壇した新海監督は、本作には明確な元ネタがあることを明かしている。

新海「劇場パンフにも書いたんですけど、本作のいちばん最初のきっかけは、小学生のときに読んだ小説で、地下世界アガルタという言葉はそのとき知ったんです。でも、小説の途中で、作者が亡くなって、未完で終わってしまった。他の作家の手で補完した形のエンディングが書かれていたんですが、当時10歳だったボクは”どうも違うな”と思ったんです。自分なら、どんな物語が読みたいかをずっと考えました。また、その小説に触れることで、人が死ぬということはどういうことなのかも考えました。ずっと続けてきたことが途中で終わってしまうということが、人が死ぬということなんだと、子どもの頃に感じたんです」

hoshiwooukodomo04.jpgアガルタの空を飛び交う巨大な船”シャクナ・ヴィ
マーナ”。どうやら、あの世とこの世を結んでい
るらしい。

 新海監督が元ネタだという児童小説(乙骨淑子の『ピラミッド帽子よ、さようなら』)は『星を追う子ども』と設定や登場人物はまるで違うが、地球空洞説に基づいた”アガルタ”と呼ばれる地下世界での冒険談となっている。アガルタには地上の人類を上回る高度な文明が古代より続き、”ビマーナ”という名の飛行艇が地底世界の空を飛んでいる。小学生だった新海監督は、ワクワクしながらその小説のページをめくり、いつか自分も”未知なる世界”アガルタに行ってみたいと思ったのだろう。

 では、どうすれば、アガルタの扉を開けることができるのか。大人になった新海監督は、少年時代に頭の中に広がっていたイマジネーションの世界を自分の手でアニメーションにすることで実像化してみせた。そしてそのイマジネーションの世界を全力で突き進むことで、地底の黄金郷・アガルタに辿り着くことに成功した。アガルタに行けば、どんな願いも叶うという。死んだ人間にさえ、再会させてくれるらしい。心の中に巣食う喪失感さえ、埋め合わせてくれるらしい。5月9日、そのアガルタの扉が開く。あなたなら、何を願うだろうか?
(文=長野辰次)

hoshiwooukodomo05.jpg

『星を追う子ども』
原作・脚本・監督/新海誠 作画監督・キャラクターデザイン/西村貴世 美術監督/丹治匠 音楽/天門 声の出演/金元寿子、入野自由、井上和彦 配給/メディアファクトリー、コミックス・ウェーブ・フィルム 5月7日(土)よりシネマサンシャイン池袋、新宿バルト9ほかにて全国ロードショー
http://www.hoshi-o-kodomo.jp

秒速5センチメートル

圧倒的な情景、情景。

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最終更新:2012/04/08 22:52
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