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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.115

恋愛が与える”陶酔”とリアルな”痛み”サブカル活劇『スコット・ピルグリム』

sukopi01.jpg演奏力に難があるものの、”理想の女性”ラモーナへの愛情パワーで、
スコット(マイケル・セラ)はバンドバトルを勝ち抜いていく。
(c)2010universal studios.AII RIGHTS RESERVED

 真実の愛を求めて、さまよい続ける現代のピルグリム(巡礼者)たちの物語である。表向きはアクションコメディというスタイルをとっているが、ギャグと恋愛バトルの狭間に意外な深遠さが潜む。小難しい心理学用語や哲学用語を使うことなく、もっと身近なロックやビデオゲームをモチーフに、生身の人間を愛するがゆえに悩み、傷つきながらも、現実の世界に向き合うことを覚えていくオタク青年たちの姿が描かれる。それがエドガー・ライト監督の『スコット・ピルグリムvs.邪悪な元カレ軍団』だ。『スーパーバッド 童貞ウォーズ』『JUNO/ジュノ』(07)でヘタれ青年を演じたら全米いちの座に輝いたマイケル・セラを主演に起用し、レディオヘッドのプロデューサーとして知られるナイジェル・ゴッドリッチが音楽を担当、主人公たちのバンドの劇中曲をベック(ベック・ハンセン名義)が作曲。ゴージャスな”サブカル・オペラ”とでも称すべき世界が広がる。

 エドガー・ライト監督というと、ゾンビ映画に胸いっぱいの愛を注ぎながらも、ダメ男同士の泣かせる友情ものに仕立ててみせた『ショーン・オブ・ザ・デッド』(04/日本ではDVDスルー)で注目を集めたイギリスの俊英。続く『ホット・ファズ 俺たちスーパーポリスメン!』(07)は、『男たちの挽歌』(86)、『ハートブルー』(91)といったB級アクション映画への限りない愛情の結晶体として作られ、国籍を問わず世界中で大ヒット。08年に日本でも遅ればせながら劇場公開された。その後、”映画オタク”の兄貴分であるクエンティン・タランティーノ監督の豪邸に居候するなど米国で活動するようになり、本格的ハリウッド進出第1作となったのが『スコット・ピルグリムvs.邪悪な元カレ軍団』。本作にもB級映画と同じくらいエドガー監督が大好きなロック、コミック、ビデオゲームへのディープな愛が隅々にまで詰まっている。川島なお美の体はワインでできているそうだが、エドガー監督は骨の髄までサブカル魂が宿っているのだ。

sukopi02.jpgNYからトロントにやってきたラモーナ(メア
リー・エリザベス・ウィンステッド)。
彼女をゲットするには7人の元カレを倒さ
なくてはいけない。

 トロントに住む22歳のスコット・ピルグリム(マイケル・セラ)が主人公。無職で、ホモホモな友達のアパートに居候している身だが、ロックバンド”セックス・ボブオム”のベーシストとして地元のライブハウスで地道に活動中。最近は17歳の中国人女子高生ナイブス(エレン・ウォン)と交際を始め、ゲームセンターで「ニンジャ ニンジャ レボリューション」を一緒に楽しむという、それなりにリア充生活を送っていた。ところがNYから来た”運命の女性”ラモーナ(メアリー・エリザベス・ウィンテッド)と出会ったことから、スコットのハッピーでサイアクな日々が始まる。ムリめな女ゆえに、玉砕覚悟でデートを申し込んだら、あっさりとOK。どうやら、ラモーナは失恋の痛手を冷ますため、トロントにやってきたらしい。ナイブスというガールフレンドがいながら、スコットは有頂天。ベース演奏も好不調の波が激しすぎ。そんなスコットを脅かすのが、ラモーナが過去に付き合った7人の元カレたちの存在だった。ま、美女と付き合うなら、誰しも気になる存在ですな。自分は果たしてラモーナの元カレたちよりイケてるのか? メジャーバンドで活躍するトッド(ブランドン・ラウス)やテクノユニットのカタヤナギ・ツインズ(斉藤祥太、斉藤慶太)、売れっ子音楽プロデューサーのギデオン(ジェイソン・シュワルツマン)らラモーナの元カレたちとタイマン勝負するハメに陥る。現代は決して平穏な時代ではない。イイ女を巡って、男たちが競い合う恋愛戦国時代なのだ。

 『ホット・ファズ』の日本公開時に来日したエドガー・ライト監督にインタビューする機会があった。エドガー監督の生まれ育ったイングランドの田舎町は、それこそ『ホット・ファズ』に出てくる『ウィッカーマン』(73)の孤島みたいな超保守的な町で、エドガー監督にとっては映画、ビデオゲーム、コミック、ロックに触れているときだけが自由に息をしていられる瞬間だったそうだ。妄想オタク少年だったエドガー監督は、やがて8ミリカメラやビデオカメラを使って、自分の理想世界を映像として表現する術を身に付けていく。『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホット・ファズ』は過去のB級映画のオマージュシーン満載なコメディ映画だが、根底には閉塞的な現実を脱して、自分が生きるための居場所を切り開きたいというエドガー監督の切実さが礎石のようにがっちりと埋め込まれている。

sukopi03.jpgスコットを一途に想い続ける中国
人女子高生のナイブス(エレン・
ウォン)。『らんま1/2』の中国娘
シャンプーが元ネタか?

 エドガー監督は、人気UKバンド・アッシュの元ギタリスト、シャーロット・ハザレイの元カレとしても知られる。彼女にくっついて、2005年のFUJI ROCK FESTIVALに来たのが初来日だったらしい。クールな美人ギタリストとオタク系の映画監督という不思議な組み合わせの2人がどんな交際を重ねていたか詳細は不明だが、本作は原作があるとはいえ、オタクな主人公スコットはどこかエドガー監督自身を彷彿させる。狭い音楽業界で彼女の元カレたちに度々出くわす展開は、エドガー監督の実体験も少なからず投影されていることだろう。

 さて、スコットはヘタれ男のくせに、”高嶺の花”ラモーナと”アジアの純真”ナイブスを二股してしまう。高橋留美子の人気コミック『めぞん一刻』や『うる星やつら』を思わせる設定だなぁと思っていたら、どうもカナダ在住の原作者ブライアン・リー・オマリーが高橋留美子のファンらしい。それにしてもスコットから棄てられてしまう女子高生ナイブスが、たまらなくキュートじゃないか。ダサ男から二股掛けられた上に、一方的に別れを告げられるという二重の屈辱を味わいながらも、彼に振り向いてもらおうと健気に体を張る。「自分が好きになった人は自分のことを無条件で愛してくれる」と思い込んでいるイノセントな存在のナイブスが、スコットに傷つけられながらも大人の女に成長していく様が本作の大きな大きなサブテーマでもある。

 ラストシーン、スコットたちの動向を見守っていた観客にとっては「えっ?」と驚かせる結末が待っている。人を愛すること、幸せをつかみとることは、時として他の人を傷つけることもある。生きるということは、人を傷つける痛みも自覚した上で、次のステージに進まなくてはならないということ。『スコット・ピルグリム』は従来のラブコメ映画が描いてきた甘い甘いハッピーエンドとは異なる、リアルな心の痛みを観た者に残す。ハッピーだけど、どこか心の片隅はブルー。現代のピルグリムたちの巡礼の旅は続く。
(文=長野辰次)

sukopi04.jpg
『スコット・ピルグリムvs.邪悪な元カレ軍団』
原作/ブライアン・リー・オマリー 脚本/マイケル・バコール&エドガー・ライト 監督/エドガー・ライト 出演/マイケル・セラ、メアリー・エリザベス・ウィンステッド、キーラン・カルキン、クリス・エヴァンス、アナ・ケンドリック、アリソン・ビル、ブランドン・ラウス、ジェイソン・シュワルツマン、エレン・ウォン、斉藤祥太、斉藤慶太 ユニバーサル映画作品 配給協力/パルコ+アステア 4月29日(金)より渋谷シネマライズほか全国順次公開
<http://www.scottpilgrimthemovie.jp>

めぞん一刻 1 新装版

元ネタ?

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最終更新:2012/04/08 22:53
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