新幹線の現役運転士が語る時速270キロの世界『新幹線を運転する』
#本 #鉄道
フランスのTGV、ドイツのICEと高速鉄道は数あれど、日本の新幹線の正確さは世界に類を見ない。速さではTGV(時速320キロ)に抜かれたが、1964年、世界に先駆けて開業して以来長らく、新幹線は世界最速の鉄道だった。そもそもダイヤがほとんど乱れず、定刻どおりに運行している国は日本だけ。このシステムこそ、鉄道大国と言われるゆえんだろう。
新幹線が優れているのはテクノロジーだけではない。『新幹線を運転する』(メディアファクトリー)は、ノンフィクション作家・早田森氏が一人の現役新幹線運転士に取材し、運転士業務の知られざる実情に迫った新書だ。驚異の運転技術や緻密に決められた仕事の流れ、運転室からの風景など、普段、われわれが見ることのできない舞台裏が子細に描かれており、鉄道ファンならずとも興味深い一冊だ。ちょうど、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』のようなドキュメンタリー番組を見ている感じだと言えるだろうか。巻末には5人の現役東海道新幹線運転士による座談会も収録されている。
木内辰也氏は、東海道新幹線が開通した1964年生まれの現役東海道新幹線運転士。幼いころから電車が大好きで、旧・国鉄に入社したのち、在来線運転士などを経て、幾度もの厳しい審査・試験に合格して新幹線運転士となった。列車長も兼務するキャリア21年のベテラン運転士で、JR東海の社内コンテストにおいて優勝したほどの人物だ。運転士の技術とは、定刻に到着する、停止位置どおりに止まることはもちろん、「ATCに当てない運転が上手な運転」であると木内氏は語っている。東海道新幹線では、区間ごとに細かくATC(自動列車制御装置)の制限速度が決まっている。余計なブレーキをかけず、かつ運行ダイヤを乱さず到着させるためには、絶えず制限速度ギリギリで走行しなければならない。そのため、東海道新幹線全17駅間の距離・通過時刻・制限速度など、木内氏の頭にはあらゆる情報がインプットされている。そんなスゴ腕運転士の木内氏であるが、ゲーム「電車でGO!」(タイトー)はあまり得意ではないらしい。
意外にも、新幹線の運転士をメインに扱った本はこれまでに少ない。
「走りがあまりにスムースすぎるため、『生身の人間が運転している』ことすら、すっかり忘れていた」
と、著者の早田氏がまえがきで述べているように、運転士の存在を忘れるほどに新幹線は安全で正確な運行をしている。その安全・正確・迅速の裏側をあらためてクローズアップしたのがこの『新幹線を運転する』である。”新幹線の運転士”として、尋常ならざる気概とプライドを持って仕事に臨む木内氏の姿に、読者は大きく心を動かされることだろう。
(文=平野遼)
●はやた・しん
ノンフィクション作家。1960年東京都生まれ。千葉大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、独立。雑誌を中心に活躍してきた。読む者の心を揺さぶる筆致に定評があり、書籍のライターとしての仕事も数多い。ノンフィクション作家としては、本書がデビュー作となる。
フロリダの高速鉄道計画は頓挫しちゃいましたが。
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