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『アンチクライスト』公開記念インタビュー

日本では上映不可の問題作が解禁!バイヤーが語る洋画買い付け裏事情

anchikuraisuto001.jpgシャルロット・ゲンズブールがカンヌ映画祭主演女優賞を受賞した
『アンチクライスト』。美しい森の中で、大変なことが起きてます。
(c)Zentropa Entertainments 2009

 ビョーク主演の『ダンサー・イン・ザ・ダーク』(00)がカンヌ映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞したことから、日本では感動作としてよもやの大ヒットを記録したラース・フォン・トリアー監督。その後に発表した『ドッグヴィル』(03)、『マンダレイ』(05)を観れば分かるように、本来は人間の心の暗黒面を執拗にえぐり出し、観てる側が「もう勘弁してください」と涙目で逃げ出したくなってしまうサディスティックな作風が持ち味の監督なのだ。2009年のカンヌ映画祭でシャルロット・ゲンズブールが主演女優賞を受賞した新作『アンチクライスト』は、題名からも察せられるよう、敬虔なキリスト教信者なら卒倒しそうなアブノーマルな内容。セックスの最中に幼い息子を事故死させてしまった夫婦(ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール)が心理治療のために森の中の山小屋で過ごすが、息子を死なせてしまったショックから立ち直れない妻は精神状態がさらに悪化。妻は事故の根源となった性欲を嫌悪するあまり、夫の局部をブン殴るわ、気を失った夫の足にドリルで穴を空けるわ、さらには自分の女性器をハサミで……。観てる側は「ほんと、もう勘弁してください」と涙目で許しを乞いたくなる強烈さ。しかも、おしゃべりするキツネが登場するシュールな展開。オー・アンビリーバボー!

 カンヌでも物議を醸した本作は、日本での公開は無理だろうと囁かれていたが、果敢にも手を延ばしたのが近年、マニアックな作品を次々と買い付けているキングレコードだ。同社の第三クリエイティブ本部映像制作部に所属するバイヤー兼セラーの内田顕子さんに、『アンチクライスイト』をはじめとする逸品の数々の買い付けにまつわるエピソードを語ってもらった。

──『アンチクライスト』がプレミア上映されたカンヌ映画祭での反響はどうだったんでしょうか?

内田 2009年5月のカンヌ映画祭コンペ部門で、無修正版の上映を観たんですが、上映前から”性描写がすごいらしい””かなり痛い内容みたいだ”と大変な評判になっていました。確かに性器が写し出されたり、痛いシーンが多く、ダメな人たちはスクリーンから目を逸らしていましたね。上映終了後は大ブーイングが起き、でも一方では拍手も湧き、まさに賛否両論状態。常に問題作を発表し続けるラース・フォン・トリアー監督らしい反響でした。個人的にも決してキライな作品ではなかったですね(笑)。日本からは他社のバイヤーも多数、カンヌに来ていたんですが、バイヤーみんなが思ったことは「すごい映画。でも、日本の税関を通すのが難しいだろうな」という心配でした。

──映倫の審査の前に、まず税関でのチェックで引っ掛かるわけですね。

内田 そうです。税関で検査を受け、輸入の許可を受ける保税試写というのが行なわれ、その許可が下りないとそもそも日本に輸入できないんです。性器の映っているシーンにボカシを入れることで、通関することはできたんですが、もうひとつの問題が、日本での配給権がかなり高額で手が出せなかったということです。アスキングプライスといって、セラー側が提示価格を設定するんですが、日本のマーケットは大きく見られていて、以前は”製作費の10%”を要求されたほどで、今でもかなりの高額なんです。最近は日本での洋画不況を海外のライセンス会社の方たちも理解してくれていて、値段は低くなってきてはいるんですが、それでも当初はキングレコードが出せるような金額ではなく、2009年の冬の時点で一度は諦めたんです。

anchikuraisuto002.jpgセックスの最中に子どもを死なせてしまったことから、
妻(シャルロット・ゲンズブール)は情緒不安定に。セラピストの
夫(ウィレム・デフォー)はショック療法で妻を救おうとするが……。

──1度は諦めた作品でも最終的にはゲットできたのは、内田さんのバイヤーとしての情熱と交渉力の賜物ですね。

内田 そんな格好いいものではなく、ひたすら粘り腰です(苦笑)。ラース・フォン・トリアー監督の新作ですし、これだけの衝撃を与える作品はそうありません。これは、ぜひ日本で公開したいという思いですね。税関を通すのが難しそうな内容だったこともあり他社も買い控えたため、いくつかの映画祭のマーケットを経て、だんだんと値段が下がっていったので、会社の了解をもらって再度交渉したんです。ライセンス側からは、「最初の値段から、ずいぶんと下がったことで、製作側から不満が出ている。日本での配給権料、もう少しどうにかならないか」という話にもなったんですが、キングレコードが”ホラー秘宝”という形で近年はホラーやバイオレンス映画の配給実績があることをアピールし、ようやくキングレコードで配給することが決まったんです。それが2010年の3月。映画祭やマーケットで担当者に会う度に交渉し、さらに電話やメールでもずいぶんやりとりを続けましたね。初上映から1年近く交渉し続けたことになります(笑)。

■R18、でもノーカットでの日本公開に

──ラース・フォン・トリアー監督は、『ドッグヴィル』『マンダレイ』に続く”アメリカ三部作”の完結編『ワシントン』の興行的見通しがつかず、製作が白紙になっています。また『アンチクライスト』は鬱病の治療の一環として製作されたとか。デンマーク在住のトリアー監督の海外での評価は、実際のところはどうなんでしょうか?

内田 確かに、いろいろと気難しい監督のようですね。でも、欧州では、やはり巨匠扱いです。日本では『ダンサー・イン・ザ・ダーク』が当たりましたが、基本的にトリアー作品は、人間が感じる心的な痛みを美しい映像の中で描くものですね。『アンチクライスト』では、それに加えて物理的な痛みも描いています。映画祭でトリアー監督の独創的な新作が発表されるのを、業界関係者はみんな楽しみにしています。今年2月のベルリン映画祭では、現在製作中の『Melancholia』のフッテージ映像が、バイヤー限定試写で上映されるなど、やはり注目度の高い監督です。『Melancholia』は地球最後の1日をどのように過ごすか、複数の登場人物を追った内容みたいですね。これも楽しみです。

──今回の『アンチクライスト』は、日本ではR18指定での公開。キングレコードではレイティングを下げようとは考えなかった?

内田 過激なシーンをカットして、レイティングを下げようという意見は社内ではまったく出ませんでした。映倫の審査でR18になってもノーカット版で上映しようという方向でまとまっていましたね。海外でも、だいたいR18かそれ以上になっています。宗教的な問題から、日本以上に厳しい扱いになっている国もあるようです。ライセンス側からは性器部分を見せないようにしたインターナショナル版を使ってもいいとも打診されましたが、そこは迷うことなくオリジナル版に近い形での上映に決めましたね。

■”ホラー秘宝”で爆走するキングレコード

──『アメリ』(01)などのミニシアター系作品が日本で大ヒットしたことで、日本での配給権料が高騰したと言われていますが、最近はどうなのでしょうか?

内田 日本では洋画離れの状況になっていることは、海外のセラーの方たちも理解しています。映画祭を幾つか経ることで、作品の値段は段々と下がっていくわけですが、映画祭受賞作や人気監督の作品でも売れ残っていることが増えていますから。以前は”プリバイ”と言って、監督名やキャスト名、簡単なあらすじが発表された段階で、日本のバイヤーは買うことがありましたが、最近は買い控える会社が多いですね。かなりの人気キャストの場合は別ですが。日本のアスキングプライスが年々下がってきていることなどもあり、最近はまた各社とも買い付けを再開してきています。今後はキングレコードも大変になるかもしれません(苦笑)。

──それにしても最近のキングレコードは、フレンチ”哲学”ホラー『マーターズ』(08)、実在の事件を基にしたカルト作家ジャック・ケッチャム原作のバイオレンス映画『隣の家の少女』(07)など、強烈な作品を次々と買い付けていますね。

内田 当社のDVDレーベル”ホラー秘宝”を担当しているディレクターの趣味なんです。決して、私がホラー大好きというわけではないんです(苦笑)。『隣の家の少女』は彼がジャック・ケッチャムの小説の大ファンなので、「じゃあ、こんな”どストライク”な作品があるよ」と私から『隣の家の少女』を紹介して、買い付けたものです。『マーターズ』は「あまりにも凄惨すぎるホラー」と海外での評判を聞いていて、私は見ないようにしていたんです(笑)。幾つかの映画祭で観る機会があったんですが、スルーしていました。ところが、スペインで開かれているファンタスティック系のシッチェス・カタロニア映画祭で上映中に気分の悪くなった観客が救急車で運び出されるというハプニングが起き、映画祭関係者がみんな『マーターズ』の話題ばかり口にするようになり、私がまだ観てないと言うと「なんで観てないんだ!?」と責められたんです(苦笑)。映画祭での熱気や関係者たちの評判に突き動かされて、私からディレクターに勧めた形ですね。ホラーやバイオレンス映画って、なかなか評価される機会がないんですけど、「これは、どうやって撮ったんだろう」と思うような斬新な演出の作品や他にはないようなテーマを扱っている作品に出会うと、「日本にも、この作品の凄さを伝えたい。”ホラー秘宝”が取り上げなくて、どうする!」とつい思ってしまうんです(笑)。でも、ただ単にエログロだったり、人がバンバン死ねばいいってわけじゃないですね。やはり、作品として面白いかどうかなんです。

■バイヤーが選んだ強烈映画ベスト3とは?

──1年間を通して、世界中の映画祭を観て回っている内田さんの目から観て、「これは強烈だった!!」という作品は何でしょうか? ベスト3を教えてください。

bi-debiru005.jpg韓国から、またまたハードコアな傑作が上陸! 
キム・ギドク監督の助監督を務めた新人チャン・
チョルス監督の『ビー・デビル』。これもR18指定。

3月26日(土)よりシアターN渋谷ほかにて全国順次公開

(c)2010 Jeonwonsa Film Co.All Rights Reserved

内田 昨年のカンヌ映画祭で観た作品ですが、韓国のバイオレンス映画『ビー・デビル』。いわゆる韓流ドラマを私は全然観てないのですが、最近の韓国のバイオレンス映画は目を見張ります。『ビー・デビル』は保守的な島で虐げられてきたヒロインが夫や島民に次々と襲いかかるという内容です。女性の私が観て、ヒロインが逆襲に出る後半はスカッとしました(笑)。3月26日(土)から日本でも公開されるので期待してください。いちばんの衝撃作は、『マーターズ』かな。『マーターズ』のパスカル・ロジェ監督は、米国資本で『ヘルレイザー』(87)のリメイク版を監督する予定でしたが、降板しています。欧州で成功した監督は、米国で大予算の作品に起用されることも多いですが、米国側からR指定ではなくPG指定に脚本を直すように言われ、米国から引き上げてくるケースもあります。自分が撮りたい作品を撮らせてくれないのであればクリエイティビティを重視してくれる欧州で撮りたいと考える監督もいるようで、私もそれには賛成というようなニュアンスですね。

ma-ta-zu004.jpg暴力か芸術かで、本国フランスで論争となった残
酷ホラー『マーターズ』。マーターズ(殉教者)
の意味がわかるラストは強烈すぎ!
(c)2008Eskwad-Wild Bunch-TCB films

 逆に最近の米国はリメイクものが多くて、あまり刺激的な作品が出てきてないんじゃないかな。あくまでの私の見解ですが、最近の米国映画はホラー秘宝に見合うような、触手をそそられるようなものが少ないように感じます。あと1本は、やはり『アンチクライスト』ですね。強烈な作品で賛否両論あると思いますが、あまり難しく考えすぎずに、ホラーやサイコサスペンスとして楽しんでもいいし、男と女の哀しいラブストーリーとして観てもいいと思います。カンヌでは、しゃべるキツネが登場するシーンでは劇場内で笑いが起きていましたし、いろんな楽しみ方をしてほしいですね。

──最後の質問です。内田さんがバイヤーというお仕事の喜びを感じるのは、どんなときでしょうか?

内田 自分が「これだ!」と思った作品を、地道に交渉を続けることで予算内で買い付けできたときですね。それで、宣伝スタッフの頑張りで日本の劇場でも多くの人に観てもらえると、よかったなぁ~と思えるんです。自分が手掛けた作品が日本で反響が起きると、本当にうれしいですよ。それって、「素晴らしい作品だ」という賞賛の声じゃなくて、逆に「なんで、こんな作品を公開するんだ!」というお叱りの声でもいいんです。『アンチクライスト』も、観た方たちの間でケンケンガクガクの意見が飛び交ってくれるとサイコーですね(笑)。
(取材・文=長野辰次)

anchikuraisuto003.jpg

『アンチクライスト』
監督・脚本/ラース・フォン・トリアー 出演/ウィレム・デフォー、シャルロット・ゲンズブール 配給/キングレコード+iae R18+ 2月26日(土)より新宿武蔵館、シアターN渋谷、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開中
http://www.antichrist.jp

マーターズ [DVD]

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最終更新:2011/02/26 18:00
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