“血染めの哲学者”キム・ジウン監督、日韓でR18指定となった衝撃作を語る
#映画 #インタビュー
お前が深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込んでいるのだ。
哲学者フリードリヒ・ニーチェの代表作『善悪の彼岸』の一節だが、イ・ビョンホンとチェ・ミンシクという韓流2大スターが競演する『悪魔を見た』は、このニーチェの言葉をモチーフにした深淵なるバイオレンス映画となっている。敏腕捜査官のスヒョン(イ・ビョンホン)は結婚を間近に控えていたが、婚約者が快楽殺人鬼ギョンチョル(チェ・ミンシク)によってバラバラ死体にされてしまう。復讐を誓うスヒョンは違法捜査の末にギョンチョルを見つけ出し、半殺し状態に。だが、スヒョンはギョンチョルを殺さずに、小型マイク付きのGPSを呑み込ませて野に放つ。そして、ギョンチョルが再び性犯罪を起こそうとする度に、寸止めでなぶりものにするのだった……。『オールド・ボーイ』(03)などで知られる韓国きっての演技派ミンシクの怪演に加え、国際的スターであるビョンホンが善悪の見境を失い、復讐鬼へと冷酷に変貌する様を演じ切っている。女性たちが次々と快楽殺人の犠牲となる過激シーンが満載。また、ギョンチョルと犯罪者仲間との談笑場面がカニバリズムを連想させることなどから、韓国の映像物等級委員会(日本の映倫的組織)は問題箇所を含む複数シーンのカットを指示。製作側はトータル1分30秒の部分的なカットに応じることで、なんとかR-18指定という形で公開に至った問題作なのだ。『クワイエット・ファミリー』(98)でデビュー以降、『反則王』(99)、『箪笥』(03)、『甘い生活』(05)、『グッド・バッド・ウィアード』(08)など多彩なヒット作を生み出してきたキム・ジウン監督が日刊サイゾーの単独インタビューに応じてくれた。単なるバイオレンス映画に収まらない、韓流映画の究極の形に触れてみてほしい。
(イ・ビョンホン)は、快楽殺人鬼ギョン
チョルへの”倍返し”の復讐を誓う。だが、ギョン
チョルを追い詰める過程で、犠牲者が続出する
ことに。
──本作はニーチェの著書『善悪の彼岸』がモチーフになっていますが、ニーチェの言葉をモチーフにしたバイオレンス映画という発想はどのようにして生まれたのでしょうか?
ジウン もともとは自分のアイデアから始まった作品ではないんです。2010年に米国で映画を撮る企画があり、その準備を進めていたんですが、そのプロジェクトが延期となり、1年間ブランクができてしまったんです。普通は監督が俳優をキャスティングするものですが、この映画は逆でした。チェ・ミンシクがボクを監督にキャスティングしたんです(笑)。ミンシクに会って、渡された脚本を読んでみると、荒削りのストーリーの中に本能的で原色に満ちたパワーを感じたんです。従来の復讐劇とは違う、新しい何かがあるように感じました。そして、それをどう映画化するか悩んでいたときに、ニーチェの言葉を思い出したのです。それが”怪物と闘う者は自らが怪物と化さぬよう心せよ。お前が深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込んでいるのだ”です。この言葉は、この作品を端的に表していると考えたんです。この深淵なニーチェの言葉を、そのまま登場人物たちの台詞として使うのではなく、映像としてどう表現するのかを考えながら製作を進めました。
──殺人鬼役のチェ・ミンシクとは、ジウン監督のデビュー作『クワイエット・ファミリー』以来の付き合い。さすがの大熱演ですね。でも、よく国際的スターでもあるイ・ビョンホンがこれだけの問題作に出演をOKしたなと感心しました。
ジウン ははは、イ・ビョンホンが最初に抱いていたイメージとは違う作品になったかもしれませんね(笑)。ビョンホンとは、ある映画の試写で出会ったんです。彼も『G.I.ジョー2』の撮影が延期になって、ボクと同じように1年間ほど時間を持て余していたんです。本当の偶然です。そこでお互いの近況を話しているうちに、「今、こんな作品の準備を進めているところなんだ。普通の復讐劇とはちょっと違う、悪魔より恐ろしい存在になる男の物語だよ」とビョンホンに話したところ、彼は興味を示し、「脚本を読みたい」というので、手渡したんです。それで脚本を読み終えたビョンホンは即座に出演をOKしました。ビョンホンが演じるスヒョンという男は、とても難しい複雑なキャラクターです。ギョンチョルという”純粋な悪”と闘うために、”歪んだ正義”を掲げるという亀裂の生じた男です。しかし、ビョンホンは非常に上質な演技で、しかも情緒的に、この役を的確に演じてくれました。
■復讐がもたらす快感と悪魔化する恐怖の狭間
重ねるギョンチョル(チェ・ミンシク)。本能
の赴くままに生きるギョンチョルは、スヒョン
が考えていた以上にタフで、ずる賢い。
──他人事としてこの作品を見れば、イ・ビョンホンとチェ・ミンシクの対決は、まるで2大怪獣の激突を見ているかのような面白さがあります。でも、パワフルな展開に、瞬く間に作品世界に飲み込まれました。2人が遭遇する中盤以降は、まるで自分の足元がグラグラとぐらつき、床が抜けたような奇妙な感覚に襲われました。
ジウン それは、興味深いですね。ある意味、ギョンチョルは悪の象徴。生きていると運悪く、ギョンチョルのような”絶対悪”に遭遇してしまう可能性もあるわけです。平凡な人間が絶対悪に出会ってしまった場合、どのように絶望し、破滅していくのかをこの作品では描きたかったんです。床が抜けるように感じたと言われましたが、ある意味、スヒョンが足を踏み入れた世界は2度と元には戻れない世界でもあるわけです。
──スヒョンがギョンチョルと出会って以降の世界は、この世ではないし、あの世でもない。かといって、まだ本当の地獄ではない。ダンテの『神曲』に出てくる”煉獄(れんごく)”を思わせました。
ジウン ”煉獄”とは天国と地獄の境界にあるものですよね? 人間にとって人生のある瞬間には、どっちに転ぶか分からない危うい瞬間があると思います。その危うさを、この映画の中に感じたのかも知れませんね。監督であるボクもこの作品を撮っている間は、ずっと悩み続けました。自分なら、どんな復讐をするのか。そして、復讐を遂げることで得られる快感と底なし沼から抜け出せなくなるのではないかという恐怖を感じていたんです。快感と恐怖の両極の間で揺れ動き続けたんです。この映画には、自分が感じたそんな心理状態が反映されているのかも知れません。復讐で得られる快感が強ければ強いほど、罪の意識も強まり、自分は悪魔になってしまうのではないかという恐ろしさから抜け出せなくなっていくんです。
チェ・ミンシクに演出するキム・ジウン監督
(写真左)。韓国、そして日本でもR-18
指定となった犯罪ドラマだ。
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──『復讐者に憐れみを』(02)をはじめとする”復讐三部作”を手掛けたパク・チャヌク監督とは同世代で、懇意にしていると聞いています。
ジウン えぇ、パク・チャヌク監督も『悪魔を見た』を見てくれました。パク・チャヌク監督は「ギョンチョルがGPS入りのカプセルを飲み込むことで、スヒョンや観客はギョンチョルと一心同体化するという側面がある」と話してくれました。確かにGPSを通じて、スヒョンはギョンチョルと行動を共にし、マイクで肉声を聞き続けることで、悪魔と次第に一体化していくわけです。パク・チャヌク監督はとてもうまく、この作品のテーマ性を指摘してくれました。
■”復讐劇”と韓国の国民性との関係とは?
──観客は、殺人鬼ギョンチョルに恐怖や怒りを感じると同時に、スヒョンに追い詰められても追い詰められてもサバイバルし続けるギョンチョルの旺盛な生命力に驚きも覚えます。
ジウン すべての人間は、普段の生活の中で、社会的なタブーに抵触しそうになる煩わしさや抑圧を感じているのではないでしょうか。また、そういったものを突き破りたいという欲望を持っているはずです。人間に欲望があるとすれば、ギョンチョルは過度に欲望を持った人間です。もし、ギョンチョルに生命力を感じたなら、それは人間が本来持っている欲望の形態がギョンチョルに投影されているということでしょうね。また、この物語では、2人の主人公のうち、一人は命を奪われ、もう一人は心の闇を抱えたまま生きながらえることになります。この映画を見た人は、悪魔的存在が罰せられるのを見て、安堵感を覚えるでしょう。それは、自分の中にも潜んでいる悪魔性に気づいた観客を安心させている行為でもあるんです。でも、これは天使が悪魔に勝利する物語ではありません。この映画は、ある意味では悪魔が勝利する物語です。この映画のラストは、悪魔によって導かれた結果なんです。いや、どうも固い話を続けてしまいましたね(苦笑)。といっても、この映画は、決して重いテーマを重たいまま伝えようとしたものではありません。ゴアスリラーというジャンルが与える強烈なイメージ、ジャンル映画がもたらす快感というものを極限状態にまで描き切ることで、これまでになかった面白い映画を作ろうとしたものです。日本のみなさんには、楽しんで見てもらいたいですね(笑)。
国際的スターのイ・ビョンホンは、『甘い生活』
『グッド・バッド・ウィアード』で組んだキム・
ジウン監督に全幅の信頼を寄せている。手前の
人物の手にはアイスピックが……。
──まだまだ聞きたいことがあるのですが、そろそろタイムアップのようです。パク・チャヌク監督も”復讐三部作”で世界的に知られています。韓国からこれほどまでに、強烈な”復讐もの”の傑作が次々と生み出されているのは、なぜでしょうか? 韓国特有の国民性と関係するのでしょうか?
ジウン (しばらく考えてから)……その質問に関しては、ボクは正しい答えを持ち合わせていません。ただ、韓国の歴史を振り返ってみると、普段の韓国人は平和を愛する温和な性格だと思うのですが、幾度も外国からの侵略を受けて、いろいろなものを奪われ、失ってきた歴史があります。そのような歴史の中で、復讐心を抱えたこともあるでしょう。でも、これはきちんとしたデータに基づいて言っていることではありません。映画監督として間違いなく言えることは、”復讐もの”というジャンルはドラマとしての面白さ、強靭なプロットを持ち得るということです。それに加えて、韓国の観客は、パワフルな演出やストーリーを好むという傾向があるということですね。
──ジウン監督は恐怖と闘いながらの撮影だったということですが、R-18指定になって観客動員にダメージを受けることは怖くありませんでしたか?
ジウン えぇ、それは大変な恐怖でした(苦笑)。韓国ではR-18指定になったことから、『悪魔を見た』は残酷な映画だという噂が国中に広まり、興行的に打撃を受けたことは事実です。映画監督として自分の作品がR-18指定を喰らったということは、ギョンチョルから肉体的暴力を受けることよりも、ずっとずっと痛い経験でしたよ(笑)。
こちらの発したナイーブな質問に対しても、真摯に、またユーモアを交えて答えてくれたキム・ジウン監督。さすが、バイオレンス映画にニーチェの言葉を隠し味に使う知性派監督である。血まみれの暴力シーンを通して、人間の心の中の深淵なる闇を見据えた韓流映画の究極形『悪魔を見た』。息詰まるラストシーンで、あなたは本当の”悪魔”の姿を目撃するはずだ。
(取材・文=長野辰次)
●『悪魔を見た』
監督/キム・ジウン 出演/イ・ビョンホン、チェ・ミンシク、オ・サナ、チョン・グックァン、チョン・ホジン、キム・ユンソ、チェ・ムソン、キム・インソ 配給/ブロードメディア・スタジオ 2月26日より丸の内ルーブルほか全国ロードショー +R-18
<http://isawthedevil.jp>
●キム・ジウン監督
1964年生まれ。舞台俳優としてキャリアをスタート。つかこうへいの戯曲『熱海殺人事件』の韓国版『熱い海』で舞台演出家デビュー。懸賞金付きの脚本コンクールへの投稿生活を経て、ソン・ガンホ、チェ・ミンシクらが出演したブラックコメディー『クワイエット・ファミリー』(98)で監督デビューを果たす。続くソン・ガンホ主演のアクションコメディー『反則王』(99)も韓国で大ヒット。オムニバスホラー『THREE/臨死』(02)に参加後、韓国の古典的怪談をサイコサスペンスに脚色した『箪笥』(03)を発表。この作品はハリウッドリメイクされた。イ・ビョンホンとは『甘い生活』(05)、『グッド・バッド・ウィアード』(08)でコンビを組んでいる。旧満州を舞台にした西部劇『グッド・バッド・ウィアード』はカンヌ映画祭コンペ部門に選出。新しいジャンルを切り開く革新性と興行的な側面を両立させる希有な監督として、国際的な評価を得ている。
流行ってるみたいで。
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