巨匠イーストウッド監督の異色作! ”あの世”はあるか?『ヒア アフター』
#映画 #洋画 #パンドラ映画館
(C) 2010 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.
現在80歳ながら、『チェンジリング』(09)、『グラン・トリノ』(09)、『インビクタス/負けざる者たち』(10)と近年ますます傑作・快作を連打しまくっている”御大”クリント・イーストウッド監督。撮影はほぼ1テイクという早撮りで、恐ろしく完成度の高い作品を生み出す。もはや、人間業と思えぬ領域に達している。そんな”映画の生き神さま”であるイーストウッド監督の第31作目となる最新作が『ヒア アフター』。日本語に訳すと”あの世”。臨死体験を味わった女性ジャーナリスト、死者とチャネリングする能力を持つ男性、双子の兄の突然の死に戸惑う少年、3人のドラマが交錯する異色の人間ドラマだ。
フランスで人気ニュース番組に出演している女性キャスターのマリー(セシル・ドゥ・フランス)は、番組プロデューサーで恋人でもあるディディエと共に東南アジアのリゾート地でバカンスを楽しんでいたところ、大津波に襲われる。九死に一生を得たマリーだが、意識不明の状態の際に光に包まれた不思議なビジョンを目撃した。いわゆる”臨死体験”だ。しかし、現役のニュースキャスターが”死後の世界”を口にすることを、ディディエをはじめ良識あるマスコミ関係者たちは良しとしない。結局、番組を降ろされたマリーは独自に研究を進めることになる。
一方、サンフランシスコで暮らす独身男のジョージ(マット・デイモン)は、自分に死者と交流する能力があることに悩んでいた。ジョージの噂を聞きつけて、「亡くなった家族ともう一度話しがしたい」と押し掛けてくる人が絶えない。”あの世”の存在に、生きている自分の実人生が振り回されることにジョージはうんざり。気分転換のためにイタリア料理の講習会に通い始め、美女メラニー(ブライス・ダラス・ハワード)といいムードになる。
入院してから、人に触れるだけで、その人と”あ
の世”の繋がりが見えてしまう不思議な能力を
持つようになった。
そしてロンドンでは、双子の兄が事故死したことで、マーカス少年は心を閉ざしていた。いつも一緒にいた片割れがさよならも言わずに消え去った喪失感、明るく賢い兄ではなく愚図な弟である自分が生き残ったという罪悪感に苦しむ。もう一度兄に逢いたい一心で、マーカスは世間で評判の霊媒師とコンタクトを取ろうとするが、満足なお金を持っていない子どもは相手にされない。霊媒師はお金儲け目的のインチキばかりなことをマーカスは思い知らされる。やがて、パリのマリー、サンフランシスコのジョージ、ロンドンのマーカスは、運命に引き寄せられるように1カ所に集うことに。
ワーナーによると、『ヒア アフター』は〈死〉に直面した3人が出会い、〈生きる〉喜びを見つける”感動のヒューマンドラマ”であり、死者と繋がることをメインテーマにしたSFやファンタジー作品ではないそうだ。確かに、本作は『クイーン』(06)、『ラストキング・オブ・スコットランド』(06)、『フロスト×ニクソン』(08)といった史実劇を手掛けたピーター・モーガンの脚本作で、彼の脚本を読んだスティーブン・スピルバーグが『父親たちの星条旗』(06)、『硫黄島からの手紙』(07)でコンビを組んだイーストウッドを監督に指名したもの。イーストウッド発案の企画ではない。とはいっても、人間の”生”を掘り下げて描くことを命題とする作家や表現者ならば、現代人の”死生観”とじっくり向き合うことは必然だろう。ましてや、俳優・監督として、数多くの死に様を映画の中で見送ってきたイーストウッドである。”あの世”の描写は必要最低限にとどめてあるが、イーストウッドが、”生”と”死”の関係をどのように捉えているのかが興味深い。
(ジョージ&フランキー・ハワード)。母親が
アルコール依存症のため、お互いに支え合って
生きてきた。
物語の序盤で、マリーが体験する”臨死体験”とは一体どのようなものなのだろうか。ノンフィクション作家の立花隆がドキュメンタリー番組『臨死体験』(91年、NHKスペシャル)の放送後に収録できなかった取材資料を交えて上梓した著書『臨死体験』(文藝春秋)では、”臨死体験”は酸欠状態に陥った脳が見る幻覚症状という可能性があることに触れつつも、単なる幻覚とは言い切れない不思議な体験の数々を世界中の人たちが語っている。同書に登場する国際臨死体験研究協会の会長ケネス・リングによると、臨死体験者の多くは安らぎに満ちた気持ち良さ、体外離脱、暗闇(トンネル)の中に入る、光を見る、光の世界に入る、人生回顧、何らかの超越的存在との出会い、死んだ親族や知人との出会い……などを体験するらしい。ただし、自殺の場合は光を見る、光の世界に入る、超越的存在と出会うといった経験がほとんどないともある。
”生”と”死”の関係を考えさせる作品が最近少なくない。3月5日(土)からシネマライズ渋谷ほかで公開されるタイ映画『ブンミおじさんの森』は、輪廻転生する男が前世を語る物語だ。現在公開中の二宮和也&松山ケンイチ主演の『GANTZ』は地下鉄事故で亡くなった主人公たちが条件付きで蘇生を果たし、”生”の重みを噛み締める。人間の脳内イメージを形にする映画という表現手段は、”ヒア アフター”の世界を描くのに適した媒体なのだろう。
地方の寂れた映画館に入り、暗闇の中に映写室から一条の光が差し込む様子を眺めていると、遠い親戚の法事にでも参加しているような気分になる。哀しい思い出よりも、年末にみんなで集まって賑やかにモチをついたり、宴会の席で故人が顔を真っ赤にしていたなどの楽しかった記憶が甦る。映画を見るという行為は、自分の記憶を呼び起こし、記憶の中の住人たちと再会するということ、そして現在の自分自身を見つめ直すということでもあるようだ。イーストウッド監督の『ヒア アフター』を見て、そんなことを考えた。
(文=長野辰次)
『ヒア アフター』
監督・製作・音楽/クリント・イーストウッド 製作総指揮/スティーブン・スピルバーグ 出演/マット・デイモン、セシル・ドゥ・フランス、ブライス・ダラス・ハワード、ジョージ&フランキー・ハワード
配給/ワーナー・ブラザース映画 2月19日(土)より丸の内ピカデリーほか全国ロードショー <http://www.hereafter.jp>
生きる伝説。
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