大人だって”ドラえもん”にいて欲しい 残念男の逆転劇『エリックを探して』
#映画 #洋画 #パンドラ映画館
(C)Canto Bros. Productions, Sixteen Films Ltd, Why Not Productions SA, Wild Bunch SA, Channel Four Television Corporation,France 2 Cinema, BIM Distribuzione, Les Films du Fleuve, RTBF (Television belge), Tornasol Films MMIX
”イマジナリーフレンド”とは空想上の友達。幼年期に自分だけのイマジナリーフレンドを持つことで、寂しさや不安を紛らわせながら成長していく子どもは少なくない。藤子不二雄原作の『オバケのQ太郎』や『ドラえもん』も、思春期を迎える前の主人公・正太やのび太にとってのイマジナリーフレンドだと言えるだろう。子どもたちは成長するに従って実社会でのコミュニケーション能力を身に付け、イマジナリーフレンドと別れていく。しかし、最近では大人たちの気苦労がずいぶんと増えてしまった。仕事や家族の問題、将来に不安を抱えていても、大人には気軽に相談する相手がいない。ドラえもんのように発明品をポケットから出してくれなくてもいい。ただ、自分の悩みや愚痴を聞いて、ポンと背中を押してほしいのだ。そこで登場するのが”大人のためのイマジナリーフレンド”である。イギリスの巨匠ケン・ローチ監督の最新作『エリックを探して』は、人生に落伍しかかった中年男がイマジナリーフレンドに励まされて自分を取り戻していくハートフルなコメディとなっている。
マンチェスターで暮らすエリック(スティーヴ・エヴェッツ)はバツ2の冴えない郵便局員。若い頃はダンス大会で優勝し、ダンスのパートナーを務めてくれた町いちばんの美女リリーと結ばれ、人生はバラ色だった。だが、リリーが妊娠していることがわかり、エリックは混乱してしまう。このまま家庭に収まって平和な一生を過ごせるのか。気づいたらエリックはリリーの待つ家とは反対方向へと走ってしまっていた。その後、別の女性と再婚するも、再婚相手は連れ子の息子2人を残してトンズラ。ダンス大会で優勝した思い出のブルー・スエード・シューズはとっくに何処かに消えてしまった。大好きだったサッカーチーム「マンチェスター・ユナイテッド」の観戦も、チケットが値上がりしたこともありご無沙汰している。血の繋がらない息子2人を養うためにエリックは毎日働いているようなものだが、兄のライアンは街のギャングと付き合い、弟のジェスは不登校状態。父親をなめきっている息子2人にエリックは怒り心頭。自分は何のために生きているのか、エリックにはさっぱり分からない。
自由な世界で』(07)などシリアスな作品が
多いけど、今回は肩の力の抜けた軽快なコメディ
っすよ。
エリックが情緒不安定になったことを心配して、郵便局の仕事仲間たちがあれこれと心配する。自己啓発本マニアの同僚ミートボールに薦められ、仲間たちと一緒に「師と仰ぐカリスマ」を頭の中に思い描く。フィデル・カストロ、ネルソン・マンデラ、マハトマ・ガンジー、サミー・デイヴィス・Jr…….。そんな中でエリックの口から出た名前は、エリック・カントナだった。マンチェスター・ユナイテッドの90年代のエースストライカーで、荒っぽい気性ながらマンチェスター・ユナイテッドに黄金時代をもたらした大英雄だ。同じエリックという名前でも、サッカー選手のエリックは華麗なゴールを次々と決め、悪質な観客やマスコミから売られたケンカはしっかり買い、ファンの記憶の中で鮮明に輝き続けている。それに比べて、今の自分はどうなんだ? 職場の仲間たちが帰った後、エリックはハッパを少々吸いながらポスターの中の”キング・エリック”に語りかける。そしてエリックが振り返ると、髭面の颯爽とした男が立っていた。あのエリック・カントナが自分の前に立っていたのだ。
自分に自信が持てない残念な男エリックが、いつも以上に落ち込んでいたのには理由があった。最近、別れた最初の妻リリー(ステファニー・ビショップ)と大学に通う娘のことで久々に会う約束をしたのだが、30年経ってもリリーは美しいまま、いや知性と優雅さを身にまとい、若い頃よりも洗練された女性になっているのだ。怖じ気づいたエリックは約束をすっぽ抜かして敵前逃亡してしまう。昔のように、またパニック状態に陥ってしまったのだ。自分の人生を全否定し、消極的になっているエリックに対し、”キング・エリック”は「すべては美しいパスから始まる」「サイコロを振らなくては目は出ない」「チームメイトを信頼せよ」などのアドバイスを送る。敬愛するスター選手の存在に励まされ、エリックはヨレヨレで不格好ながらもリリーや息子たちに向かって懸命にシュートを放つ。果たして空想上の人物の助言は、エリックの実人生を変えることができるのだろうか。
リリーにとって別れた元夫エリックはもはやどう
でもいい存在だったが……。
大人のためのイマジナリーフレンドが登場する映画と言えば、ウディ・アレン主演&脚本の『ボギー!俺も男だ』(72)。ハンフリー・ボガート主演の『カサブランカ』(42)を偏愛するバツイチ男が、ハンフリー・ボガートにそっくりなトレンチコートの男に励まされるコメディだ。みうらじゅん原作、田口トモロヲ監督の『アイデン&ティティ』(03)は売れる音楽か自分が本当にやりたい音楽かで悩むロック青年の前に、ボブ・ディランそっくりな男が現われ、ロックの真理を問い掛けてくる。92年から上演されている劇団キャラメルボックスの人気舞台『また逢おうと竜馬は言った』は、司馬遼太郎の歴史小説『竜馬がゆく』を愛読する気弱なサラリーマンが悩む度に坂本竜馬が現われて喝を入れるというお話。イマジナリーフレンドが活躍するのは、何も映画や舞台の中だけではない。作家の村上春樹は執筆に煮詰まった際には、空想上のウナギに意見を求めるそうだ。『アンネの日記』のアンネ・フランクは、空想上の親友キティーに毎日手紙を書くことで、ナチスドイツによるユダヤ人狩りの恐怖に耐え続けた。
大人にもなってイマジナリーフレンドを持つなんてバカげていると思うなかれ。日常から隔離された映画館で映画を見るという行為をボクらが繰り返しているのも、映画というフィクションの世界の中で、子どもの頃に憧れていたヒーローや美女、いつの間にか別れてしまったイマジナリーフレンドたちと再会することを無意識に願っているからではないだろうか。のび太にドラえもん、郵便局員のエリックにエリック・カントナが付いているように、自分の中に何でも相談できる親友や理想の師匠を持つことでずいぶんと日常の風景が変わってくるはずだ。
(文=長野辰次)
『エリックを探して』
監督/ケン・ローチ 脚本/ポール・ラヴァティ 出演/スティーヴ・エヴェッツ、エリック・カントナ、ジョン・ヘンショウ、ステファニー・ビショップ 配給/マジックアワー+IMJエンタテインメント
12月25日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラスト有楽町ほか全国ロードショー <http://www.kingeric.jp>
助けて! ドラえもん!!
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