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映画『死なない子供、荒川修作』公開記念インタビュー

天才芸術家が残した”死なない住宅” 花粉症が治り、ダイエット効果あり!?

shinanai.jpg2005年10月に芸術家・荒川修作とパートナーのマドリン・ギンズが”死に抗する建築”として建てた「三鷹天命反転住宅」。生命の無限の力を体験できる新しい住宅なのだ。
(C)2010rtapikcar Inc.

 富と権力を極めた秦の始皇帝が唯一叶えることができなかったのが”不老不死”だと言われる。しかし、始皇帝でも手に入れられなかった”死なない住宅”が現代の東京郊外にあることはご存知だろうか? コーデノロジスト(哲学、芸術、科学を総合し、実践する者)を自称した国際的芸術家・荒川修作とパートナーのマドリン・ギンズが建築した「三鷹天命反転住宅」がそれだ。ミステリアスでオカルティックな屋敷を想像しがちだが、JR中央線の武蔵境駅から10分ほどバスに乗って現われたその集合住宅は、何ともカラフルでまるでアミューズメントパークのよう。中に入って、さらにビックリ! 3LDKタイプの内装はユニークすぎ。キッチンを核にしたドーナツ状のリビングは傾斜している上に凸凹しており、フラットな部分がない。南向きの1室は完全な球形となっており、家具を置くことが不可能。そもそも、この住宅には収納スペースがなく、各部屋やトイレにはドアさえ付いていないのだ。こんなヘンテコで不便そうな住宅で暮らすと”死なない”というのは本当なのか? 天命反転住宅での自身の生活と生前の荒川修作の講演の様子などを交えたドキュメンタリー映画『死なない子供、荒川修作』を完成させた山岡信貴監督に、”死なない住宅”の住み心地と現時点での”死なない”手応えを聞いた。

──”死なない住宅”で暮らしたことで体調の変化が現われたって本当ですか?

山岡信貴監督(以下、山岡) 2006年12月から約4年間暮らしたんですが、体重が7~8kg減りました。単純にここに暮らし始めて運動量が増えたんです。それまで考えごとは机に向かってうんうん唸っていたんですが、ここに来てからは自然と回廊型のリビングをぐるぐる回るようになりました。それにキッチンからちょっと離れたところに換気扇のスイッチが付いていたりするので、こまめに体を動かすようになりました。あえて便利すぎないような設計になっているんです。第一、この明るいカラフルな色彩の部屋で暮らしているとイライラすることが減り、過食することがなくなりましたね。毎年悩まされていた花粉症も引っ越して1年目で治ったんです。床に傾斜があるので、知らず知らずにバランス感覚や普段使わない筋肉も鍛えられるみたいです。荒川さんは生前、「小さな目立たない筋肉を鍛えることで、免疫は改善できる」と語っていました。ここで暮らすこと自体が、軽いヨガをやっているような状態なんでしょうね。

──なるほど、監督への効果はテキメンだったようですが、監督のご家族はどうなんでしょうか。

山岡 最初に住宅見学会に家族3人で来たときに、息子が帰りたがらなかったんです。ボクも自宅に帰った後もずっとワクワク感が残っていましたし、妻も反対しなかったので、思い切って入居を決めました。家賃は高め(月20万円)ですが、こういう住宅に住める機会はそうないですから。ここに引っ越してから妻は08年2月に長女を産んだんですが、ものすごい安産でした。妊婦にとってもここでの家事が適度な運動になっていたんだと思います。ここで生まれ育った長女は本当にバランス感覚に優れ、公園でもよく木登りして遊んでいます。女の子なのに、まるで猿みたいなんですよ
(笑)。

shinanai03.jpgカラフルな上に凸凹した床が印象的な室内。
山岡監督いわく「カラフルさにはすぐに慣れ
ます。でも、暮らしていて飽きのこない住宅
なんです」とのこと。

──ドアがなくてプライベート空間がないことに不便さは感じませんか?

山岡 トイレはシャワー室の裏に隠れているんですが、ドアがないので子どもの友達のお母さんたちが遊びに来たときは使いづらそうでしたね。でも、家族で使う分には気になりません。トイレの壁もガラス張りで、見晴らしがいいんです。まるで外でしているみたいで気持ちいいですよ(笑)。引っ越してきて一時的に夫婦喧嘩が増えました。顔を付き合わせる時間が増えるので、コミュニケーション量が増えるんです。でも、結局どの部屋にもドアがなくて逃げる場所がないから、いつまでも喧嘩してられなくて仲直りしてしまいます。強いて不便な点を挙げるとすれば、ベランダに出る窓が低くて潜らなくてはいけないので、妻がよく頭をぶつけていることかな。あと、四方に窓が付いているので風通しがよく、夏は冷房なしで過ごせるんですが、床が凸凹しているので冬場にカーペットが敷きにくいことですかね。

──多少の不便さも、そう気にならないと。荒川修作の芸術作品の中で暮らしているような感覚なんでしょうか。

山岡 入居してすぐは、そうでした。「あぁ、これは荒川さんの芸術作品なんだ」と鑑賞しながら暮らしていました。でも、3~4カ月も経ってそれが当たり前に感じられてから、自分の感覚も体調も段々と変わってきたように思います。「ここは芸術家・荒川さんの作品というより、科学者・荒川さんがある理論に基づいて建てた実験室なんじゃないか」と感じるようになりましたね。荒川さんは赤ちゃんを長年観察することで、人間の身体の可能性についての研究をしていたんです。その研究の成果がいろいろと取り入れられているようです。

■希代の芸術家・荒川修作いわく「人間は死なない」

──映画『死なない子供』は、荒川さんに見せるためのプライベートビデオとして元々は撮り始めたそうですね。

shinanai01.jpgお気に入りの球形の部屋の前に佇む山岡監督。
「球形の部屋は昼寝するのに最適の部屋。胎児の
ように丸まって眠ると、すごく気持ちいいんです」。

山岡 そうです。ボクが荒川さんに初めてお会いしたのは、天命反転住宅で暮らし始めて3カ月くらいして。荒川さんから「住んでくれて、本当にありがとう!」と感謝され、反転住宅で起きたこと、感じことをFAXでレポートしてほしいと頼まれたんです。でも、ふだんはNYで暮らしている荒川さんに、メールならともかくFAXでレポートを送るのはなかなか面倒で、FAXしなくなってしまった(苦笑)。でも、先ほど話したように、しばらくして反転住宅に対する感じ方が変わってきたので、これはちゃんと荒川さんに報告したほうがいいと思うようになったんです。それでメモ代わりにビデオ撮影を始めて、かなり溜まってきた段階で編集作業に取りかかったんですが、編集をしているうちに、「これは荒川さんだけに見せるより、もっと多くの人に見てもらうべきじゃないか」と考え、荒川さんの講演の様子を盛り込んだり、物理学者である佐治晴夫さんの視点を交えたりするなどの編集方針に変えたんです。

──強烈な個性の持ち主だった荒川さんは「死ぬのは法律違反です」「徹底的に間違っているんだよ。人間の生き方は」といった奇天烈な言葉を残していますが、山岡監督は一連の荒川語録は理解されたんですか?

山岡 正直言って、カメラを回し始めた頃は余り理解できていませんでした。でも、ここでの暮らしが落ち着いてきて、身体の方から、「なるほど、そういうことか」と理解していった感じです。自転車に乗ったことのない人に、いくら自転車の乗り方を言葉で説明しても理解できないのと同じですね。反転住宅で暮らしていると、荒川さんが言っていることがすごく腑に落ちるんです。荒川さんには「まだまだだな」と言われそうですが、自分なりに荒川さんの言っていたことは感じ取れてきたかなと思っています。ボクも最初は「人間は死なない」って芸術作品のためのコンセプトくらいに思っていたんですが、荒川さんは本気でそれに向かっていたはずです。

──えっ、「人間は死なない」と本気で考えていた……?

山岡 決してスピリチュアル的な意味で言っていたわけではないんです。荒川さんは「我々は命のことを一体どれだけ知っているのか? 命について、まず定義し直さなくてはいけないのではないか」と言っていたと思っています。もし心臓が動き、脳が働いているようなことだけを生命だとイメージしているなら、その定義はもっと拡張すべきなんじゃないかと。ボクらは生きているから、わざわざ命とは何かなんて考えないわけですが、もっと命の本当の形態について研究すべきじゃないのかと荒川さんは主張されていた気がします。自分の身体を再認識することで、命の定義をし直すことができるんじゃないかと。そのための実験室として、天命反転住宅を造ったんだと思います。

──命を定義し直す……? ざっくり言うと、従来の常識に囚われるな、みたいなことですか?

山岡 そうですねぇ、荒川さんは講演の中で「ボクが使うボキャブラリーは、何ひとつ君たちには分からないだろう」と言っているんです。それは今ある定義を一度捨てて、まっさらな形でゼロから考え直す必要があるということ。自分たちの曖昧に定義された言葉で荒川さんの話すことを聞いても、理解できないよということですね。常識なんて、荒川さんからしてみれば、ただの手抜きでしかないんです。常識に基づかないと会話をはじめ人間としての知的活動が成り立たないわけですが、その常識=利便性の使い方が間違っていると、その土台の上にいくら積み上げていっても全部間違っているよということでしょうね。生きてるとか死んでるとか言うけど、本当に分かっているのか、もっとちゃんと考えてみるべきではないのか、と荒川さんはボクらに問いかけていたように思います。

──「人間は死なない」と語っていた荒川さんは、映画の完成を待たずに2010年5月にNYで亡くなったわけですが……。

shinanai02.jpgNYを拠点に世界的な芸術家として活動した荒川
修作(1936~2010)。岐阜県養老町にアミューズ
メントパーク「養老天命反転地」を建てた他、
天命反転住宅を拡大した街の構想を宮崎駿監督
と共同で取り組み、JR中央線の各駅舎を”自殺
しない”駅舎に改装するなどの企画も考えていた。
NYで2010年5月に病気で亡くなったが、日本
人でその死を確認したものはいない。

山岡 荒川さんには生前、10分ほどにまとめたバージョンは見てもらい、喜んでいただけました。荒川さん、NYでは反転住宅とは全然違うフラットな倉庫みたいな所で暮らしていたんです。でも、そういう無機的な場所で暮らしていたから、反転住宅がきちんと発想ができたのだと思います。本当は荒川さんに映画をチェックしてもらい「まぁまぁ、合格だな」とか「バカモノ! 最初から作り直せ」なんて言ってもらいたかった(苦笑)。でも、荒川さんに何も言ってもらえなくなったことで、逆にボクは一生”人間は死なない”というテーマを考え続けなくちゃいけなくなった。ある意味、それは幸せなことかも知れません。でも、荒川さんは「一万年後に、また逢おう」なんて言葉も残しているんです。一万年後に、「映画のあのシーンは間違っている」とダメ出しされたら、それはちょっと辛いですけど(苦笑)。中にはこの映画を見ることで荒川さんと新たに出会うことになる人もいるわけですよね。それもまた、素晴らしいことだなぁと思います。

──”死なない住宅”で4年間暮らして、監督は”死なない”ことへの手応えは感じていますか?

山岡 そうですね、ここで暮らすことで自分の身体と常にコミュニケーションが図れるようになったと思います。風邪も引きにくくなったし、疲れて整体に通うことも少なくなりました。もう少し修行を積めば、いい感じになるんじゃないでしょうか(笑)。実は仕事の都合から、2010年9月に反転住宅を退去したんですが、敷金は置いたままなので、いずれ戻ってくるつもりなんです。今日、久しぶりに自分が暮らしていた部屋に入ったら、故郷に帰ってきた以上の懐かしい気持ちがこみ上げてきました。死に別れた恋人と再会し、抱きしめたくなるような感情に近いのかもしれません。部屋とSEXするのはどうすればいいんだろう、なんて考えてしまいました(笑)。それも環境や生活空間と身体との未知の関係性じゃないでしょうか。反転住宅を離れたことで、ますますその魅力を感じているところなんです。

 * * *

 天命反転住宅の居心地がいいこともあり、ついつい2時間近く山岡監督の話を聞いてしまった。ちなみに天命反転住宅の購入価格は8,000万円。荒川修作は「8,000万円で永遠の命が手に入るなら安い」と語っていたそうだ。”不老不死”にご関心のある方は、まずは映画『死なない子供、荒川修作』をご覧になってはどうだろうか。”死なない”かどうかは別にして、荒川修作という強烈な個性との出会いは充分な刺激を与えてくれるはずだ。
(取材・文=長野辰次)

『死なない子供、荒川修作』
監督/山岡信貴 ナレーション/浅野忠信 音楽/渋谷慶一郎 出演/荒川修作、佐治晴夫、天命反転住宅の住人たち 配給/アルゴ・ピクチャーズ
12月18日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムにてモーニング&レイトショー公開中
<http://www.shinanai-kodomo.com>

●やまおか・のぶたか
1965年生まれ。初の長編映画『PICKLED PUNK』(93)はベルリン映画祭ほか数多くの映画祭に出品された。浅野忠信の初監督作『トーリ』(04)のプロデューサーとしても知られる。近年の作品にSFサスペンス『天然性侵略と模造愛』(05)。

養老天命反転地―荒川修作+マドリン・ギンズ 建築的実験

アリ地獄。

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最終更新:2010/12/19 11:00
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