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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.97

平凡な高校生デイヴは2度変身する!原点回帰のヒーロー『キック・アス』

kick01.jpg決して変質者ではありません。地味な高校生デイヴ(アーロン・ジョンソン)は
小遣いで買ったウェットスーツを着込んで、なりきりヒーロー”キック・アス”を名乗る。
(c)2009 KA FILMS LP.ALL RIGHTS RESERVED.

 世間の常識をキックアス! 周囲の視線なんかキックアス! 安全な場所から批評するヤツらをキックアス! ついでに昨日までの自分にもキックアス! バイオレンス描写の過激さから日本のみならず本国アメリカでも公開が危ぶまれたアクション映画『キック・アス』。しかし、やり過ぎアクションシーンとは裏腹に、映画を見終わった後にはスコーンと突き抜けた爽快感が溢れる。最年少最凶スーパーヒロイン”ヒットガール”を演じたクロエ・グレース・モレッツの魅力は後日公開の「プレミアサイゾー」をご覧になっていただくとして、お友達感覚120%な等身大のスーパーヒーロー”キック・アス”の悪戦苦闘ぶりに思わず男泣きしてしまうのだ。

 主人公のデイヴ(アーロン・ジョンソン)は平凡で目立たない高校生。同じクラスに好きな女の子ケイティがいるが、自分からまともに声を掛けることもできずにいる。やることと言えば、女教師をオカズにオナニーするかコミック好きな地味な男友達同士でオタク談義に花を咲かせることぐらい。パッとしない毎日を過ごすデイヴだが、ふとあることを思いつく。コミックの中のスーパーヒーローにただ憧れているだけじゃなくて、自分自身がスーパーヒーローになればいいじゃんと。スーパーヒーローを愛する気持ちは誰よりもある。ならば、正義を愛するその精神を現実社会で実践するべきじゃないのか。まるで現代に生まれ変わった大塩平八郎と化したデイヴ。呆れ顔の友達を尻目に、デイヴはさっそくネット注文した緑と黄色のウェットスーツ&マスクに身を包み、なりきりヒーロー”キック・アス”となる。スーパーマンのように空を飛ぶことも、スパイダーマンのようにクモの糸を放出することもない、特殊能力ゼロの新ヒーローの誕生である。

kick02.jpgへなちょこヒーローのキック・アスの窮地を度々
救うヒットガール。マーク・ミラー原作の
『ウォンテッド』(08)のアンジェリーナ・
ジョリー&ジェームズ・マカヴォイを思わせる関係だ。

 いつからスーパーヒーローは特殊能力を持っていなくてはいけないことになったんだろうか。世界初のスーパーヒーローとして1938年に生まれた『スーパーマン』は、故郷クリプトン星と地球の重力などの違いから飛行能力や怪力を発揮しているのであって、元々クリプトン星では普通の人である。日本のスーパーヒーロー第1号である『月光仮面』(58~59年/TBS系)はサングラスと白いターバンで顔を隠しているだけで、まるっきし特殊能力は持ち合わせていない。『仮面ライダー』(71~73年/毎日放送)だって原作者・石ノ森章太郎が生きていた頃は武器を持つことなく、丸腰で怪人たちと戦っていた。平成仮面ライダーたちがさまざまな武器を持って戦うようになったのは、少子化にあえぐ玩具メーカーを儲けさせるためだろう。特殊能力や特殊な武器を持つことは、本来はスーパーヒーローの必須条件ではなかったのだ。『キック・アス』の主人公デイヴは学校の勉強はからきしだが、スーパーヒーローにとって一番大切なものは何かということをちゃんと知っていた。

 ネットの世界でアバターを手に入れた人が別人格に変わるように、デイヴも顔を隠したキック・アスのコスチュームを着ることで、煮え切らない高校生からハジきれキャラクターに変身を遂げる。匿名性を手に入れたことで、デイヴの中で長年蓄積されながらも普段は気恥ずかしくて口にできない”正義を愛する心”がバクハツする。もちろん、デイヴは運動神経や格闘術に優れているわけではないので、キック・アスに変身したところで所詮は見かけ倒しちゃんで、街のギャングたちにボコボコにされる。痛いよ、血が出るよ、格好悪いよ。それでも、デイヴは懲りずにキック・アスへの変身を続ける。スーパーヒーローとなって正義を実践するのが気持ちいいのだ。そして、普段のデイヴとしては決して味わえないハラハラドキドキ感が忘れられなくなる。

 デイヴのアバターだったはずのキック・アスだが、デイヴ自身にも変化が現われ始める。ちょっとした自信と大きな勇気が宿ったデイヴは、ポジティブな性格に変わっていく。最初はホモと勘違いされたものの、憧れのケイティともいい感じに。まぁ、結果オーライで人生初のガールフレンドをゲットする。やったね、デイヴ。しかも、YouTubeでキック・アスの動画へのアクセスが殺到し、正体不明のキック・アスは街で評判の存在に。これまで周囲の視線を気にしながら生きてきたデイヴだが、キック・アスというアバターを手に入れたことで実人生が大きく変わっていくことになる。

 ただし、高校生のボランティアヒーローであるキック・アスにとって知名度のアップは両刃の剣。デイヴは自分の行動が評価されたことを素直に喜ぶが、キック・アスの活躍を面白く思わないマフィアのボスから目を付けられてしまう。愛するガールフレンドもせっかくできたことだし、これまでのような命知らずな行動はできませんよ。ティーンエイジャー特有のイノセントな正義感からキック・アスに変身していたデイヴは、ここで決断を迫られる。10代の頃のやんちゃな思い出として幕を降ろすのか、それともさらなる上のステージへと進むのか。

kick03.jpg父親からの英才教育を受け、悪人どもを次々と
処刑していく”ヒットガール”ことミンディ
(クロエ・グレース・モレッツ)。彼女が成長し
ないうちに、早くパート2の製作を!

 さらに、デイヴに大きな影響を与える存在が現われる。デイヴとは対照的な、生まれながらの人間兵器”ヒットガール”ことミンディ(クロエ・グレース・モレッツ)である。見た目はかわいい11歳の少女だが、マフィアに殺された母親の敵を討つために父親”ビッグ・ダディ”(ニコラス・ケイジ)から徹底的に格闘教育を受け、悪人に対してナイフを振り下ろし、拳銃の引き金を引くことに全くの躊躇がない。武器の扱い方に手慣れたヒットガールに、へっぴり腰のキック・アスは度々のピンチを救われる。自分の信じる正義のために弾丸をぶっ放すことに疑問を持たないヒットガールが存在することで、敵に立ち向かう際にイチイチ悩み、戸惑うキック・アスの”まともさ”がくっきりとクローズアップされる。

 ヒットガールのキャッチーさに目を奪われがちだが、生身の等身大ヒーローであるキック・アスが悩み続けることで、クレイジーなバトルの中でも”生身の痛み”が伝わってくる。デイヴが感じるその痛みは、少年期から大人へ成長するのに伴う精神的な痛みでもある。デイヴはキック・アスのコスチュームを身に付けずとも、一連のドタバタを通して痛みの分かる大人へと変身を遂げていたのだ。ただの悪趣味なバイオレンス映画とは異なる青春映画として、『キック・アス』をお薦めしたい。
(文=長野辰次)

kikc04.jpg
『キック・アス』
原作・総指揮/マーク・ミラー 監督/マシュー・ヴォーン 出演/アーロン・ジョンソン、クロエ・グレース・モリッツ、ニコラス・ケイジ 配給/カルチュア・パブリッシャーズ 12月18日(土)よりシネセゾン渋谷ほか全国順次公開 +R15 <http://www.kick-ass.jp>

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最終更新:2012/04/08 22:55
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