終わることのない「お笑い戦国絵巻」~ラリー遠田著『M-1戦国史』~
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「M-1グランプリ」は、現代のお笑い界で唯一と言っていいほどの大きな成功を収めているお笑いの大会だ。参加資格は結成10年未満の漫才師であることのみ、審査基準は「とにかく面白い漫才」。そして優勝者に与えられる賞金は1,000万円。
2001年に始まったこの大会は、中川家、アンタッチャブル、ブラックマヨネーズ、チュートリアルなどそうそうたる顔ぶれの優勝者を輩出しており、年を追うごとに大会を生放送する番組の視聴率も高くなっている。
本書はそんなM-1グランプリについて、当サイトでも連載コラムを執筆するお笑い評論家のラリー遠田氏が紹介する本だ。
まず語られるのは、M-1グランプリ誕生の経緯だ。1980年代の漫才ブームよもう一度と「漫才プロジェクト」なる企画を任された吉本興業のプロデューサー、そして漫才ブームによって世に出た大物タレント島田紳助。彼らがM-1を立ち上げたことから、幾多の芸人たちのドラマが始まるのである。
続いての章では過去9大会を振り返る。01年に麒麟が与えた衝撃、もはや伝説となった03年の笑い飯による「奈良県立民俗博物館」、05年に決勝初出場にして優勝を勝ち取ったブラックマヨネーズ、オードリー春日という異様なキャラ芸人が現れた08年…。M-1ファンならば誰の心にも残っているであろう数々の名場面が記されている。
この章の特徴は、単なる「M-1年表」の紹介にとどまらず、主な出場者の漫才の特徴が的確に紹介されていることにある。例えば笑い飯については「二人それぞれが『面白いことを言いたくてしょうがないんだ』というキャラクターになり切」ることに革新性があるとした上で、「バカバカしさこそが彼らの武器」と評している。普段漫才を見てなんとなく「面白かった」「面白くなかった」と感想を持つ程度の人も、この解説によって、それぞれの漫才をどのように楽しめばよいのかのポイントが押さえられるだろう。
さらにM-1決勝の審査員たちの紹介、ヤラセ疑惑の検証と、M-1グランプリの要素でありながら正面から取り上げられることの少なかった話題に切り込んでいく。特に決勝戦のヤラセ疑惑を一蹴する論調は明快かつ爽快だ。
本書を貫いているのは「面白いことは格好いい」という思想だ。自分たちにとって最も面白い漫才を追求して栄光を勝ち取った芸人、惜しくも好成績を残せなかった芸人、そしてこれまでの芸人人生を賭けて賞レースの審査を行う審査員。読み進めていくにつれ、紛れもなく格好いい芸人たちの姿に、そしてM-1の体現する「真剣勝負のスリルと漫才そのものの面白さ」に引き込まれていくことだろう。
が、M-1は格好いいだけのお祭りではない。苦労の末に優勝したところで芸人人生の安泰が約束されるわけではないし、さらにはM-1自体の存続を危ぶむ声も多い。著者は最後の章でそんな現実を直視し、しかしお笑いの可能性を語ることにより決して暗くない未来を提示して締めくくる。著者のお笑い愛を最も強く感じられる章だと言えるだろう。
普段テレビに出ているお笑い芸人たちは、単にバカ騒ぎをしているようにしか見えないかもしれない。しかしその根底にあるのは「芸を磨く」というあまりにもストイックな信念であり、その信念を賭けた終わりのない戦いを目の当たりにできる最も良質なソフトがM-1グランプリである。それゆえに、本書の丁寧な解説に沿ってそのドラマを堪能することは、さながら戦国絵巻を見るような興奮と感動を招くのだ。
読むと必ず「面白いことは格好いい」と思うはずだし、面白い漫才が見たくなるに違いない。M-1を毎年心待ちにしているお笑いファンはもちろん、M-1初心者にもおすすめの一冊だ。
(文=北川ミナミ)
初心者からマニアまで。
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