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松江哲明監督が綴る「松江哲明」のドキュメンタリー

matsueself.jpg『セルフ・ドキュメンタリー
映画監督・松江哲明ができるまで』
(河出書房新社)

 『童貞。をプロデュース』や『あんにょん由美香』、そして『ライブテープ』といった数々の刺激的なドキュメンタリー作品を制作し続ける映画監督・松江哲明。現在最も注目される若手ドキュメンタリー映画監督である彼の半生を綴った著作『セルフ・ドキュメンタリー 映画監督・松江哲明ができるまで』(河出書房新社刊)が話題を呼んでいる。

 映画好きの少年が次第に「映画ごっこ」に夢中になっていく青春時代から、最新作『ライブテープ』撮影の裏側まで。33年にわたる半生が描かれたこの本には、松江監督の映画にかける思いに満ち溢れている。映画学校での悶々とした日々も、AV監督としてハメ取りをしながらドキュメンタリーについて巡らせた思いも、親交の深かった由美香さん(林由美香、ピンク映画の女優であり『あんにょん由美香』のテーマとなった女優。2005年死去)への溢れんばかりの愛も、喜びも悲しみもすべてが血肉化して作品に結びついていることに驚かされる。 

 例えば、松江監督がモチーフとして執拗なまでにこだわる「童貞」というテーマ。代表作である『童貞。をプロデュース』はもちろんのこと、童貞をテーマにした対談集『童貞をプロファイル』(二見書房)みちパン!セ」シリーズに収められている『童貞の教室』(理論社)など、「童貞」に対して人一倍強いこだわりを持つ松江監督。本書においても「童貞とは捨てる、捨てないの問題ではなく、セックスを経ずに生きてしまった経験値のこと」と語られるような正しすぎる童貞分析からは、監督の愛情が溢れ出る。

 叙情的すぎるほどのナイーブな筆致で綴られる本書を一読すれば、監督自身が類い稀なる童貞力を持っていることは明らかだ。彼は童貞をただの「ネタ」として撮影しているわけではない。

「僕が加賀(賢三。『童貞。をプロデュース』の主人公)を撮りたいと思った理由は、童貞であることにじたばたする姿にかつての自分を見たからだ。(略)童貞である加賀を客観的になんて撮れないのだ」

 童貞にキャメラを向けるとき、それは監督自身の「童貞」に対してキャメラを向けている。いや、もしかしたら童貞だけではないのかもしれない。在日韓国人でもAV女優でも、ミュージシャンでも、キャメラを向けた相手は、松江監督自身なのだろう。だから、この著作のタイトルは監督自身をドキュメントした映画ジャンル『セルフドキュメンタリー』なのではなかったか。

 松江監督自身もデビュー作『あんにょんキムチ』でも、己を曝け出しながらセルフドキュメンタリーを製作している。学生時代の作品ながら自身の在日というアイデンティティに等身大の目線で向き合ったこの作品で各地の映画賞を獲得した松江監督。最も自分に近い場所からドキュメンタリーを出発させた彼が、本書の中でドキュメンタリー映画についてこう綴っている。

「僕にとってドキュメンタリーとは手法であり、物語を描くための手段だ。現実を素材にして、キャメラで記憶し、その膨大な時間をもう一度シナリオを書くように再構成して、自分が見たいストーリーを演出する」

 古くは田原聡一郎が「自分のつくったドキュメンタリーはやらせである」と発言し、森達也は『ドキュメンタリーは嘘をつく』(編集は松江哲明)というそのままズバリのタイトルを冠しているように、ドキュメンタリーとはけっしてありのままの事実ではない。それは、監督の視線によって、現実をもとにしたフィクションにしか過ぎない。ましてや林由美香、前野健太、AV女優に童貞と、アクの強いさまざまな被写体を撮りながら、常に”松江節”ともいえるオリジナリティで被写体を自分のものにしてきた松江監督。この『セルフドキュメンタリー』というタイトルに込められた戦略も自ずから見えてくるのではないだろうか。

 自分の半生を素材に「映画監督・松江哲明ができるまで」の物語を綴った松江監督。そのストーリーは、もしかしたら映画好きのいじめられっ子が一流のドキュメンタリストになるまでの、松江監督一流の刺激的なフィクションなのかもしれない。

 本書にはこんな記述もある。

「リアル(ドキュメンタリー)もフェイク(ドキュメンタリー)も関係ない。『何が伝わったか』それが一番大切なことだと思う」

 真実か虚構か、それは問題じゃない。この青春物語を読んで得られた感覚こそが、すべてなのである。
(文=萩原雄太[かもめマシーン])
  
●松江哲明(まつえ・てつあき)
1977年東京生まれのドキュメンタリー監督。99年に在日コリアンである自身の家族を撮った『あんにょんキムチ』でデビュー。他の作品に『童貞。をプロデュース』(07年)、『あんにょん由美香』(09年)、『ライブテープ』(09年)などがある。<http://d.hatena.ne.jp/matsue/>

セルフ・ドキュメンタリー 映画監督・松江哲明ができるまで
世界を駆けるドキュメンタリー作家・松江哲明が、初めて自らの映画作りを振り返る1冊。この10年で松江が掴んだドキュメンタリー観とはいったい何か。特別付録にドキュメンタリー作家こそ観るべき劇映画50本を紹介。2310円(税込)。
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最終更新:2010/10/11 15:00
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