“救済”の先にあるものとは一体何? 神なき時代の聖書『ヘヴンズ ストーリー』
#映画 #インタビュー #邦画
──熱演したキャストについても聞かせてください。前半のラスト、家族を殺された主人公のサト(寉岡萌希)は、新しい家庭を築こうとしていたトモキ(長谷川朝晴)の「家族を殺された人間は幸せを願っちゃダメかな」という問いに対し、「ダメだと思います」と言い放つシーンがあまりに強烈です。
瀬々 そうですね。前半はサトにその台詞を言わせるために、それまでの時間をかけるという意気込みで作りました。大事な台詞だったんです。寉岡さんはしっかりとあのシーンを演じてくれた。それは、あの年齢の子が持っていた純粋さゆえに言えた台詞でもある。あの年齢だからこそ、成立した台詞だと思うんです。あのシーンの撮影のとき、彼女は高校2年生でまだ16歳だった。いま思えば一年後の彼女があの台詞が言えたかどうか考えると疑問なんです。社会に直面する年齢になれば、もうあの台詞は口にできなくなる。16歳だったから、ギリギリあの台詞を言うことができたんじゃないか。確かに、あのシーンはドキリとするとよく言われます。そこには自分が失ってしまったものがある気がするんです。あの年齢の頃は、誰もが純粋に世界に立ち向かえてたと思うんです。
──大人が口にすると、「ウソくせぇ」「お前自身はどうなんだ?」とツッコミを受けかねない。
瀬々 そういうことです(苦笑)。
■『幕末太陽伝』の主人公のように居残ってやれ
──でも、16歳の寉岡萌希さんに復讐を生き甲斐にする主人公を1年にわたって演じさせるのは酷だったのでは?
が犯人への復讐を誓うトモキ役を熱演。一度
は新しい家庭を手に入れたトモキだが、サトと
出会ったことで再び人生が狂っていく。
瀬々 大人は今さら成長しないけど、寉岡さんは1年間続いた撮影を通して女優ということだけじゃなくて、現実の彼女の日常世界の中でもすごく成長していったわけです。あの年代の女子の1年の成長というのは肉体的にも精神的にも大きいと思う。ボクたちの1年間と彼女の1年間は密度が違う(笑)。ボクなんかの10年分の体験を、彼女はこの1年間で凝縮して過ごしたんじゃないかな。彼女はこの映画と1年間向き合ったわけだけど、撮影とは別に日常生活でも様々な体験をしていると思うんです。サトに関するシーンは時間軸に沿って撮影しているんで、前半の「ダメだと思います」というシーンから後半のラストまで1年間リアルに時間が経過していて、16歳のサトと1年後のサトはある意味違う。ボクらの目論みを超えたサトに後半はなっていた。17歳になったサトは、映画の中でもいろんなことを経験し、トモキへの恋愛感情も芽生え、「ダメだと思います」とはもう言えなくなっている。成長するということは純粋さを失っていくことでもあり、ある意味で残酷ですよ。でもそれが人間なんじゃないかと、いい意味で思い知らされた。大人になったボクらは、そんなことも忘れてしまっているんだけど、そのことを思い出させる作品でもありました。最初は”罪と罰”とか大上段に構えていたけど、それよりも人間にとっては成長や老いといった緩やかな時間の経過という問題のほうが大きいんじゃないかと今になって改めて感じています。
──後半からはトモキの家族を衝動的に殺してしまったミツオ(忍成修吾)が登場。罪を犯すことによって人間的な成長を遂げていくという非常に皮肉的なキャラクターですね。
瀬々 忍成さんはちょっと独特なタイプの役者さんというか、色で言えば真っ白な感じなんですね。真っ白で挑んできて、現場で起きる化学反応に合わせてどんどん変わっていく役者さん。最初は自分の役を「よく分からない」と言っていたけど、現場で「あ~、こういうことなんだ」とつかみながらどんどん演じていく。多分、彼も撮影を通して役と一緒に、成長という言い方が良いかどうか分かりませんが、入り込んでいったんじゃないかと思います。そういう意味では、いちばん大変だったのはトモキ役の長谷川朝晴さんだったと思うんです。彼は他の登場人物に対して全部受けの芝居をしなくちゃいけなかったから、自分の中のものを発露する機会が少なかった。でも、長谷川さんにこの役をやってもらいたいと思ったのは、彼の持っている等身大の感覚だったんです。トモキは全く普通の人が事件の渦中に放り込まれるという役なんで、こちら側というか、学生時代の友達にいそうなタイプが良かったんです。あ、こいつと学生時代一緒に麻雀したことあるみたいな(笑)。長谷川さんはそういう安心感を与えてくれるんですよね。決して目立たない感じではないんだけど、なにか懐かしいというか、それでいて真面目さを持ってる存在感。そこは、やはり独特だと思いますね。
(忍成修吾)は、人形作家の恭子(山崎ハコ)
に引き取られ、束の間の居場所を得る。
だが、恭子は認知症が進行していた。
(c)2010ヘヴンズプロジェクト
──映画初出演となる山崎ハコさんは、若年性アルツハイマーに冒されながらも、行き場所のないミツオを引き取るという重要な役。
瀬々 ハコさんは、やはりアーティストだけあって、出てきただけで彼女の背後に風景が見えてくる。何もしないでも彼女が背負ってきた人生が見えてくる。ハコさんじゃなかったらこの映画自体が全然違ったものになっていたと思います。それだけ、この映画の色を決めてくれたと思います。最後の撮影では、ハコさん、かなり体重を減らしてから撮影に挑んでくれたんです(※体重36kgだったのを34kgに減らした)。アルツハイマー患者の役だったので、記憶を失うのと同時に自分の存在感もなくすよう体重を落としたそうです。「死ぬということはカゲロウのようになることだと思った」と話していましたね。廃墟でのシーンは、ハコさんは何もせずただ車椅子に座っているだけなんですが、表情だけで訴えかけてくるものがあったと思います。
──家族を奪われたトモキとミツオが互いに復讐し合うという最悪のクライマックスを迎えるわけですが、その最悪の事態を招いたサトは最終的には”救済”されるんでしょうか?
瀬々 ボクは”救済”だとは考えていないんです。川島雄三監督の『幕末太陽伝』(57)という映画がありますよね。あの映画のラスト、肺病に冒されている主人公のフランキー堺が「地獄も極楽もあるもんけえ」と言って街道を走っていく。ボクはあのラストが大好きなんです。自分の人生、生きて生きて生き抜くんだという決意表明。あのラストを見ると自分自身もそうやって現実に挑んでいきたいといつも思う。劇中のサトにも現実に立ち向かう形で終わらせたかった。トモキとミツオはああいう悲しい結末を迎える中で、お互いに許し合ったというか救われたんじゃないかとボクは考えています。では、サトはどうなるのか? 死んだ家族と再会させてあげることが果たして彼女にとっての”救済”になるのか。それは違うと思ったんです。成長していく彼女は、もっと現実に立ち向かっていかなくてはいけない。今の世の中はこんなにも悲惨だけど、その中で生きていかなくてはいけない。自分の居場所を見つけなくてはいけない。もしくは居場所がなくても生きていかなくてはいけない。確かに撮影前は”救済”を考えていました。でも、1年間の撮影を続けることで”救済”の先にあるものを描かなくちゃいけないと考えるようになったんです。
──『幕末太陽伝』は近世から近代への時代の変換期を描いた作品ですが、本作は20世紀から21世紀、アナログからデジタルへの移行期を描いた作品と言えますね。
瀬々 そうですね。『幕末太陽伝』は一軒の遊郭を舞台にした群像劇だけれども、『ヘヴンズ ストーリー』は西洋的な意味でのヘヴンではなく、”ヘヴン”という大きな屋根の下で暮らす人々の物語と言えるかもしれない。どちらも新しい時代の中でどうやって生きていくかということ。地獄も極楽もあるもんけえ、ですよ(笑)。
(取材・文=長野辰次)
●『ヘヴンズ ストーリー』
脚本/佐藤有記 監督/瀬々敬久 出演/寉岡萌希、長谷川朝晴、忍成修吾、村上淳、山崎ハコ、菜葉菜、栗原堅一、江口のりこ、大島葉子、吹越満、片岡礼子、嶋田久作、菅田俊、光石研、津田寛治、根岸季衣、渡辺真紀子、長澤奈央、本多叶奈、佐藤浩市、柄本明、人形舞台yumehina、百鬼どんどろ 配給/ムヴィオラ PG-12 10月2日(土)より渋谷ユーロスペース、10月9日(土)より銀座シネパトスほか全国順次公開
<http://www.heavens-story.com>
●ぜぜ・たかひさ
1960年大分県出身。京都大学哲学科在学中に、『ギャングよ 向こうは晴れているか』を自主制作。『課外授業 暴行』(89)で商業監督デビュー。”ピンク映画四天王”として話題作を次々と発表する。実在の事件を題材にした『雷魚』『KOKKURI こっくりさん』(97)で一般映画に進出。『トーキョー×エロチカ』(01)では地下鉄サリン事件を背景に描いた。性同一障害者を主人公にした『ユダ』(04)は「映画芸術」ベストテン第1位に。近年は『泪壺』(08)、『フライング・ラビッツ』(08)といったエンターテイメント作やパニック大作『感染列島』(09)などを手掛けた。『ドキュメンタリー 頭脳警察』(09)も上映時間5時間14分という長さで話題を呼んだ。
長さでは、負けてない。
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