サラリーマンはどこから来て、どこへ行くのか?『サラリーマン漫画の戦後史』
#本
僕は2003年に新卒で中堅エロ本出版社に就職し、2年ほど編集者として働いたのち、社員数10人にも満たない零細出版社に転職した。前者は、会社組織としては堅実で保守的だったけれど、やっぱり仕事内容は家族に話せない程度に特殊だった。後者はワンマン社長が仕切る悪い意味で同人サークルみたいな出版社。
いずれにせよ、こうしてフリーライターになる前、会社に勤めて会社から給料をもらっていた当時の僕はれっきとしたサラリーマンだったわけだ。でも、それはいわゆる「サラリーマン」とは似ても似つかないし、就活中は「オレ、編集者になる」とか言って、サラリーマンという雇用形態は意識の外にあった。
本書『サラリーマン漫画の戦後史』は、人口のボリュームゾーンでありながらあまり語られることのない「サラリーマン」を、漫画を通して見つめ直したものだ。自らも現役サラリーマンである著者・真実一郎氏は、まず「勤勉で謙虚」「献身的」といった理想的かつ最大公約数的なサラリーマン像はいつ形成されたのかを探り、そのルーツを1950~60年代に人気を博した源氏鶏太の「サラリーマン小説」に見る。
源氏作品の特徴は、〈人柄主義〉と〈家族主義〉に貫かれた勧善懲悪ストーリーにあるという。そこでは仕事の成果よりも人柄がモノを言い、会社は永く帰属すべき疑似家族として描かれ、誠実な主人公に敵対する卑劣漢は必ず失脚する。終身雇用に守られながら年功序列の出世レースを人柄のよさで乗り切ってハッピーエンド──そんな世界観が、高度経済成長を支えたサラリーマンに広く浸透したというわけだ。
この〈源氏の血〉を正当に継承し、リバイバルさせたのが『課長島耕作』(弘兼憲司)である、というのが著者の見立て。そして、源氏=島耕作ラインを軸に、サラリーマン漫画の変遷を時代時代の世相とダブらせながら掘り下げていく。
たとえばバブル期、島耕作がブイブイいわせていたその裏で、『妻をめとらば』(柳沢きみお)の主人公は過労と孤独に押しつぶされ、『気まぐれコンセプト』(ホイチョイ・プロダクション)は享楽的な「ギョーカイ人」を茶化し、『お茶の間』(望月峯太郎)は生き方に悩むサラリーマンに「フリーター」という選択肢をチラつかせた。
読ませるのは、このバブルが終焉したあとのサラリーマンの物語。90年代以降、それまで曲がりなりにも受け継がれてきた〈源氏の血〉は薄れていく。終身雇用も年功序列も崩壊し、会社はサラリーマンを守る「家族」ではなくなり、グローバル資本主義の前で「人柄」は無力だった。『宮本から君へ』(新井英樹)は反・島耕作的なスタンスで「バブル」という時代そのものと格闘し、当の島耕作でさえ、もはや不倫と社内政治にかまけていられなくなり、部長→取締役→常務→社長と昇進するにつれビジネス情報漫画にシフトしていく。
00年代に入ると〈源氏の血〉の解体は本格化。『働きマン』(安野モヨコ)におけるさまざまな人の働き方を否定も肯定もせずフラットに並べる手法は、〈仕事観が多様化し、普遍的なサラリーマンの理想像が分からなくなってしまった時代だからこそ生み出された〉と著者は指摘する。あるいは、会社コミュニティに背を向け趣味に没頭する『ぼく、オタリーマン。』(よしたに)、弱小デザイン事務所を舞台に上下関係のない「サークル的な緩い組織」でやりがいを見出す『午前3時の無法地帯』(ねむようこ)など、サラリーマンたちは〈島耕作の呪縛から解放されたかのように等身大に振る舞い始めた〉。
戦後のサラリーマン・ファンタジーは解体され、「サラリーマン」の公約数が最小の”1″になりつつあるいま、サラリーマンはどう生きるべきか? 著者は、自分にしかできないワン&オンリーな能力で会社に認められる『特命係長只野仁』(柳沢きみお)を引き合いに出し、〈次は我々が自分自身の「特命」を生きる番だ〉と、力強く締めくくる。
もし今後「サラリーマン研究」的なものがなされるなら、その基本書になりそうなくらい、戦後から現在に至るサラリーマンの栄枯衰勢と社会構造の変化が手際よくまとめられた良書である。
(文=須藤輝)
●真実一郎(しんじつ・いちろう)
神奈川県出身。慶應義塾大学文学部卒業。現役サラリーマン。広告から音楽、漫画、グラビアアイドルまで幅広く世相を観察するブログ「インサイター」(http://blog.livedoor.jp/insighter/)を運営。『SPA!』(扶桑社)、『マイコミジャーナル』(毎日コミュニケーションズ)、『モバイルブロス』(東京ニュース通信社)、『Invitation』(ぴあ)などでコラムを連載。座右の銘は「巨悪も美女も眠らせない!」。
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