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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.86

マイノリティーは”理想郷”を目指す。筒井文学の金字塔『七瀬ふたたび』

nns0001.jpg人の心を読むテレパスである七瀬(芦名星)は、
夜行列車の中で同じテレパスのノリオ(今井悠貴)、
予知能力者の岩淵了(田中圭)と運命的な邂逅を果たす。
(C)2010「七瀬ふたたび」製作委員会

 『時をかける少女』と並んで熱烈な人気を誇る、筒井康隆のSF小説『七瀬ふたたび』が初映画化された。1975年に出版された同作が映像化されるのは、これで5度目となる。ヒロインは人の心を読む、美しき〈テレパス〉火田七瀬(芦名星)。特殊能力に恵まれたゆえにコドクな人生を歩んできた七瀬は、さまざまな能力を持つ仲間たちと出会う一方、異端者の存在を嫌う巨大組織の迫害に遭い、壮絶なサイキックバトルを繰り広げる。これまでのテレビドラマ版にはミステリアスな雰囲気の多岐川裕美(NHK/79年)、ホステス姿がセクシーだった水野真紀(フジテレビ系/95年)、ボーイッシュなイメージの渡辺由紀(テレビ東京系/98年)、介護施設で健気に働く蓮佛美沙子(NHK/09年)と多彩なタイプの七瀬が登場した。いかに映像クリエイターたちが『七瀬ふたたび』という物語と七瀬というヒロインを愛してきたかが分かるだろう。


 『時をかける少女』が思春期の淡い初恋を描いたように、『七瀬ふたたび』も単なる超能力バトルに終わらない、美しく悲しく切ない物語だ。七瀬はいくつもの顔を持っている。七瀬と同じ〈テレパス〉である幼いノリオ(今井悠貴)にとっては”慈愛の保護者”であり、離れた物体を動かす〈テレキネシス〉のヘンリー(ダンテ・カーヴァー)にとっては”正しき指導者”、筒井作品でおなじみ〈タイムトラベラー〉の藤子(佐藤江梨子)にとっては心を丸裸にして見せることのできる”唯一の親友”、〈予知能力者〉である岩淵了(田中圭)にとっては未来を大きく揺るがす”運命の恋人”なのだ。過去の七瀬を演じてきた女優たちのタイプがバラバラなのは、製作者たちの思い描く七瀬像がそれぞれ違うからだろう。まるで阿修羅像のように幾つもの顔を持つ七瀬を家長にして、七瀬を慕う超能力者たちは”疑似家族”を構成し、さすらいの旅を続ける。

 七瀬たちが目指すところは、世間から異端者の烙印を押された自分たちが静かに暮らせる安息の地。自分の持つ特殊能力に悩まされることなく、仲間と支え合って慎ましく生活できればよい。中国でいうところの”桃源郷”、チベットでいうところの”シャンバラ”、日本最南端の島・波照間島でいうところの”パイパティローマ”、宮沢賢治ならば”イーハトーブ”、宮崎駿でいうなら『未来少年コナン』(NHK)で描かれる”ハイハーバー”ですよ。しかし、どこまで行っても七瀬たちは白眼視され、さらに巨大組織が執拗に追撃してくる。せっかく七瀬という最大の理解者に巡り会えた超能力者たちだが、殉教者のようにひとり、またひとりと抹殺されていく。

nns0002.jpg七瀬を中心にした超能力集団。ヘンリー
(ダンテ・カーヴァー)は七瀬の命令に
よって念動力を発揮し、藤子(佐藤
江梨子)は時間をリセットするタイム
リープ能力を持つ切り札的存在だ。

 多岐川裕美主演の『七瀬ふたたび』に初遭遇したときは衝撃的だった。原作小説を知らず、「いきなり”ふたたび”と言われてもなぁ」とテレビの前で困惑した覚えがある。またそれ以上に、自分の信じる者のために命を張って巨大な敵と戦う超能力者たちに”滅びの美学”を感じ、胸を締め付けられた。70年代の終わりにNHKで作られた第1作は、たぶんに製作者は”あさま山荘事件”に象徴される学生運動の終焉をドラマに重ね合わせていたように思う。

 『ガメラ 大怪獣空中決戦』『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』(95)などのヒット作で知られる”時空マスター”伊藤和典が劇場版『七瀬ふたたび』のシナリオを書き上げたのは10年前。原作のクライマックスから始まるケレン味たっぷりの構成にしている。ちなみに兄・小中千昭とのコンビで数多くのSFファンタジー作品を発表してきた小中和哉監督が劇場版の企画に携わったのが13年前。主演女優が見つからず難航したとのことだが、すんなり製作されていれば、オウム事件を彷彿させる問題作として賛否両論が沸き上がったはずだ。

 原作者であり、永遠のヒロイン・七瀬を生み出した創造主である筒井康隆氏、いや筒井先生には河崎実監督作『日本以外全部沈没』(06)の劇場公開の際にインタビューする僥倖に恵まれた。テアトル新宿の狭い控え室で、『日本以外全部沈没』や『七瀬ふたたび』を執筆した70年代のエピソードを扇子片手に語ってくれた。70年代当時、『日本沈没』の小松左京氏やショートショートの星新一氏は売れっ子だったものの、SF作家は作家とは認められておらず世間から孤立した存在だったという。SF作家仲間でニューオータニのバーや六本木のイタリア料理店「シチリア」に度々集まっては、気炎を上げていたそうだ。

 無礼講の酒の席で小松左京氏は「沈没成金」と囃され、作風と180度違う毒舌ぶりを発揮していた星新一氏は「オレのジョークにみんな笑い転げるのに、オレの小説がつまらないのはなぜだ?」などと自虐的な会話が飛び交っていたとのこと。そんな言葉のやりとりからブレインストーミング的に珍作『日本以外全部沈没』が生まれたんだよ、と筒井先生は振り返った。興に乗ったSF作家御一行は夜中の横浜中華街にまで繰り出し、大騒ぎしていたとも。作家として認められないSF作家たちの抑圧されていたエネルギーが渦巻いていた宴会だったようだ。世間や巨大組織を相手に戦いを挑む七瀬たち超能力者集団は、溢れ出す豊かなイマジネーションを持て余すSF作家たち若き日の写し絵だったのかもしれない。

 ”クールビューティ”芦名星が演じた劇場版の七瀬は、これまでの七瀬に比べて超ポジティブだ。七瀬と同じ〈テレパス〉でありながら超能力者抹殺計画の現場指揮を執る狩谷(吉田栄作)に対し、狩谷の思い出したくない幼い頃のトラウマを掘り起こし、心の傷のかさぶたをむしる取るという荒業を七瀬は見せつける。”理想郷”とは誰もいない逃走先にあるのではなく、目の前の問題をクリアしなくては手に入らないことを悟った七瀬は、最後まで戦い抜く覚悟を決める。美しくもはかない超能力者だった七瀬は、スクリーンの中で闘うヒロインとして新しく甦った。CGを多用して、もっと派手なサイキックアクションにしても良かったのではという声もある。しかし劇場版『七瀬ふたたび』は、今までになく”ふたたび”という意味を強く感じさせる1作であることは間違いない。
(文=長野辰次)

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筒井康隆作家生活50周年記念映画『七瀬ふたたび』
原作/筒井康隆 脚本/伊藤和典 監督/小中和哉 出演/芦名星、佐藤江梨子、田中圭、前田愛、ダンテ・カーヴァー、今井悠貴、平泉成、吉田栄作
配給/IMJエンタテインメント + マジックアワー 10月2日(土)よりシネ・リーブル池袋、シアターN渋谷ほか全国ロードショー
※本編上映前に中川翔子初監督作となる短編『七瀬ふたたび プロローグ』を上映。出演/芦名星、多岐川裕美
<http://www.7se-themovie.jp>

NHK少年ドラマシリーズ 七瀬ふたたびI

初代。

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最終更新:2012/04/08 22:58
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