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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.83

女を食い物にする男どもは全員処刑! モダン社会の闇を暴く『ミレニアム』

m2.jpg『ミレニアム2 火と戯れる女』より。リスベットは犯罪組織の黒幕”ザラ”と対決。
無痛症の巨人も現われ、リスベットは苦戦を強いられる。
(C)Yellow Bird Millennium Rights AB, Nordisk Film, Sveriges Television AB, Film I Vast 2009

 まるでディズニーランドのようにチリひとつ落ちていない、美しく清潔な北欧の街で、DV、性的虐待、人身売買、強制売春、連続殺人……と、おぞましいしい事件が次々と発覚する。世界的な大ベストセラーとなった『ミレニアム』三部作(早川書房)はスウェーデンが舞台だ。男女平等、福祉社会の見本とされている洗練されたモダン国家・スウェーデンだが、当然ながら社会の裏側に回れば、そこには洗練されることのない人間の性衝動、システム化の進んだ社会ゆえの、ねじれ曲がって歪んだ欲望が渦巻いている。『ミレニアム』シリーズの女性調査員・リスベットは、ミステリー史上最強にして最凶のヒロインだ。弁護士、医者、大富豪、政治家といった権力者たちが地位や名声を隠れ蓑にして社会的弱者である女性や子どもたちをいたぶり、慰みものにしていることを断じて許さず、徹底的に追い詰める。身長154cm体重42kgと痩せた少年のような体型のリスベットだが、鼻にはピアス、鋲つきのパンクファッション、そして背中には大きなドラゴン・タトゥーを背負う。多感な少女時代を精神病院の閉鎖病棟で不当に過ごしたリスベットは、ちょっとでも気を緩めると自分のトラウマに押し潰されそうになる。その恐怖を踏みこらえるために全身にピアスとタトゥーを刻んでいるのだ。


 日本で1月に公開された映画『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』では,
リスベット(ノオミ・ラパス)は天才的ハッカー、そして映像記憶能力という特殊な才能を発揮し、社会派雑誌「ミレニアム」の記者ミカエル(ミカエル・ニクヴィスト)と共に巨大企業の経営者一族に隠された少女失踪事件の真相を暴いてみせた。第1部『ドラゴン・タトゥーの女』が1話完結の密室ミステリーとしての味わいがあったのに対し、9月11日(土)より連続上映される『ミレニアム2 火と戯れる女』『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』は2部構成のハードボイルドタッチの社会派サスペンスだ。世界を揺るがす秘密組織との戦いへとスケールアップしている。『ドラゴン・タトゥーの女』ではリスベットが後見人である性悪弁護士ビュルマンからSEXを強要されるくだりが描かれていたが、『火と戯れる女』『眠れる女と狂卓の騎士』ではリスベットの忌まわしい生い立ち、精神病院で虐待された地獄の少女時代が明らかにされていく。リスベットは洗練されたモダン社会の中で虐げられてきた女性や子ども、医師や弁護士の一方的な判断で社会的不適合者の烙印を押された人々の怒りや哀しみを一身に背負ったキャラクターだったのだ。

 3部作を通してリスベットを演じたノオミ・パラスの素顔はチャーミングな北欧美女だ。「キネマ旬報」(10年1月15日号)のインタビューで、パラスは「スウェーデンという国は他所から見れば表面的にはすごく平穏で、問題のあまりない国のように映る。ところが内部には暗い面があって、それについて人は語ろうともしないし、存在することも認めようとしない傾向にある」と語っている。ハリウッドでのリメイク版は、『セブン』(95)、『ファイト・クラブ』(99)のデヴィッド・フィンチャーが監督することが決定。ミカエル役は『007』シリーズで生身のジェームズ・ボンドを演じたダニエル・クレイグ。気になるリスベット役は、海賊映画からの卒業を表明したキーラ・ナイトレイ、アミダラ姫ことナタリー・ポートマン、『プリティ・プリンセス』(01)のアン・ハサウェイらが名乗りを挙げての争奪戦となった。結局はリメイク版『エルム街の悪夢』(10)の新人女優ルーニー・マーラにお鉢が回った形だが、ハリウッドの人気女優たちが自分の今までのイメージをぶち壊すのにリスベット役を渇望したことは容易に理解できる。女を憎む暴力的な男たちを次々と処刑台送りにするリスベットという異形のヒロイン像は、それほどまでに魅惑的だ。

m1.jpgダメ男は私が裁いてあげる! 加護亜依が
『ミレニアム2&3』の宣伝部長に就任。
ヒロイン・リスベットを模したゴスメイク&
ソフトモヒカンヘアでイベントに登壇した。

 『火と戯れる女』『眠れる女と狂卓の騎士』の日本公開にあたり、宣伝部長として加護亜依がリスベットばりのボンテージ衣装で試写イベントに登壇した。小さな体ながら、踏まれても踏まれても立ち上がる強靭な精神の持ち主であることが起用理由とのこと。気持ち良さげに女王さまファッションを披露した加護ちゃんは「リスベットって、本当は強くなくてコドクな女性。それでタトゥーやピアスなどで、自分の中の痛みと強さを表現しているんじゃないかと思う。彼女の強さの中にあるコドクな一面に惹かれますね」と語った。喫煙問題からハロー!プロジェクトを離れ、今はひとりぼっちで慣れないジャズを歌う加護ちゃんも、巨大権力を物ともせずに戦い続ける孤高のヒロインに人一倍シンパシーを抱いているらしい。

 ひとりぼっちで戦ってきたリスベットだが、『ドラゴン・タトゥーの女』で少年がそのまま大きくなったような正義漢・ミカエルに出会ったのに続き、『火と戯れる女』『眠れる女と狂卓の騎士』ではリスベットを守ろうとする仲間が次々と現れる。2メートルの巨人男が殺人マシーンさながらにリスベットに迫るが、リスベットのレズフレンドであるミリアム・ウーや元プロボクサーであるパロオ・ロベルトらが体を張ってリスベットを守る。世間からは社会的落伍者と見なされているハッカー仲間の”疫病神”さえも、数少ない友人であるリスベットの窮地を救うために部屋を飛び出して、夜のストックホルムを走り回る。殺人容疑を掛けられたリスベットが被告席に立つ裁判では、ミカエル、警備会社の元上司、”疫病神”たちが傍聴席からリスベットを見守る。リスベットこそ、神なき時代の信じうる高潔な女神であることを彼らは知っているのだ。ピアスやタトゥーで覆われた肉体の中には、とても純粋な魂が隠されており、その魂こそこの世で真っ先に救済されるべきものだと彼らは信じている。

M3.jpgシリーズ完結編『ミレニアム3 眠れる女と
狂卓の騎士』は法廷劇へと展開。事件の真相を
つかんだ雑誌記者ミカエルにも危険が迫る。

 自分の殻の中に籠っていたリスベットは、ミカエルとのSEXを済ませた後はそそくさと自分のベッドに戻る様子が『ドラゴン・タトゥーの女』で描かれていたが、そんなリスベットのクールな態度が、シリーズ完結編『眠れる女と狂卓の騎士』では変化し始める。裁判を通してリスベットの思い出したくない過去がえぐり出されるが、同時にリスベットは自分のために尽力してくれる人たちの存在を受け入れていく。巨人との戦いで重傷を追ったリスベットを献身的に治療した医者のアンデルスには「病院食じゃなくて、ピザが食べたい」と甘えてみせる。裁判中の拘置所では女刑務官の「必要なものがあれば言って」という申し出に、「じゃあ、タバコ」と軽口まで叩くようになる。『ドラゴン・タトゥーの女』では無言に近かったことを思えば、なんという変わりようだろう。

 裁判を終えたリスベットはメイクを拭き取り、とても女らしい柔和な表情を浮かべる。現代社会の人身御供、もしくは殉教者的存在だったリスベットが、生きた人間、ひとりの女性になった瞬間である。北欧神話では神々は巨人族との戦いの果てに滅亡への道をたどるが、リスベットは戦う女神からひとりの女性になることで目の前に広がる現実社会で生きて行くことを選択する。まがまがしくドロドロした人間社会だが、リスベットは自分はひとりぼっちではないことを実感する。
(文=長野辰次)

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『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』
原作/スティーグ・ラーソン 監督/ニールス・アルゼン・オプレブ 出演/ミカエル・ニクヴィスト、ノオミ・ラパス、スベン・バーティル・タウベ、レーナ・エンドレ 販売元/アミューズソフトエンタテインメント 定価(税込み)3990円 DVD発売中

『ミレニアム2 火と戯れる女』R-15
『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』PG-12
原作/スティーグ・ラーソン 監督/ダニエル・アルフレッドソン 出演/ミカエル・ニクヴィスト、ノオミ・ラパス、アニカ・ハリン、ペール・オスカーション、レーナ・エンドレ、ゲオルギ・スタイコフ、ミッケ・スプレイツ、ペーテル・アンデション、ソフィア・レダルプ、ヤスミン・ガルビ、ヨハン・シレーン、ターニャ・ロレンツソン、パオロ・ロベルト、アンデルス・アルボム・ローセンダール 配給/ギャガ 9月11日(土)よりシネマライズ渋谷ほかにて連続公開 <http://millennium.gaga.ne.jp>

ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女

上質サスペンス。

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最終更新:2012/04/08 22:58
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