野沢直子 今振り返るカリスマ女芸人の「先駆者としての比類なき存在感」
#お笑い #この芸人を見よ! #ラリー遠田
8月18日、米在住の「出稼ぎ芸人」として知られる野沢直子が、初めての小説『アップリケ』(ワニブックス)を出版した。この作品は、社会に適応できない子どもたちの青春を描いた群像劇。劇作家・本谷有希子も絶賛するほどの本格的な純文学に仕上がっている。
現在30代以上のテレビ視聴者ならば、野沢直子の名前を知らない者はいないだろう。彼女は、1980年代後半から90年代初頭にかけて、女性芸人としては空前の大ブレイクを果たし、数々のバラエティー番組に出演して人気を博していた。特に、『夢で逢えたら』(フジテレビ系)でウッチャンナンチャンやダウンタウンと並んでコントを演じたり、『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』(日本テレビ系)で珍解答を連発したりしていた姿が記憶に焼き付いている人も多いだろう。元気いっぱいで明るく振る舞う一方、時には鋭く本質を突く発言で笑いを取るセンスもあり、都会的でアカ抜けた奇抜な髪形やファッションでも注目を集めていた。
だが、そんな野沢は、91年、人気の絶頂期に突如としてすべてのレギュラー番組を降板し、単身ニューヨークへと旅立ってしまった。その理由は、本人の発言によると、日本でのタレント活動に行き詰まりを感じていたためだという。
その後、野沢はアメリカ人男性と結婚して、生活の拠点を米国に移した。現在では、年に一度だけ帰国をして、日本のバラエティー番組に顔を出すのが通例になっている。
野沢のテレビタレントとしての最大の魅力は、その自由奔放さにあった。彼女がデビューした80年代当時、テレビに出る女性タレントの多くは、「女」らしく振る舞うことを求められていた。それは、女性芸人も例外ではなかった。たとえ、自分がブスやデブであることをネタにするとしても、それはそれでステレオタイプな「女らしさ」への反発にしかならない。いずれにせよ、そこに縛られていることには変わりがないのだ。
だが、野沢はデビュー当初から、そういうものをあまり意識させない特殊なタイプの女性タレントだった。それは恐らく、祖父が作家の陸直次郎、叔父が演出家・声優の野沢那智、といった芸術家気質の家系に育ったということも関係しているのだろう。彼女は、テレビの中でもごく自然に、男言葉に近い話し方でしゃべり、好き勝手にギャグを連発していた。
約20年前に野沢がテレビで見せていた自由で自然な振る舞いは、2010年現在の基準に照らし合わせると、ごく普通で当たり前のように見える。だが、当時はあれが画期的だったのだ。野沢は、女性はおしとやかに振る舞うべきだという社会通念に対する堂々たる反逆者であり、カリスマだった。女性視聴者にとって嫌みにならず、男性視聴者にも嫌われない。そのバランスを保つことができたのが、彼女が成功した最大の要因だ。
また、野沢は、いわゆる「お笑い」という枠にも縛られていなかった。お笑いの世界には、持ちネタがあり、間合いがあり、技術がある。また、先輩後輩の上下関係があり、求道的なプロ意識がある。野沢は、吉本興業に所属する女性芸人という立場でありながら、初めからそういったものに背を向けて生きてきたようなところがある。もともと、コミックソングを歌うパフォーマーとして世に出てきたということもあり、舞台で漫才やコントを演じる芸人の本道とは全く違うルートから、芸能界に入ってきたのだ。
本人の発言によると、彼女は、『夢で逢えたら』で共演したダウンタウンやウンナンといった男性芸人のお笑いセンスに打ちのめされて、日本での活動を断念したのだという。ただ、率直に言えば、芸人の誰もがダウンタウンやウンナンを目指す必要はない。野沢には野沢にしか持っていないキャラクターがあり、彼女にしかできない仕事があった。『夢で逢えたら』という番組の屋台骨を支えていたのは、自由に動いて場をかき回す野沢の存在だった。そんな器用さを備えていたのは、当時彼女しかいなかったのだ。
目の前にある山の頂上を一心不乱に目指すような立場から見ると、絶頂期にその地位をあっさりと手放す野沢の生き方は不可解にも見える。だが、野沢のそんな身軽で自由奔放な生き様こそが、そのまま彼女のタレントとしての魅力でもあった。日本とアメリカをまたにかけて活躍する野沢は、時代を先取りした天性のエンターテイナーである。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)
渡米からもう20年。
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