埋もれた作品よ、再び──野坂昭如の単行本未収録作を集めた『20世紀断層IV』
#本
近年、野坂昭如の評価がとみに高まっている。最近こそメディアへの露出は少ないが、直木賞作家にして歌手、作詞家、政治家で、70~80年代、大変な人気があった作家だ。アニメ『火垂るの墓』の原作者として広く知られているが、『朝まで生テレビ』や『TVタックル』(ともにテレビ朝日)に酔っ払いながら出演したり、とんねるずの石橋貴明や大島渚を公衆の面前でぶん殴ったりなど、珍奇なエピソードは枚挙にいとまがない。
野坂氏が流行作家として活躍した60年代~90年代、単行本に収録されなかった作品も数多くあった。その埋もれた作品群をまとめたのが『20世紀断層 野坂昭如単行本未収録小説集成IV』(幻戯書房)。補巻を合わせた全6巻の4巻目で、昭和50年~59年に発表された中・短編52作品が収録されている。豪華な装丁と787ページに及ぶ厚さの愛蔵版だ。町田康や川上未映子に影響を与えたといわれる関西弁×擬古文調の文体が心地よい。
おすすめの一編は『素晴らしき日本文壇』。時は近未来、現役を退いた元編集者が、職を求めてハローワークに訪れる。出版社の入社試験を受けることになったが、昨今の流行作家は知らず、コンピューターは扱えず、昔ならした”飲みュニケーション”は必要とされない。文壇は”BENクラブ”なる組織に支配され、あらゆる出版物は”BENクラブ”の審査を受けなければ出版できない、といった状況。老編集者は、古きよき日の文壇を懐かしんで、とつとつと一人語りを始める……。この作品が書かれたのは昭和51年だが、メールで文書をやりとりする現代社会を予見した氏の慧眼に恐れ入る。
加えて、巻頭・巻末資料の充実っぷりがすごい。一編一編に註釈、仔細な年譜、著者コメントやエッセイが多数引用されていて、小説、歌手業、政治活動と、縦横に活躍した様子がよく分かる。当時の野坂氏の写真や選挙ポスター、雑誌の表紙なども掲載されていて、楽しく、かつ資料的価値が高い一冊となっている。
文壇が最も熱かった時代、流行作家として駆け抜けた野坂氏の、残滓とも言える作品群がこの『20世紀断層』である。韜晦趣味の内に秘された誠実さと戦争の残り香が、渾然と入り混じった野坂文学に、21世紀の読者もきっと心動かされることだろう。旧世紀の断層から掘り起こされた化石は、いまだ色あせない輝きを放っている。
(文=平野遼)
・野坂昭如(のさか・あきゆき)
1930年、神奈川県鎌倉市生まれ。45年、空襲で養父を失い上京。少年院にいるところを実父に引き取られる。旧制新潟高校を経て早大文学部仏文科に入学。7年間在籍し、この間、さまざまな職業を遍歴、CMソング、コント、テレビ台本などを書く。63年『おもちゃのチャチャチャ』でレコード大賞作詞賞受賞。67年『火垂るの墓』『アメリカひじき』で直木賞受賞。83年参議院比例代表制選挙に当選。主な著書に『エロ事師たち』『アメリカひじき・火垂るの墓』『骨餓身峠死人葛』『同心円』『文壇』など。03年、脳梗塞で倒れ入院。現在リハビリ中。
愛蔵版。
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