原恵一監督の新作は辛口ファンタジー 退屈な”日常生活”を彩る『カラフル』
#映画 #アニメ #邦画 #パンドラ映画館
自分の足にぴったりのシューズさえあれば、もっと地に足をつけて生きていけるのに。自分に自信が持てず、フワフワとした毎日を送る10代の少年にとって、自分に合ったシューズがあるかどうかは重大な問題なのだ。原恵一監督の新作アニメ『カラフル』はタイトルとは裏腹に、恐ろしく地味な中学生の日常生活が描かれる。直木賞作家・森絵都の原作小説は一度死んだ”ぼく”が天使に命じられ、自殺した直後の中学生として生き直すという青春ファンタジーだが、原監督はアニメーション的手法を使って色彩感覚溢れる作品に脚色することを抑えている。誰しもが体験した退屈でうっとおしい、大人と子どもの中間にあたる中学生の心の揺れ動きを丁寧にすくい取る。冴えない中学生・小林真として生き直すことになったぼくは、「足元だけでもオシャレに」とネットでレアものシューズを購入するが、すぐさま不良に取り上げられる。そんなとき、小林真の同級生・早乙女くんがイケてるシューズを揃えているディスカウント店の場所を教えてくれた。お手頃価格でお気に入りのシューズを手に入れたぼく/小林真はうれしくてたまらない。新しいシューズと早乙女くんという友達を手に入れたぼく/小林真は、学校に行く足取りも軽やかになる。中学生男子のそんな日常生活を原監督は実写さながらのリアルさで描く。
『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01)、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』(02)、『河童のクゥと夏休み』(07)と3作続けて高い評価を得ている原監督。『河童のクゥ』で独立するまでは、シンエイ動画に長年勤め、『ドラえもん』『エスパー魔美』(共にテレビ朝日系)などの藤子・F・不二雄原作のテレビアニメシリーズの演出を手掛けてきた。いわば藤子・F・不二雄の提唱する”SF(すこし・不思議)ワールド”の体現者だった。平凡な日常にちょっとした闖入者や時空の歪みが生じることで、愛しい風景へと変わっていく。原監督はその”平凡な日常”を描くのが抜群にうまい。日常をきちんと描くことで、ファンタジーの面白さがより生きてくる。『河童のクゥ』でも上原家の世話になる河童のクゥの居候生活を快活に描いたが、本作では日常描写にますます磨きがかかった。自殺を考えた小林真の鬱屈した生活は、観ているほうも息苦しさを覚えるほどだ。
あの世とこの世の狭間でさまよっていた”ぼく”の魂は関西弁で話す変な天使・プラプラに命じられて、自殺したばかりの中学3年生・小林真の体に入り、期間限定で生き直すことになる。でも、なんで平凡な中学生・小林真は自殺を考えたのか。小林真は勉強ができず、クラスで無視され続けている存在。友達は一人もいない。家族ともコミュニケーションが取れずにいる。唯一の心の拠りどころは美少女・ひろかだったが、想いを寄せているひろかが援助交際をしていることを知り、さらに母親が不倫している現場を目撃したことから、小林真は自殺へと走ってしまった。プラプラに小林真の暗い過去を教えられたぼくは、ため息をつくしかない。
友達の早乙女くんと分け合って食べることで、
ぼく/小林真にとって忘れられない味となる。
今さら他人の体と頭を使って受験勉強する気にもなれないぼくがどんよりと街を歩いていると、小林真の同級生である早乙女くんとばったり出くわす。名前はかっこいい早乙女くんだが外見はダサ系で、ぼく/小林真はこれまで口を利いたことがなかった。早乙女くんは卓球部に3年間所属しながら、万年補欠だったらしい。成績も小林真といい勝負。そんな早乙女くんは受験勉強もせずに街で何をしていたのかというと、1969年に廃線となったチンチン電車・東急玉川線(玉電)の路線跡に沿って、停留所跡をひとつひとつ訪ね歩いていたのだ。廃線めぐりとは中学生のくせに、何と渋い趣味。愛読誌は「東京人」(都市出版)か「散歩の達人」(交通新聞社)か。しかし、早乙女くんの「思い出すことで、消えてしまったモノが甦る」という言葉に、一度死んでしまっているぼく/小林真は深く共鳴する。玉電のくだりは原作小説にはない映画版のオリジナルエピソードだが、往年の玉電のモノクロ写真が挿入された途端に、それまでぼく/小林真の精神状態と重なって沈んでいたスクリーンが一気に色づいていく。ドラマ運びと演出によって、作品に色彩を施そうという原監督のこだわりに脱帽だ。
早乙女くんと知り合い、さらにシューズを一緒に買いに出掛けたことで、ぼく/小林真の冴えない日常生活にぽつんと灯りがともされる。高校なんてどうでもいいと思っていたが、早乙女くんと同じ公立高校を受験してみようという気になってくる。本作のクライマックスは、家族とコミュニケーションできずにいたぼく/小林真が、家族と夕食を囲むシーン。小林真の唯一の特技である絵の才能を伸ばすために私立高校へ進学するよう母親と兄は熱心に勧め、ぼく/小林真は家族と対立してしまう。「友達と同じ高校を受験したい」「当たり前の高校生活を送ってみたい」と主張する。ぼくの選択が正しいかどうかは問題ではなく、これまで学校に行かない、母親を無視する、自分の命を絶つ……と社会や家族に対して拒絶の形でしか自分の感情を表現できなかった小林真が初めて自分の意思を表示したのだ。家族の台詞のやりとりの中に、考え方の相違、対立、理解、笑い、そして少年が成長の階段を昇り出す鮮やかな一歩が描かれる。食卓を囲んだ家族の会話だけで作品のクライマックスを成立させてしまう原監督の力技がお見事。こんな卓越した演出力を持つ監督は、実写畑を含めても日本映画界にそうそういない。刺激的な非日常的要素をちりばめた作品が氾濫する今のアニメ界において、淡々とした日常生活が展開される原恵一ワールドの存在がファンタジーではないだろうか。
『河童のクゥ』の公開時に原監督をインタビューした。『オトナ帝国』『戦国大合戦』が絶賛された分、ハードルが高くなってプレッシャーを感じるのではと尋ねたところ、原監督は「ハードルはあったほうがいい」と答えた。「劇場版『クレヨンしんちゃん』を作りながら、次のハードルはもっと高く、もっと高くと意識するようになったんです。特に『オトナ帝国』はボクにとって転機になった作品。テクニックに頼っちゃダメ。自分にとっての切実なテーマに誠実に取り組もう。そして、切実なものはちゃんと受け取り手にも届くんだということが分かった作品なんです。だからハードルを意識することで、そのときの気持ちに立ち返ることができるんです」と原監督は語った。作品さながらに誠実さが感じられる人柄だ。
また、これだけリアルな演出ができるなら、実写の監督もやれるのではと尋ねると、「アニメではなく邦画を作っている意識なので、実写の話があれば考えないことはないですけど、自信はありませんよ(笑)。でも、やっぱりアニメならではの良さがあるんです。長年やっているのでうんざりしている部分もあるけど、実写に比べるとアニメは瞬発力が比較的求められない。実写の場合は、日が沈むまでに撮影を終わらせなくちゃいけないとか常に瞬発力が求められますからね。役者さんもひとりひとり自我がありますし。アニメにももちろん瞬発力は必要ですが、コンテを描きながら『さぁ、どうしようか』と立ち止まって考える余裕がアニメにはあるんです。まぁ『河童のクゥ』は立ち止まりすぎて、製作に時間がかかっちゃいましたけど(苦笑)」。
一本気な性格、でも飄々としてマイペース。原監督は本作の名キャラクター・早乙女くんによく似ている。また、『戦国大合戦』の”青空侍”のようでもあるし、『河童のクゥ』の犬の”オッサン”のようでもある。日本の映画界に、こんなマイペースで信頼できる監督がいてくれることが、いち映画ファンとしてうれしい限りである。
小林真としての生をまっとうしたぼくは、晴れて生まれ変わることになる。きっかけを与えてくれた天使のプラプラともお別れ。ドラえもんに依存しきっているのび太に比べ、プラプラはぼくの前に最低限必要なときにしか現れない理想的な距離を保っていた。それも早乙女くんという友達ができてからは、プラプラはほとんど姿を見せなくなる。西原理恵子原作『いけちゃんとぼく』(09)では、父親を亡くした少年を”イマジナリー・フレンド”のいけちゃんが優しく見守る。ネコ型ロボットのドラえもんも天使のプラプラも一種のイマジナリー・フレンドと言っていいだろう。少年が大人へと成長していくと、イマジナリー・フレンドは消滅する運命にある。しかし、それは悲しい別れではなく、祝福されるべき別れなのだ。
(文=長野辰次)
『カラフル』
原作/森絵都 脚本/丸尾みほ 監督/原恵一 声の出演/冨澤風斗、宮崎あおい、南明奈、まいける、入江甚儀、藤原啓治、中尾明慶、麻生久美子、高橋克実 配給/東宝 8月21日(土)よりTOHOシネマズみゆき座ほか全国ロードショー公開 <http://colorful-movie.jp>
「泣ける大人アニメ」ですって。
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