トータルテンボス 進化を止めない本格派コンビを育てた「M-1急転直下の挫折劇」
#お笑い #この芸人を見よ! #ラリー遠田
トータルテンボスは、今年で芸歴13年を数える中堅芸人だ。ツッコミの藤田憲右のアフロヘアーがトレードマークの彼らは、今では正統派漫才師として確固たる地位を築いている。だが、彼らが現在のポジションを手に入れるまでには多くの苦労があった。
トータルテンボスの2人は、1997年にコンビを結成。もともとコントを専門に演じていた彼らは、M-1をきっかけにして漫才の世界にのめり込んでいった。キャリアを重ねてネタを磨き、次第に観客の笑いを取れるようになってきたものの、M-1ではなかなか決勝に上がれなかった。そんな彼らが初めての決勝進出を果たしたのは、04年のことだ。
このとき決勝に上がることができた理由については、彼らは雑誌のインタビューなどでも冗談めかして語っている。それは、「今年のトータルテンボスはすごいらしいよ」という噂を、自分たちから流す、というものだ。そういう評判が口コミで広まることで、お笑いの専門家であるM-1審査員たちが、彼らに目を付けるきっかけができるのではないか、と考えたのだ。
ただ、もちろんそれだけが理由ではないだろう。04年の時点で、彼らには漫才の実力があったし、さらに、M-1で評価されるようなトリッキーな小技もあった。それは、「ハンパねえ!」「……じゃなくねえ?」などと若者言葉を連発したり、漫才の結末部分で「今日のネタのハイライト」と称して、いま演じたばかりの漫才のワンシーンをスロー再生の要領で演じたりしたことだ。
これらの技は、それだけで爆笑を取るほどの威力はない。だが、他の芸人がやっていないような斬新な試みをすることで、それがトータルテンボスという漫才師の個性となり、審査員からの評価につながったのだろう。この年には決勝7位に終わったが、彼らは確かな手応えを得た。
その後も彼らの挑戦は続いた。06年には二度目の決勝進出。この年には、漫才のライブで全国を回るツアーを開催していた。これは、単に漫才の実力を磨いて全国にファンを増やしていくという効果だけではなく、M-1の審査員に対して、自分たちが漫才に真剣に打ち込んでいることをアピールするという副次的効果も狙ったものだろう。M-1をめぐる戦いは、予選の前からすでに始まっていたのだ。この年の結果は決勝5位だったが、決勝審査員の松本人志からも好評価を得て、彼らはさらに自信をつけた。
翌年の07年には、彼らは優勝候補の一角にいた。前年に引き続いて漫才の全国ツアーも行って、技術はさらに洗練されていった。ここでの経験も生かされて、彼らはこの年も順調に決勝進出。決勝では、2本目のネタであえて1本目とは違ったパターンのオチを見せることで、審査員の心をつかもうとした。これは、M-1で戦い慣れている彼らならではのとっておきの秘策だった。2本目のオチでもきっちり笑いを取り、作戦は功を奏した。ここで勝利すれば、出場資格ギリギリの最後の1年で念願の優勝ということになる。ドラマのお膳立ては整っていた。
ところが、この年のM-1で笑いの神様が用意したシナリオは、彼らの予想の斜め上を行く衝撃的なものだった。それは、敗者復活戦から勝ち上がったサンドウィッチマンの優勝である。M-1史上空前の大逆転劇の前には、優勝に向けて一つ一つ着実に積み上げてきたトータルテンボスの努力さえもかすんでしまうほどだった。彼らにとってのM-1はここで終わった。
だが、芸歴10年を過ぎてから彼らの本当の快進撃が始まった。M-1という難関に正面からぶつかって得たものは、自分たちのネタに対する確固たる自信と、与えられたチャンスを着実にものにする堅実さだった。その後は、M-1での経験を生かして、08年から10年まで、『爆笑オンエアバトル』(NHK)のチャンピオン大会で前人未踏の三連覇を達成。また、お笑い映像コンテスト「S-1バトル」でも、大村朋宏が藤田を罠にかける「今月のいたずら」という企画で、二度の月間王者に輝いている。
悲運のM-1戦士は、あと一歩のところで優勝を逃した悔しさを乗り越えて、どんな舞台でも確実に笑いが取れる安定感抜群の頼もしい芸人になった。彼らは今もなお、押しも押されもしない「ハンパねえ漫才師」へと進化を続けている最中だ。
(文=お笑い評論家・ラリー遠田)
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