“トイレの花子さん”だけじゃない! 便所怪談競作集『厠の怪』
#本 #妖しき本棚 #田辺青蛙
「日本ホラー大賞短編賞」受賞の小説家・田辺青蛙によるオススメブックレビュー。
鈴木光司さんの書いた、怖い話の印刷されたトイレットペーパーが売れているらしいですね(参照記事)。トイレで唸りながら怪談を読みたがる人間がそんなに多くいるということ自体、ホラーかも知れません。
あ、今回のレビューはお食事中の方は読まない方がいいかも知れませんよ!!
『厠の怪』はタイトルから見て分かる通り、便所に纏わる怪談の競作集です。
私の祖母の生家は寺で、そこの便所が壮絶に怖かった思いがあります。汲み取り式で屋外にあって、そこに辿り着くには本堂の渡り廊下を通って行かなくてはなりませんでした。
こういうことを言ってはバチが当たってしまうかも知れませんが、当時の私にとって仏像は恐怖の対象でした。どこを見ているか分からない、半開きの目に剥げた塗装……便所に行く途中、仏像の目がチロっと動いたりしそうで嫌だったんです。しかも恐怖の対象は仏像だけではありませんでした。渡り廊下には時折ムカデが、黄色い足をワキワキさせながら丸い円を描いていることがあり、一度、うっかり素足で踏んでしまって大変な目にあったことがあります。ムカデに刺されると足は青紫色になって、パンパンに膨れ上がって、強烈に痛痒いんですよ。なので、1人で便所に行くというのは大変な勇気を要しました。
この競作集の1作目は、京極夏彦さんの「便所の神様」。夜に便所に行くというだけのお話なのに、なんだか異様に不気味で、読んでいると肌がざわざわしました。ただ、便所に行くだけの話が、どうしてこんなに不気味で怖いのか……小さな虫が這い回っている描写とか、ちょっとした文章が、肌に染み入るように、グッと来ます。
そして、2作目は平山夢明さんの「きちがい便所」。先日、某社の依頼で、「きちがい」って言葉は今は使っちゃいけないから、他の言葉にしてくださいって言われたんですけど、平山さんならOKなんでしょうかね。まあ、そんなわけで、感想ですが、最初はほのぼの家族のウキウキ田舎ライフですが、後半は……。こりゃ、タイトルにきちがいを使いますよね、ええ、狂ってます、もう狂いまくってますよ、ええ、もう……お父さん、それは駄目でしょうって感じの内容でした。多分、この感想だと意味が分からないと思いますが、読んでみて下さい、多分納得出来ますから。一つの目的に魅入られて狂っていく情景が半端じゃないんです……。
3話目の福澤徹三による「盆の厠」は、田舎にやって来た少年が語る夏休み。田舎ののどかでありながら、ちょっと不気味な情景と、思春期に差し掛かった少年の性への戸惑いの描写がリアルです。読み終えた後、忌々しい思い出ばかりなのに、祖母の家の便所がちょっと懐かしく思えて来ました。
4作目は毎回、問題作として話題になる飴村行さんによる「糜爛性の楽園」。内容は、犬の交尾を見て性の知識を得た主人公赤間スエが、近親相姦をしまくります。やがて、彼女は人ではない不思議な子ども『便蔵』を便所で見かけるようになるのですが……。堕胎、乱交、マラ様……相変わらず何でもありな、凄い作品となっています。
5作目は黒史郎さんの「トイレ文化博物館のさんざめく怪異」で、便所に関するトリビアが入り混じりながらストーリーが展開していく。セレベスのプギス族の亀が海に帰る習性を利用した、亀の甲羅の上で用を足すという、もっとも自然な水洗便所の話や、ボルネオの筏を利用した水上トイレ。著者に確認したところ、創作ではなく、実際にこれらのトイレは存在するらしい。終盤のトイレで体験した、今まで一番怖かった時の話は壮絶です。
そんなわけで、誰しもが馴染みの深い便所。今年はいろんな怪談本が出ているが、その中でもこれは異色の一冊だと思います。
上記の5作品以外にも、長島槇子さんや水沫流人さん、岡部えつさん、松谷みよ子さんによる、全く味わいの異なる便所の話が繰り広げられています。小学校の頃に、トイレの花子さんの話を聞いたなんて人や、夜便所に行くのに怖い思いをしたなんて人は是非お手に取ってみて下さい。巻末の東雅夫さんによる、「厠の乙女 便所怪談の系譜」も含めて凄い本です。
(文=田辺青蛙)
●たなべ・せいあ
「小説すばる」(集英社)「幽」(メディアファクトリー)、WEBマガジン『ポプラビーチ』などで妖怪や怪談に関する記事を担当。2008年、『生き屏風』(角川書店 )で第15回日本ホラー小説大賞を受賞。綾波レイのコスプレで授賞式に挑む。著書の『生き屏風』、共著に『てのひら怪談』(ポプラ社)シリーズ。2冊目の書き下ろしホラー小説、『魂追い』(角川書店)も好評発売中。
トイレに行けなくなるね。
■「妖しき本棚」INDEX
【第10回】節約の先に見える幸せ? 新妻のお助けコミックエッセイ『年収150万円一家』
【第9回】頭が痺れて動けない! 真藤順丈が作る新しいバイブル『バイブルDX』
【第8回】すべてが吹っ飛ぶ極上スプラッタ・ホラー漫画『血まみれスケバンチェーンソー』
【第7回】後味の悪さが尾を引く、究極のマゾヒズム世界『劇画 家畜人ヤプー』
【第6回】妖怪並みの衝撃! 変態おじさんとの思い出がフラッシュバックする『バカ男子』
【第5回】「げに美しき血と汚物と拷問の世界に溺れる『ダイナー』
【第4回】「グッチャネでシコッてくれ」 河童に脳みそをかき回される『粘膜人間』
【第3回】なつかしく、おそろしく、死と欲望の詰まった”岡山”を読む『魔羅節』
【第2回】“大熊、人を喰ふ”史上最悪の熊害を描き出すドキュメンタリー『羆嵐』
【第1回】3本指、片輪車……封印された甘美なる”タブー”の世界『封印漫画大全』
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