トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > カルチャー  > 岩井志麻子が主人公のモデル!? 人情味溢れる泣ける怪談『富士子』
妖怪小説家・田辺青蛙の突撃レポート!

岩井志麻子が主人公のモデル!? 人情味溢れる泣ける怪談『富士子』

taniissyou.jpg『幽』怪談文学賞授賞式の様子。

 以前、このサイトでもご紹介した(参照記事)、『幽』怪談文学賞授賞式。前回の神狛しずさん(参照記事)に続き、谷一生さんにもインタビューしてみました。神狛さんは京都女のはんなりとした怖さの怪談でしたが、谷さんは同じ新人賞出身なのにまるで違う世界観の作品となっています。二冊を読み比べてみると、その違いがとっても顕著で面白かったです。最近いろんなタイプの怪談本が出ているので、夏の暑い一時を、読書で紛らわせてみてはいかがでしょうか? 私は現在引越したばかりで、クーラーのない灼熱地獄のような部屋でポタポタ汗を垂らしながらこの原稿を書いています。こんなに汗だくになってんのに、体重が減るどころか増えてるのは怪奇現象なのだろうか。そんなことを考えつつ、毎日昼夜を問わず怪談本を読み続けています。怪談で涼を得る……今流行の、エコですよ、ロハスですよ、地球に優しいですよってことで、受賞者の谷一生さんとのインタビュー開始です。

――谷さんの怪談に出てくるキャラクターは、どれもとても個性的ですね。審査員を魅了した「富士子」というキャラは、ホラー作家の岩井志麻子さんがモデルということですが、本当でしょうか?

谷一生(以下、谷) そうです。ただし、私はその岩井さんを直接存じ上げませんので、あくまで作品世界から受ける印象という意味でモデルにさせて頂きました。単純にイヤなキャラとしての主人公を設定したわけではありません。不機嫌で武装しながらも、その内面は硬質なダイヤモンドのような純真な心を持った女性を書きたかった。勝手な思い込みですが、モデルにさせて頂いた岩井志麻子さんもそのような方ではないかと思っております。

――実在のホラー作家から怪談の主人公が誕生したと考えると、すごいですね。谷さんの作品には、中間管理職の悲哀そのものみたいなキャラクターもいれば、物すごく切ない恋愛を語る女性が出てきたりしますね。登場人物を書き分ける時に意識していることってありますか?

 それはないですね。登場人物に感情移入する方ですので。作中人物になりきって書いていますから、特に書き分けを意識することはありません。ただし、なりきれないキャラもいます。ずばり若い男性です。自分の若い頃を思い出してなりきろうとしても、昭和の若者にしかなりきれず、今の時代に合いません。昭和40~50年代を舞台にするなら別でしょうが。ですから、どうしても中高年が主人公の作品が多くなってしまいます。これはわたしの今の課題でもあるのですが、作中人物になりきるという手法以外で、キャラを書いていくということも、学ぶ必要があると感じています。

――個人的に収録作の中で、幻の魚を食べるために四苦八苦する先生の出てくる「あまびえ」のお話が好きなのですが、辛い接待の経験はありますか?

 一度、仙台、名古屋、広島、伊豆、福岡、長崎と六日連続で移動する出張がありました。「せっかくのお越しですから地元の美味しいものを」と連れて行って下さるお店がすべて魚料理なんです。たくさんの例外はあるでしょうが、やっぱり日本の場合、特にそれが海辺の町だと”地元の美味しいもの”というのは、その地元で獲れた魚ということになるんでしょうね。特に改まった席では、そうではないでしょうか。強行軍の移動と毎日刺身、さすがにこれは堪えました。最後の長崎では琴海湾の近くで泊まってここも美味しい魚の宝庫なのですが、「今夜のお食事は」と先方の担当者に訊かれ、「オムライスなんかいいですね」と答えてしまいました。すぐに「冗談ですよ」と付け加えましたが。

――あの美味しそうな魚が調理法によって拷問のように感じる……情景描写がすごかったですよ。さて、谷さんは実話怪談も書いていらっしゃいますが、創作怪談と実話怪談を書くうえでそれぞれ気をつけていることはありますか?

 創作怪談も発想のもとになっているのは、ほとんどが実話なんです。ですから、それほど気をつけているということはなかったのですが、逆に実話怪談を書くとき、物語の流れと言いますか、自分で読み直しても実話っぽくないんですよね。創作っぽい。今後はそのあたりを注意しなくては思っています。でも正直申し上げて、創作より実話のほうが”書くテクニック”という点では難しいですね。

――実話怪談の方が書くのが難しいっていう怪談作家さんは多いですよね。やはり怖さを伝える面で、ごまかしが出来ないからでしょうか。ところで谷さんは、収録作の中で特に思い入れ深い作品はありますか?

 「恋骸」です。この歳(54歳)だからこそ、切ない恋愛話をぜひ書きたかった、しかも女性のひとり語りで。ついでに申しあげますと、太宰治風に。実はもう一作挑戦したのですが、これはラストまで届きませんでした。閻魔さまの前で、道ならぬ恋を裁かれる女性が切々と想いを語る物語です。またいつか挑戦したいと思います。

――富士子は非常に魅力的なキャラですが、今後、富士子の話を書かれる予定はありますか?

 書きたいですね。「富士子」に続く「浜沈丁」は繋ぎの一作なんです。敵役の外資系ファンド会社がリゾートを開発中、知らずに石敢當(いしがんとう)を壊してしまう。魔物(マジムン)を払う石敢當を壊してしまうわけですから、もうどんどん邪気が流れ込んでくる。それを富士子と兼子が撃退する。「浜沈丁」では敵役だった外資系のふたりも富士子の味方になります。サイキックバトル4人衆ですね。ここで大切なことは邪気と言っても悪者ではない。何らかの理由があって邪なものになっているわけですから、邪を払うということはその対象を救済すると考えたいのです。やみくもに相手を粉砕するのではなく、最後は泣けるバトルにしたい。で、この4人衆のバトルをオムニバス形式であと四作書いて、いよいよ最後は長編になります。4人衆の力を見込んだ米国の本部から邪気払いの依頼が舞い込むんです。舞台は一転沖縄からニューオリンズです。アメリカで私が二番目に好きな場所なのですが、あの土地を初めて訪れた時、ここには絶対何かいると感じました。やりたい放題の続編をぜひ書いてみたいです。
(取材・文=田辺青蛙)

●谷一生(たに・かずお)
1956年、香川県生まれ。関西大学文学部卒業。「井戸のなか」で第1回『幽』怪談実話コンテスト佳作。「住処(「富士子」に改題)」で第4回『幽』怪談文学賞短編部門大賞受賞。

tanabe_prof.jpgたなべ・せいあ
「小説すばる」(集英社)「幽」(メディアファクトリー)、WEBマガジン『ポプラビーチ』などで妖怪や怪談に関する記事を担当。2008年、『生き屏風』(角川書店 )で第15回日本ホラー小説大賞を受賞。綾波レイのコスプレで授賞式に挑む。著書の『生き屏風』、共著に『てのひら怪談』(ポプラ社)シリーズ。2冊目の書き下ろしホラー小説、『魂追い』(角川書店)も好評発売中。

富士子 島の怪談
『幽』怪談文学賞短編部門大賞受賞作。器量も性格も悪い中年女・富士子は、旅行で訪れた沖縄で衝動的に民宿を購入。忙しく毎日を送るうち、彼女は邪悪な何かとつながっていく……。審査員が絶賛したキャラクター「富士子」をはじめ、その民宿を舞台にバトルが繰り広げられた「浜沈丁」、ジェントル・ゴースト・ストーリである「友造の里帰り」、人魚伝説をモチーフに描かれた幻の魚を食す「あまびえ」、深い人間愛を描き、涙なしでは読めない「雪の虹」「恋骸」の全6作品。
amazon_associate_logo.jpg

【関連記事】
トロフィーは青行灯!? 日本で唯一の怪談専門誌が選ぶ、大注目の新人怪談作家
京女は幽霊よりも怖い? 京言葉で綴るスプラッタ怪談『京都怪談 おじゃみ』
実は春樹好き!? ”グッチャネ”ホラー作家・飴村行のイカレタ粘膜世界

最終更新:2010/07/22 18:00
ページ上部へ戻る

配給映画